世界一周 -8ページ目

世界一周

製薬会社を辞めて、震災復興支援で突如漁師になり。
今しかできない経験を求めてバックパッカーで世界一周、健康の大切さに気づき予防医療へと進む。

アフリカを陸路で縦断する際に(北から南へ)最初の難関となるのが、スーダンへの国境越えである。

ビザは事前習得が必須で、カイロでは翌日発行100ドル。
アスワンでは、即日発行50ドル。

との事前情報であった。

が、ビザ申請の1週間前にイスラエル軍によるスーダンの軍事施設襲撃事件があり。
ビザ申請から発行までに通常10日の日数がかかると!!!!

私は、旅の詳細を良く知らなかった為。(英語で読む気がしなかっただけ)事前にカイロでビザを習得.

私たちのツアーリーダーとメンバーは焦りまくりで、地元のバイヤーを介して交渉に次ぐ交渉を重ね、スーダン行きのフェリー前日にギリギリでビザを習得。無事乗船する事が出来た。


当日。朝7:00私たちはホテルを後にし、フェリー乗り場へと向かった。

そこで見たものは,長者の列


ゲートが開いたのは、10時頃。


多くの荷物を船へと運ぶローカルな人達。
を横目に、地元のバイアーの先導で行列をスルーして一番乗り。


チケット等々


私たちが乗り込む船はこれ。予想外の大きさに少し安心する。


地元の腕利きバイアーはフェリーの上でも力を発揮する。
普通は入れない、操縦席デッキの前を私たちだけが使っていいようになった。
炎天下の中、ブランケットなどを繋げて日陰を作る。

船に乗り込んでから2時間後 ランチタイムが始まる。


チケットに付いた紙が昼食券。

意外にまともな食事が出てきてまたビックリ。


昼食を済ませてデッキでゴロゴロするのだが、いつになっても出向の気配がない

フェリーには次々と人や荷物が乗り入れ。

私は時間をもてあそぶ。

が時間は過ぎてかない。

船内を歩いていると、


自転車.

これからアフリカを横断するらしい。
恐るべしチャリダー

あとで、この自転車をみに来たらローカルがここに座っていたけどねw

時間は過ぎ、夕陽が沈み、辺りが暗くなった頃

汽笛はなった。

フェリーの中は足の踏み場もないくらいに人が溢れている。

そんな中で祈りを捧げるイスラム教徒

船内に行ってみた。

恐るべき人の数。

船内ではなく、外で本当に良かったと思った。

12時間かけてスタートした乗船率300%のフェリーはゆっくりと進み出す。

というか、席が基本的に無いから、乗船率は1000%とかだと思う。

暗闇の中灯りも付けないで運転を続ける船長。


灯りが無いので星空が本当にきれいであった。


朝になって目が覚めると、フェリーはアブシンベルの近くを通っていた。



そして、フェリーは走り続ける。

誰かがいった。

いつ着くの??

知らない。

朝食は??

スナックでw

時間の分からない旅は疲れる。

時間は過ぎて、昼になってもまだフェリーは走り続けている。

お腹が減った。

食堂に行ってみた。

何か無いと聞くと...ゆで卵をくれた。



優しさにふれ、デッキに戻って眠りについた。


汽笛の音で目が覚める。


フェリー降り場は戦場のような忙しさ。

ビザやスタンプは船の中の一室で行われる。

ふ-無事入国。

砂漠の国スーダン編へと続きます。




アスワンのお土産物屋さんが並ぶ通りに一軒のパン屋さんがあった。


パン屋の親父は、私たちを工場の中へと誘った。

知らない人には...

頭によぎったが、面白そうなので付いて行ってみた。



これパン屋じゃなくチキン屋さんねw



生地をこねる。


そして、丸めて


焼く


一瞬で焼き上がる。


なぜか店の外で天日干し





陽気なパン屋さんは



アチョーと戦いを挑んでくる。

参戦すると、すぐ降参するのが愛おしい。



旅をしていると、色んな人が声をかけてくる。

日本の教育では、


知らない人に付いて行ってはダメですよ!!


