【空を制した日本人の誇り】
昭和16年12月10日、英東洋艦隊旗艦プリンス・オブ・ウェールズと重巡レパルスに日本軍の96式陸攻が襲い掛かった。

「日本人の操縦士は夜目も利かず、近眼で満足な爆撃も出来ない」と信じていた英軍だが、レパルスは最初の水平爆撃で250キロ爆弾の直撃を受け、「もっと巧みな電撃でに両舷大穴を開けられ、艦は沈没した」と、生き残った特派員が日本機の優秀さを伝える。

見下していた日本の航空技術の前に英国の誇る最強軍艦が沈められ、チャーチルは「戦争中これ程の衝撃はなかった」と回想録に記す。

マレー沖海戦の翌日、フィリピンの空でもう一つの衝撃が走った。ルソン島北部哨戒中の零戦隊が米軍のB17と遭遇し撃墜した。B17が初めて戦闘機に落とされた事実に、米軍の受けた衝撃は大きかった。

半分はまぐれと思っていたが、1か月後にボルネオで3機のB17が落とされ、更に半年後にニューギニアで5機が零戦9機に撃墜された。

白人世界のものと思ったゐて航空機が、劣等人種にやられた悔しさを「日本人にはゼンマイ仕掛け以上の飛行機を持たせるな」と云うルーズベルトの遺言が物語る。

戦後GHQがそれを実行した。日本にあった航空機は軍用民用すべて焼却され、無着陸飛行の世界記録を持つ航空機も東京湾に捨てられた。

GHQは航空機の製造から航空力学の研究、模型飛行機造りまで禁じる。そして7年間、日本人は空を忘れて暮らした。

たった7年だが、日本人は今も空を思い出さない。日本は未だにジェット旅客機1機さえも作れない。研究の中断、放棄、が如何に後世に悪影響を及ぼすかのいい見本だった。

福島の米国製原子炉が津波で破損した。すると原電はすべて止めろと朝日新聞が深刻そうに云い、認知症の元首相がそれに乗って騒いでいる。

もっと愚かな原子力規制委が大学の研究用原子炉まで止めていた。日本では目下、原子力の研究も人材育成も完全に止まっている。後戻りしてしまう愚かしさは、飛行機で十分体験しただろうに・・・ 

以上「プーチンよ悪は米国に学べ」高山正之著より