みなさん、幸せですか?
楽しいですか?

クリスマスが近づいてくると、
僕は、なぜか楽しくなります。

思い返すと、切ない思い出もたくさんあるわけだけど、
それでもまだまだ、プラス思考全開で年の瀬に向かっています。

街の音が、色が、光が、誰かの幸せが、
どうも僕の頭をかき回すわけです。

いまの自分のテーマは、Try/Angleとしてのテーマもそうですが、
「境界線」なワケです。
色々な人に境界線についての話をちょこちょこ聞いているのですが、
やはり大筋は「幸福論」に向かっていきます。

僕は今まで、自分が「幸福」かどうかは「分からない」という立場を取っていたのですが、
境界線について考えを詰めてゆくにつれ、自分はすごく幸福なんだと思うようになってきました。

いや、実際、幸せなんですよ。
身のまわりには、どちらかというと悲観すべき事もたくさんあるし、
怒りも、やるせなさも渦巻いてます。
客観的には僕が幸せと言えるかは、分からないです。

しかし、僕自身は、幸せだと思っている。むしろ断言できます。

で、そこからが問題なのですが、一体何をもって「幸福」だと思っているのか、
ということを、まだ、イマイチ言葉化できないんですね。

僕は詩を書くので、その辺はとてもこだわりがあるのですが、
幸せを表現するときに「幸せ」という言葉を使っちゃあおしまいなワケです。笑
というような、強がりはさておいても、なかなかに自分の幸せについて表現するのは難しいです。

不幸については、結構詳細にレトリカルにディテールを組めるのですが、
幸福は難しい。

だいたい、幸福の至高は「天国」で、不幸の極北は「地獄」というイメージで、
古来より数多の宗教世界で作り込まれてきたわけですが、
ハッキリ言って、「地獄」の多様性や具体性に対して
「天国」というのは、かなり単一的かつ抽象的なイメージです。

その辺に、幸福の正体と不幸の落とし穴があるんじゃないか、と思っています。

カンボジアへ行って、その思いはカナリ明確になってきました。

いかに抽象を抽象としてリアルに捕まえるか。
その方法を突き詰めたい。

で、僕は境界線についての考察を足場にして、
なんとか現代的な幸福論を展開できないか、と思っているのです。

さて、2009年、答えみたいなものが出せますでしょうか。
どうもそれが、世界を変えよう! という大それた野望へ向かうツールになると思んです。

そんな思いを連れて、年末に向かいます。

みなさんの幸福論、是非聞かせていただけると嬉しいです。

では、よいクリスマスムードを!