世界一周 -9ページ目

世界一周

製薬会社を辞めて、震災復興支援で突如漁師になり。
今しかできない経験を求めてバックパッカーで世界一周、健康の大切さに気づき予防医療へと進む。

ケニアでサファリを楽しむ人の大半は、ナクル湖とマサイマラ国立公園を選択すると思う。そこには、多様な動物たちが生息し、ワイルドな生活を体感出来るからだ。

私は、東アフリカ版ロンリープラネットの表紙になったアンボセリ国立公園の挿絵が気になって気になって...
その挿絵には、サバンナの中にたたずむキリン、そして背景にキリマンジャロが描かれていた。ページをめくって公園の紹介ページを読むと、巨大な牙を蓄えた象を見る事が出来ると。

私は、写真好きのアメリカ人とイギリス人を誘った。
日本人2人をあわせて4人でのゲームサファリはアフリカの素晴らしい大自然を満喫する事が出来た。


今回の動画は、いつもと少し違うので楽しんでって下さい!!












1年10ヶ月


あの時、私は、会社の月に一度行われる3県合同の研修会で岩手県盛岡市にいた。


昼食を食べて、午後の研修プログラムを履修しているときだった。


大きく建物全体が揺れた。


地震には慣れっこである。


が今回は少し長く続いた。そして地震は続く。


講師をしていた会社の上司は、慌てて研修を中止した。


私は悠長に外の景色を眺めていた。


信号は光を失い、電線が不思議な揺れ方をしている。


研修室に目を戻すと、人それぞれの反応があった。


ボスである、東北支店の支店長は落ち着いて 研修中止を告げ建物からの退出を命じた。


階段を下りながら、家族に『無事』を知らせるメールをした。


同じくTwitterでも...