と教えられる。

私には、この教育が不十分だったみたいである。


エジプトの伝統料理 コシャリを買って


人の良さそうな家の軒先で、お喋りしながらコシャリを食べ

激甘珈琲をごちそうになって、そこに集まってきた子供達の写真をとって遊んでいると



バイクに乗った若い男の子が声をかけてきた。

俺が案内するから、後ろ乗りな!!


面白そうなので、

ルクソールで地元のエジプト人誘いに乗ってバイクの後ろに乗ってみた。



知らない人には付いて行くな!!

教育が足りていませんでした。



ルクソールの町を彼の運転するバイクの後ろに飛び乗り
ノーヘル 2ケツで激走!!

彼は、行きつけの水タバコ屋さんに私を連れて行き、コーラを奢ってくれて。



その後彼の友人宅を回りますw
そして、自慢をするw

最後にお土産物屋さんに連れて行き...



夕食は自宅に招待すると言い出す。

そして、運転を代わってほしいと...私に運転をすすめる。

最初は断ったのだが、あまりにも押すのでツイツイ運転を代わってしまった。

彼は町の中で友人に自慢しまくる。

様々な誘いを断って、ホテルに帰った。

明日も遊ぼうよ!!と。

私は断り。ホテルに戻る。

彼は寂しそうだった。

ホテルに戻るとレセプションのおばちゃまが私に忠告する。

彼はバットボーイ 付いて行ってはダメですよ。と

そして、ツアーリーダーも

危ないから二度と知らない人には付いて行かないで 。と

知らない人に付いて行ってはダメは万国共通のようだ。


ナイルの西側と東側で内容が大きく異なります。
西側には

ハトシェプスト女王葬祭殿

王家の谷(Valley of the Kings)



有名な審判の様子が壁画に描かれていたり。個人的には大好きな一枚。





そして、ナイル川東側には、


ルクソール神殿 


ライトアップがキレイなので夜行く事をお勧めします。

カルナック神殿 




馬車で行く事も出来るのでお試しあれ♪




今思うとこれだけ、エジプト文化をみまくったんんだけど、飽きる事がなかった。
象形文字とかのデザイン、古代エジプト人の繊細さと今を生きるエジプト人とのギャップが本当に凄い。

紀元前1000年頃の文化建築が今も残り、今のエジプト観光産業を支えている。


ファルーカという帆船に乗りこんでルクソールを目指します。
ファルーカ...


大きな帆を持ったエジプト船。
ただ、アスワンからルクソールへの道程風がほとんどありません。
ので揺れなどの心配は皆無。
というか進んでいるのか、止まっているのか疑いたくなるくらいのスピードしかでません。
そして、船長は言います。
ポレポレ ゆっくりゆっくり...

これがアフリカスタイルだと!!

途中岸で休憩しながら、ナイル川で泳いだり。


黄昏れてみたり。
夜にはファルーカを止めて、船長が太鼓と歌、踊りを披露


太鼓を叩きながら歌う。船長


太鼓を置いて、踊り歌う。船長


キャンプファイアーを囲んで、踊る。


エジプトビールと共に

夜は闇へと、


ほとんど船の上で過ごします。寝袋に包まり雑魚寝。


食事も3食船の上。


する事無いので昼寝も...


そして、特にする事がないので、アメリカ人漁師と共に


プッシュアップ!!


筋トレ。も船の上。


そして、風がないのでルクソールまでは辿り着かず。途中バスが迎えにきてファルーカでの旅は無事終了しました。











ダハブといえば、沈没船ダイビング




日本から遠く離れたエジプト ダハブ。


日本にいる時は、想像もできませんでした。


エジプトについてからもカイロにいてはビーチリゾートがあるなんて想像も出来ませんでした。




でも、バスのチケット買って、夜行バスに乗り込んで


途中何度も何度も、パスポートや持ち物チェック


寝ぼけ眼で辿り着いたダハブ。


ダハブ
赤いビーチは美しく

ダハブ
白いビーチは有料で

ダハブ
この町では腰パンスタイルが流行っていてw
この町は時間が止まっています。


セブンヘブン安宿や町中に猫がゴロゴロ。


夜はビーチサイドのお店がライトアップして紅海を照らします。



町を歩けばカラフルなライトが道を照らし、どれもきれいで美しい。

そんなダハブは小さな小さな町、とても美しく愛おしいかった。






そしてダハブに辿り着いた翌日にちょうど沈没船にイケルって事で


チェックダイブを済ませて早朝にバスに乗り込んだ。




沈没船ダイブに来た人達は10人くらい


皆ダイブマスターでダイビング回数は1000回を越えている。




君は何本の経験があるんだ?




