結論から言うと「しません」

更生するには己の根源から変える必要があるのでしません。


「じゃあ絶望的じゃないか」

「なら1度悪さした人間はダメってことね」

となるとこれもまた違う。


世間で言うところの「更生」の成功例としては

自分の行動原理に対して影響を与える「出来事」「物語」「学び」「人」に左右された観測事実の結果論(途中過程ともいう)であり

それは連続して継続される必要があります。


どれかが強く影響している場合

その要素が抜け落ちた瞬間から「初期設定である行動原理」としては何も変わっていないので

過去に行われた「悪行」とされる行為は繰り返されます。


当人の意識とは無関係に「条件反射」として発生するので

それ自体は至極当然の結果です。

その中で「出来事」「学び」は強く結びついていて、このふたつに因果の起因を持つ場合にのみ、効果的に「更生」という状態が持続的に続きやすいし、脱落しにくくもある。


「物語」「人」の場合は、対象が「不安定な変数」であり確定事項ではないので、それらに依存が高いと「喪失する」「立場が変わる」などで影響の受け方が変化し

良い方向に向いている場合は更生したように振る舞うが、逆の場合は行動原理そのものも変わっていない、もしくは悪化している。

平たく言えば「正義の植民地に居る奴隷」として機能しているだけの話です。


総括すると


「俺は昔ワルだったんだぜ」と人前でなんの恥じらいもなく自爆しているバカは根本的に更生なんてしておりません。条件が揃えば同じ事をします。

過去の出来事から「学ぶ」という行為があれば、少なくとも自爆することがカッコイイとか素晴らしいとかならないです。


「過去の失敗や悪事はあった事であり、無かったことにはならない」と自覚し続ける事自体も自制心の一部であり、「今日の自分は明日どう振る舞うか」を決定する判断基準です。

「自分に軸がありきで、何をどう学んで活かすか」でしか更生(継続)なんてできやしないし、それを謳い文句に小銭を稼ごうとか、ビジネスにしようなんて人間は「お察し」です。


あ、ちなみにこれは自分が

ポンコツオワコンクソ野郎なので言わずもがな。

「だからこそ」の所感です。