建物を出て、盛岡駅前に溢れる人を見てこの町にこんなに人が居たんだと驚いた。


秋田県へ帰ろうと新幹線のフォームに向かう。


盛岡駅に着くと、多くの人が駅から吐き出されてきていた。


新幹線は緊急停止して動かない。そして、復興の見通しは立たないとの事。


駅から2-3分の位置にある会社の事務所に皆戻った。


私は、レンタカー会社に寄って車をチャーターしようとしたが、レジシステムが動かないのでレンタルする事は出来ないとの事で貸し出し拒否。


飲食店やコンビニにも顔を出したがどこも同じ対応であった。


私は、この時事態の深刻さを感じた。


研修に来ているメンバーだけでも50人弱の人間がいる。


そして、皆家には帰れない。


これから起こる不測の事態に皆食料がないのだ。


事務所に戻り一人事務所の備品を確認した。


食べれそうなものは、ほとんどない。


夜を越える事を見通して、灯りを探し出した。


携帯の電波は混乱していて繋がらない。


私は、パソコン経由でTwitterとNHK.様々なメディアと事務所を繋いだ。


小さな画面の先には、目を疑う映像が流れてくる。


事務所の中の雰囲気は、この映像で一転した。


静寂。


そして、窓の外は雪がちらつき始めた。


私は、ネットを経由して情報を流し続ける事にした。


情報が静止ではなく、次の行動に繋がると信じたから


そして、次の行動に出る。


事務所を出て町を歩いた。


水と食料を求めて…


雪の降る盛岡市内、交差点には警察が交通整備に追われている。


それを横目に私は全身スーツ、シャツの上にニット、靴は茶色の革靴で町を歩き回る。


どこの店もシャッターを閉めてしまっている。


更に歩く。


白いビニール袋を抱えた若い人達を見付けた。


彼らはどこかで買い物をしたのだ。


私は彼らに声をかけた。


近くのコンビニエンスストアーが開いるよ。


私は、駆け足で向かった。


コンビニにたどり着くと店内は薄暗く、中に数人の人と、入り口にはガードマンと数人の客。


彼らは、ガードマンと口論をしながら店内には入れず、どこかへ消えていった。


携帯を片手にガードマンに話しかける。


お店は閉店。


これ以上中には入れる事は出来ない。


停電の中対応出来ないという。


私は、携帯を示し中に友達がいると交渉した。


彼は、私の嘘を知りながら私を中に通してくれた。


町の中が暗闇に沈む中、一軒のコンビニエンスストアは懐中電灯と電卓で営業を続けていたのだった。


食料と、水分とアルコールを大量に買い込んで事務所に戻る。


人が少し減っていた。


家が近い人は帰宅。


ホテルの手配が出来た人は、ホテルに移った。のだった。


パソコンの画面に目をやると次々と衝撃的な映像が飛び込んでくる。


支店長は東北支店所員の安否確認に明け暮れる。


私の現実は、雪の降る盛岡、凍える会社の事務所でいかに夜を越えるか、ただそれだけであった。


普段は金にモノをいわせ、お店でうまい飯を食べながら酒を浴びる生活をする私たち


凍える会社の事務所で、コンビニのツマミをアテに酒を飲むという経験は出来るものではない。


パニックを避けて、いかに楽しみながら乗り越えるか。


あるものは、カップラーメンの選択に集中する。


またあるものは、家では十分に飲めないお酒に手を伸ばす。


各々の反応がある。


私は、ビール片手にパソコンから情報収集に走る。


いつの間にか眠りに落ち、朝方人々の動き出す音で目が覚める。


秋田県営業所のメンバーは早朝4時頃まとまって駅前でタクシーを拾う。


秋田県まで2万円で行けないか?


この交渉は無事成立した。そうして秋田県にある我が家のベットに戻ったのだった。




日本から世界一周の旅に出て9ヶ月が経過した。今はジンバブエにいる。


2012年年末から2013年年始にかけて2012年を振り返り気付いた事がある。


9ヶ月の旅の内5ヶ月間はテントで生活をしているという事実。


テント生活のきっかけは7月から9月までの2ヶ月間かけて仲間チャレンジした自転車でのヨーロッパ大陸横断である。


その後、オーバーランドツアーに参加して、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、オランダ、から集まった人達とアフリカ横断しながらのテント生活である。


そこに悲壮感や疲労の蓄積はない。


酒量は増えているが、体重は、大学時代まで絞る事が出来た。

ヨーロッパやアフリカの大地は様々な事を教えてくれる。(また今度書こう...)



今のツアーで困っている事がある。


イギリス人とオーストラリア人の作る料理がまずい事。


最後に愚痴を吐いたが、アフリカ生活も残りアト1ヶ月。



14-17 Zinbabue Victoria Fallhttp://www.vicfallsrestcamp.com


18J Botswana (Chobe NP)


23J Namibia (Etoshia NP)


28J Namibia (Swakopmund) -Namib Desert


5Feb South AF (Orange River)


7Feb CapeTown


11F Goodbye AFRICA by Flyghts CapeTown to Buenos Aires and patagonia,Chili...and then go back home at April.may be

エンジョイ











明けましておめでとうございます!!inマラウイ


私たちを乗せた黄色いトラックは、マラウイ湖ビーチから首都リビングストーンにやってきました.新年早々警察のお世話になったりしながらの珍道中が続いています.年末は、ゆったりとした時間の中に、時差を感じました。新年の幕開けは、ニュージーランドが一番早く、オーストラリア、日本、韓国、オランダ、マラウイ、イギリスと続きます。昼頃から始まった新年の挨拶は、深夜2時まで続き、正月はビーチでゴロゴロと寝正月。夕方、ローカルのオールブラックスの中に交じって新年バレーボール大会!!改めて言葉や肌の色を越えたスポーツ交流の素晴らしさを実感しながら素晴らしい汗を流す事が出来きました。




旅をしていて新しい夢が出来たので、ここに記しておきます。




将来 ヨットで世界一周をしたい.一緒にこの夢を育む仲間を募集中♪




さて、2013年今年の目標は、




『笑顔で日本に帰国する事 そして、アウトプット』です。




・『健康管理』 セルフマネージメントを身に付け、 体重69-70kg 生涯学び行動し続けるマインド作りは健康管理から作っていきます。


・『写真集』旅の記録をまとめて一冊の本を作りたい。併せて旅の動画を作り続け、写真を通じてブランディング力、フォーカス、フレーミング、情報発信能力を身につけるたいと思います。


・『英語』 とにかく喋る.質問をする.そして学ぶ.とにかく今がチャンス。


・『生活』高い専門知識を持った人達に囲まれる場所に身を置きビジネスを学び稼ぐ、そして、将来の夢を共有できる仲間を見付ける。


・『仕事』学びと生み出す事を仕事にしたいなぁと思っています。どんな仕事でも学びと生み出す事は出来るので、もう少し考えをまとめる必要があります。






まだまだ未熟ですが、皆様今年もよろしくお願いします!!










