2026年3月4日(水)

 

 案内文にあるように、3月1日(日)に岐阜大学教育学部国語・国文学科、社会

学科、史学科の同期の卒業生が卒業後50年ぶりに同窓会が開かれた。私も参加し

た。国語・国文学科や史学科は大学の同窓会や任意の呼びかけで今までに同窓会を

開催してきたらしいが、私の属する社会学科は今までに同窓会は開かれていなかっ

た。それゆえ、私が参加者に会うのは実に50年である。

 案内文を載せておこう。

 

 

 ここにあるL1Aとは、教養課程を学ぶ岐阜大学 教養部の私達が属したクラス名

である。

 1年生の入学時に実施されたのかバザーを出したときの参加者の古い写真を保

持されていた人がいて、それがコピーされて配布されていた。その写真を見てい

ると、国語・国文学科、社会学科、史学科のほとんどの学生がそのバザーに参加

していたことになる。私はその写真を見て、当時のことが鮮明に思い出された。

残念ながら、亡くなられた人も行方不明になっている人も確かにいる。けれど、

多くの人が現在もそれなりに活躍していることを知って、安堵するとともにうれ

しく思えた。

 

 11時30分に同窓会は始まった。まず、幹事数名のあいさつの後、参加者の

1人1人が近況等をスピーチした。今日の同窓会参加者の名簿をみると、国語・

国文学科が一番多くて10名、史学科が2名、社会学科が5名であった。高山市

や鹿児島県から参加された人があった。

 参加者1人1人のスピーチを聞いていて、卒業後50年間のその人の人生を想

像した。意外な生き方をされた人もあった。興味深く聞かせていただいた。

 

 14時30分になったので、会はお開きになった。2次会として、ホテル1階

にある喫茶店で歓談することになった。私は昔京都に行った人2人を含めて,4

人と一緒になった。4人とも、同じ高校の同時期の卒業生であった。話が弾んで、

じかんが立つのが早かった。歓談の内容は記さないが、1時間ほどそれぞれの楽

しい・なつかしい思い出の断片が語られた。

 次回、3年後に開催することとそのときの幹事を决て、散会した。3年後に健

康ならば、是非参加したい。

 

 心ある人は3次会に出かけることになったが、私は5時までに帰る用事があっ

たので参加しなかった。

 東海道本線岐阜駅→大垣駅に来て、養老鉄道に乗って多度駅に着いたのは16時

45分頃であった。

 

 

 

 

ちょっと休息

 

(1)今日、3月4日(水)は岐阜県公立高校の入学試験日

 今日、3月4日(水)は岐阜県公立高校の入学試験日である。孫も養老鉄道の美

濃松山駅7時4分発の電車で、受験のために大垣方面に出かける。幸いというべき

か、孫の受験する高校は大幅に定員を割っている。よほどのことがない限り、不合

格になることはないであろう。また、私立大垣日本大学高校のアカデミーコースに

併願で合格している。その点は,孫も安心して受験できるであろう。

 とにかく、健闘を祈るのみである。