10本。




なんて答えると、周りの皆が嫌そうな顔をしていたw




まぁ私からすると、経験豊富なダイバーと潜れるほうが幸せ。






ダハブには多くの日本人旅人がいます。本当に多くの人が...


ダハブ

いやぁ楽しかった










アレクサンドリアへ日帰り電車旅行 チケットの買い方が分からなかったので、そのまま乗り込んだ。


カイロから日帰りで行ける場所にあるアレクサンドリアへ電車で行ってみた。


カイロのチケット売り場は、混雑していて意味不明だったので、チケットを買わずに電車に乗り込んだ。


乗り込んだと同時に電車は定刻通りに出発、エアコン前回の車内で変わりゆく景色を楽しんでいた。


チケットも持たずに…


すると、普通にチケットチェックの人がやってきた。


行き先を伝えて、お金を払う。


普通に終わった。




不思議な国エジプトで起こった普通の出来事であった。




電車はアレクサンドリア行きであったので特に注意する事なく時を過ごした。





アレクサンドリア駅はエジプトらしからぬ美しい建物。




タクシーをチャーターして観光




リビア人の観光客 平和好きだとか


これは図書館。とってもきれいで居心地がよい。


おじちゃん 牛にはお手上げ.
やっぱイスラムだねw



カイロのごみごみした景色に飽き飽きした人は、アレクサンドリアを訪れてみては如何??


そう、帰りの電車はカイロ止りではなく。危うく降り過ごす所でしたw










カイロで有名な安宿に宿泊したら映画のエキストラ募集していたので参加してみた。




サファリ、ベニス細川、などの安宿が入る雑居ビルがある。


ベニス細川に宿泊をし、サファリに入り浸っていたある日の事、サファリのおっちゃんにエキストラ参加してほしいと依頼を受けた。


面白そうなので、はいと返事をすると彼はデジカメで数枚の写真を撮った。


撮影は翌日早朝6時集合出発。



安宿に集う人々,完全に怪しい集団。


車で1時間程離れた場所で撮影は行われた

内容は世界会議のようだ。


ばっちりヒゲを蓄えたおじさん。


そして日本代表は...


日本代表…居眠り。ある種日本を象徴しているのかもしれない。









昨日(1/21) 40℃度の熱が出た。カラダが弱くなっている気がする.


マラリア症状はなく、特に熱以外の症状かったので、

クスリは使わず自己免疫強化法を選択した。

方法は簡単。

気合いで水分補給.こんな事やるから本当に元MRさんですか?なんて突っ込まれる

そして、昼から飲みだした水分は翌朝までに9Lに及んだ。

ちなみに私の体重は約70kg きあいだー


詳細は

MinuteMaid7缶

1.5L水4本

ワイン1本


昼から夜にかけて飲み続け、カラダは汗だく、トイレには何度も駆け込んだ.

翌朝 着ている服はビチョビチョ。

気分は晴れ晴れ、平熱に戻っていました。


私の場合 毎回この方法で 熱は1日で低下する。

たぶんマラリアではない。

ツアーリーダーがマラリアで倒れた時、彼女はカラダが動かなかった。

階段も一人で上り下り出来ず、病院に着いたときは車いすで引かれて行った。

マラリア予防薬には
・マラロン
・ドキシリン
などがあるが、私は服用していない。鞄の中には一応持っている。

理由は、発症してからの服用で間に合う、そして現在一人旅をしていないからである。


潜伏期間が10日程度あるので、ひとりになっての発症は本当に勘弁願いたい。



今回の発熱の原因を考えてみた。

たぶん、栄養不足だったと思う。

筋トレや、ランニング、オールブラックスとの連日フットボール、乗馬

と普段よりもカラダを使ったにもかかわらず食事量は減らしてしまっていた。



カラダは本当に正直だなぁ


カラダが資本。肝に銘じて旅を続けます!!





ブログランキングに参加しています。





にほんブログ村