ずっと日本の大学で学び、教え、そしてアメリカの大学でもちょっとだけ学びの経験がある私にとって、ハーバードの初の黒人女性学長Claudine Gayが辞任したというニュースは、かなり気になる出来事でした。
アメリカの高等教育がいかに優れた知性によって成り立っているかを知っている私にとって、現在のアメリカの高等教育が直面している問題は深刻だと言わざるを得ません。
ハマスのイスラエル攻撃に始まり、イスラエルとパレスチナ双方の激しい非難のやり取りがキャンパス内でもみられるようになりました。反イスラエルを主張するパレスチナ側のデモンストレーションが起こり、イスラエル支持派はこれを反ユダヤ主義(antisemitism)だと糾弾し、キャンパス内が騒然となってしまいました。大学側は、パレスチナ人による激しいイスラエル非難を制止する様子もなく、イスラエル支持派から猛烈な反発を食らいました。
この混乱の中で、議会(共和党右派のトランプ派議員)はハーバード、MIT、ペンシルベニアの3つの大学の学長を公聴会に呼んで証言を求め、その結果、ペンシルベニアとハーバードの二人の学長が辞任したということです。
この問題にはいろんなコメントがあって、右翼保守派の議員やコメンテーターなどはエリート大学の「腐った部分」をもっと暴いて大学の改革を進めると反エリート主義をあらわにしています。これに対して、Gay氏は独裁や権威主義が台頭する時には必ず大学や教育に対する攻撃が最初に起こると述べています。
最近のアメリカでは、特定の主義主張を教えるべきではないとか、特定の本をリーディングリストに入れるべきではないとか、懸念される傾向が強まっていました。そこへ今回の辞任問題が起こったわけです。政治が学問の自由に介入する危険な動きであると言うこともできるかもしれませんが、実は問題の根はもっと深いところにあるようです。
共和党右派ではないリベラルな人であっても、今のHarvardは大きな問題を抱えていると言います。私がよく読むNew York TimesのコラムニストのBret Stephens氏が書いた記事を読んで、なるほどと思うことがたくさんありました。
彼のコラムニよると、Gay氏には剽窃の疑いも認められ、学生からも支持を撤回されるような状況になっているが、問題は、Gay氏が辞任すべきかどうかではなく、そもそもなぜ業績的にあまり強力ではないGay氏が前例のないスピードで学長に選ばれたのかであるといいます。Harvardのような超エリート校は、かつては優れた頭脳による発見や知識の集積の場であり、自由ではあるけれども相当に激しい考え方のぶつかり合いが見られる"excellence model"を体現していたのに対し、現在では、社会正義モデル(social justice model)になってしまっているというのです。すなわち、D.E.Iと呼ばれるDiversity, Equity, Inclusionを追求し、大学行政にまでそれが及び、研究より大学行政を重視する風潮も認められるというわけです。
このDEIですが、最近あちこちで見かけます。一見良さそうな考え方で、特に日本にいると多様性とか公正とか包括性などという言葉はその通りだ、多様性を追求し、様々な意見を包括するような考え方を持つことがこれからの日本の成長にも不可欠だ、などと思いがちです。しかし、歴史的に多様性が当たり前のアメリカで、いろんな考え方を持つ人々をincludeした結果、抜きん出て優れた人、アイデアが押しのけられてしまうという深刻な問題が起こっているのです。本来excellenceを追求するはずのHarvard大学が、DEIに基づく「社会的ユートピア」を建設しようとした結果が今回の出来事だったと記事の中では述べられています。Gay氏はexcellenceが認められたというより、政治的シンボル(女性で黒人)であるというのです。
こうしたBret Stephens氏の考え方には反対意見もあるでしょうが、大学がexcellenceを追求するというのは非常に重要な点だと私は思っています。Stephens氏の記事によると、高等教育を信頼する人の割合が2015年のギャロップ調査で57%であったのに対して、2022年には36%まで低下したのだそうです。
アメリカの一流校の教授も学生も本当に優れた頭脳の持ち主だということを私は肌で感じて知っているので、上記のような調査結果はもちろん、本当の意味でのエリートが軽視されるような傾向には危機感を覚えます。ただ、DEIが全く不要だというわけではないでしょう。DEIも強い潮流としてあるのがアメリカだとすると、それに対してexcellenceをどうやって貫くのか、反エリート主義にどう対抗して優れた頭脳を守るのかというとても難しい課題にエリート校は直面しているのだと思います。
アメリカの民主主義が強固なわけは、DEIのような考え方を尊重しつつも抜きん出た頭脳、知性を大切にし、そこからとんでもなく素晴らしいアイデアが生まれ、学問を、社会を前進させることができるからではないか。そんなふうに考えます。