"My Country 'Tis of Thee: How problematic is patriotism?"という先日新幹線車内で呼んだNew Yorkerの記事について書きたいと思います。
著者のArthur Krystal氏は、記事から判断する限り、非常に深い教養と思考力を持つ人だなと思いました。ベトナム世代です。自分の国のために命を投げ出せるか。いや、それはできない。パールハーバーならともかくベトナム戦争で命を投げ出せるか、という話です。キッシンジャーはニクソン再戦のために、戦争の長期化をはかったとすら行っています。
自分の国を愛する、愛国心とは一体何か。トランプを支持するMAGA勢力は、国旗を掲げて議会を占拠する暴挙に出ました。自分たちこそアメリカを愛する勢力なのだと言わんばかりでした。もし国旗を掲げる彼らが愛国者だというなら、一山のパンを掲げて歩けば自分はパン屋だというようなものだと手厳しく非難しています。彼らのように教養のない暴力的な人たちは、一体愛国心について何を知っているのかというのでしょう。著者によると、独立戦争の頃、もちろんアメリカという国はありませんでした。戦った人々は、不満を持った植民地人であり、それぞれ自分たちの旗、"DON'T TREAD ON ME"を掲げていたわけです。建国の父たちは、独立ということにコミットしない人たちにpatriotismを吹き込んでいたのだそうです。
アメリカ国歌が正式なものになったのは、なんと1931年だったと言います。それまで人々は自分の国を愛するということ、すなわち自分の住んでいる地域の音楽や地元の新聞だというわけです。映画やラジオが全盛になるまでは、今のアメリカという概念はなかったというのです。
MAGA勢力がアメリカをもう一度偉大にするという場合、想像の上での過去、すなわちaffirmative action(社会的なマイノリティーに対する機会均等)もなければ、フェミニズムもなければ、多様性という概念もなければ、移民がアメリカを「破壊している」という現実もない、そういう時代のことを意味していると著者は指摘しています。
こうした歴史の推移、時代の変化などを全く理解しない無知は非常に怖い。誰もがアメリカを同じように理解する必要はないけれど、歴史を理解しないことによって我々は無知な人間たちの餌食になるのだと著者は主張しています。
遡って考えてみれば、アメリカ建国の父たちは、白人男性でした。憲法起草者の中には女性もいなければ、貧しい人々も奴隷も含まれていませんでした。それでも建国の父たちは、我々に一つのフレームワークを与えてくれたと言います。有名な言葉、"to form a more perfect Union, establish Justice, insure domestic Tranquility, privide for the common defense, promote the general Welfare and secure the Blessing of Liberty"がそれを示しています。愛国心patriotismなんて一言も言っていないのです。愛国心ではなく、このフレームワークこそ、アメリカ人であれば常に立ち戻って認識を新たにしなければならないのだというのが、著者の結論です。
トランプやMAGAがいかに愚かで無教養であるかがこれで明らかになったと思います。