2012年、皆さんありがとうございました!!




ありがとう 父さん、母さん。




ありがとう 2012年。




ありがとう 地球。




世界40ヶ国、日本各地で、多くの仲間と出会い素敵な経験を共に送る事が出来、色んな事があった。




1-3月 石巻市雄勝町で過ごした経験は宝の原石、これから長い時間をかけて磨いていきたい。




4-6月 アジア中東で過ごした日々 ソンクラーンで全身に水をかけられてスタートしたこの旅、多くの旅人と出会い、美味い飯や素晴らしい遺跡群、自然が作り上げた芸術達、全てを失い、ひとりで苦難の日々を過ごした事もあった。




7-9月 自転車でヨーロッパ横断 全てが自己責任、死にかけた事もあったけど、様々なトラブルを仲間と共に乗り越えて達成した時の達成感は一生の宝物。町に誇りを持ち、長い年月をかけて大切に育てていくヨーロッパの人々の作った町並みはどれも輝いていた。



10-12月 世界各国から集まった冒険者と共にトラックに乗り込みオーバーランドツアーでアフリカ大陸を縦断中。大地の鼓動が随所にみられ、自然と共に生活をするアフリカの人々の笑顔はめちゃくちゃ眩しい、真夏のクリスマスからの年末。2012年最後の晩餐には豚の丸焼きを仕込み中。






29年間の様々な経験で作られた精神とカラダのおかげで全てを楽しむ事が出来きた。自分で考えて、考えて行動し、結果がどうであれ、自己責任。苦難の先に、また苦難が訪れる事も、楽しい経験が訪れる事も全部受け止め、解決策考えながら、次に進み続けることはとても面白い。




2012年。40ヶ国


日本


中国、フランス、ドイツ、フィンランド、スウェーデン


タイ、カンボジア、ベトナム、ラオス、マレーシア


モルディブ、カタール、ネパール、インド、トルコ


ブルガリア、セルビア、クロアチア、ボスニア‐ヘルツェゴビナ、スロベニア


イタリア、スイス、フランス、スペイン、ポルトガル


チェコ、ドイツ、ポーランド、リトアニア、ラトビア


エストニア、エジプト、スーダン、エチオピア、ケニア


ウガンダ、ルワンダ、タンザニア、マラウイ









正直このビーチに来るまでザンジバルという場所に大して期待もしてませんでした。


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英語圏の人にとってXmasは一年で一番大切な日
わざわざ島に行って4泊も過ごさなくてもいいじゃんと心の中では思っていました


ザンジバルのビーチに到着して突き抜ける青い海と空を見た瞬間にこの場所に恋をしました。

青色の多様さ、人種の多様さ、すべてが面白く美しいのです。


イブは皆でParty


クリスマスはヨットをして、夜にプレゼント交換




Xmas


....


....

....

....


俺には関係ないけどね!!





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Xmasはどこで誰と過ごしますか??
なーんて書いて自分の意識をXmasモードに持っていっています。

っていうのも、私は南半球タンザニアのビーチサイドにいます。
そう、10月からつづくオーバーランドトラックのメンバーとともに。

今日はキャンプサイトの目の前に広がるソマリア海に飛び込んで、気付けば周りは真っ黒な人達だらけ...初めての体験です。

ビーチに上がりバレーで遊んで、シャワーで汗を流したはずが流せどながせど塩っぽい。そう塩水シャワーでした...初体験。

Xmasはザンジバル島のビーチでBBQという過ごし方です。

暇な人は、遊んで下さい!!


