1月はあっという間だったと言いたいところですが、そうでもありません。
いろいろあって、疲労が積み重なってちょっと元気が出ません。少なくとも来週1週間は介護地獄です。これ以上気力を削がれたくないので、全てを適当に、いい加減にやるくらいのつもりで臨むつもりです。
ジムのロッカールームでは、いろんな話が聞こえてきます。今日は、子供たちがいい歳になったのに家から出てってくれない、いい加減もう出ていってほしい、結婚しなくてもある年齢になったら独立してほしい、みたいな会話でした。
アメリカではいつまでも親の家にいないで独立するのが普通でしたが、最近は家に居続ける若者が増えているというニュースもあります。日本はこれに対して親と同居する期間が長いことで知られています。
私がジムのロッカーで聞いた話は、かつてのアメリカみたいな発想なのかなと思っていたら、「でも早く出ていってなんて言わない方がいいわよ。自分が年老いたら子供に面倒を見てもらうんだから、早く出ていってなどと言ったら将来面倒を見てもらえなくなるから」と話が展開するではありませんか。そして、「もし面倒見てもらうようになったら、なんでもいいからありがとう、ありがとう、すまないわねえ、と言っておけばいいのよ。誰も老人の面倒など好きで見るわけないんだから」と言うのです。会話はずいぶんと盛り上がっていました。
聞いていて、なんだかなあと思いました。
老後を誰かに頼ろうという考え方にはちょっと同意しかねます。今、90歳を超えた認知症高齢者の介護をダブルで(義母とその妹!)やっていてつくづく思いますが、その人の人間性の全てがはっきりと見えてきます。いいところだけでなく、特に悪いところが見えてしまうのです。そんな介護を誰がやりたいですかね。自分の親であっても大変です。
そして、ありがとう、忙しいのに本当に申し訳ない、などと言われても何の足しにもならないと正直思ってしまいます。誰もやる人がいないからやっているだけであって・・・
自分がもし80歳を超えても、場合によって90歳を超えても生きるとしたら、最期までなるべく自立した生活を送れるように、今から何をしておいた方が良いかを考えなくてはなりません。身体機能、脳の機能が衰えていくのは致し方ないにしても、なるべくゆっくりしたペースで衰退するように仕向けなくてはいけないと思うのです。
80歳を過ぎたら、何らかの形で介護制度のお世話になるのかもしれませんが、人に頼るのではなくて自分で何とかするという意識を持つことが大事ではないのかな。