今回、一緒に旅している仲間の写真で動画を1つ作成しました。
写真撮影、音楽選び、構成などほとんど彼女がやり、動画ソフトの使い方等々サポートさせて頂きましたが、改めて写真の面白さを感じさせられました。

ずっと一緒に旅をしているのですが、見ている景色が違うし、メンバーとの距離感もまた違う。写真は彼女のみている世界を私にも教えてくれます。






この場所にくるまで私にイメージは無かった。
皆さんは、どんなイメージなんだろう??



ルワンダ入りする前に、皆で『ホテルルワンダ』をみた。
映画は、その紛争の中、ホテルルワンダの副支配人が多くの人をホテルに匿い救うという内容なのだが、本当にショックだった。

時は、1994年。僕は中学生。サッカーに夢中でFIFA アメリカワールドカップに釘付けだった。一方アフリカ大陸、ルワンダでは、ツチ族、フン族の民族紛争があり、120万人以上の人が虐殺されていた。という事実を今知ったという事。

その後、実際にルワンダに足を運んでみて私の頭はまた揺さぶられた。
本当に、この町であの映画の内容が起こったのか...町には高層ビルもあり、インターネット快適に利用出来る。舗装された道路には、人々は笑顔があふれ、バスターミナルには、アフリカ各国へ向かう長距離バスがたまっている。

20年。

ネットでルワンダについて調べてみると、ITや教育に力を入れて経済成長は7%を越えているという。国家ビジョンの大切さを改めて感じた。

個人に置き換えれば、人生ビジョン。

タンザニアはジメジメしていて日本の夏を思い出す。

ウガンダでは、ビクトリア湖からの豊富な水を活用したラフティングやゴリラ、チンパンジートレッキングが有名。でも、そんなアクティビティよりも変わりゆく人々の生活や建物、顔の表情や色の黒さ、形をみているほうが何倍も楽しかったウガンダでの日々。


道程はがたがた、トラックの中はシェイキングが続きます。
トラックの中は前方が人気です。
理由は、揺れが少ないので快適な車内生活を送れます。
私は、最後部にいつも席を陣取りしてシェイキング、パンピングの続く車内で遊んでいます。
なぜ後ろ...外の景色を見る場合視界が一番広い。そして、写真を撮るとき被写体との視線が出来るだけ一緒になるように、などなど

まぁフルオープンのトラックの中は極寒なので、寝袋に包まって揺れる座席の上で横になって寝てたりもします。がたまに揺れに耐えきれず、寝たまま床に激突。

こんな日々が2ヶ月経過しました。さぁさぁ旅の折り返し

では♪


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エチオピアは本当に極寒だった。
トラックでの移動中は皆寝袋に包まって寒さをしのぐ程の寒さ...

アディスアベバから2日かけて国境の町へと移動。
国境を越えると、舗装路が無くなり、大地は乾燥した砂漠へと変わり、気候は灼熱へ
面白い!!

ただ道を走っているだけで、これだけ大胆に変化してくれるアフリカの道程
僕にとって大金払ってやるアクティビティよりもこの肌で感じる変化の方が何倍も価値がある。

そんな道程をまとめてみました!!


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私は本当に無知でした。
エジプトから赤道に向かう道程は、ずっと灼熱で半袖半パンで過ごせるものだと思っていた私。本当に無知。

灼熱の大地エジプトとスーダン。日中の気温は40℃をゆうに超え50℃にも迫ります。
そして、水は中々購入する事が出来ず、シャワーも浴びれず、そんな生活を続けていたのですが、スーダンの首都ハルツームからエチオピアの首都アディスアベバへ向かう道程は本当に変化多き道程で素晴らしい体験をする事が出来ました。

エチオピアは、平均標高1500mを越える高山地域に属するため、気温が気温が低いんです。

夜は0℃に迫る寒さ。

そんな中テントと寝袋で生活する訳ですが...

私の寝袋は自転車旅中に購入した、持ち運びに適した、低容量タイプ。

そうペラペラの寝袋なんです。

大地の冷たさや大気の冷気が私の身体から熱を奪っていきます、眠りにつきながら、朝がやってくるのをカウントしながら私は太陽の目覚めをじっと待つ

でも、この動画の中にあるように灼熱の大地から、緑豊かな大地を見た時は、旅の仲間たちは祖国を思い出し、喜びました。

道は続き、旅は続く、祖国まで...