【討論会で現れた"地金"】

【高橋洋一「日本の解き方」】討論会で現れた"地金"自民総裁選 小泉氏はかみ合わず伸び悩み 石破氏も経済政策に不安の声、高市氏は論戦で急伸が目立つ 

 自民党総裁選は連日討論会や演説会、テレビ出演などが続いている。これまでの論戦で株を上げている候補、下げている候補は誰か。

 いろいろな情報を総合すると、国会議員票を集めているのは、小泉進次郎元環境相、小林鷹之前経済安保相、高市早苗経済安保相、石破茂元幹事長だ。党員票を集めているのは、石破氏、高市氏、小泉氏、上川陽子外相とみられる。

 第1回目の投票は、党員票と国会議員票が同じ367票なので、序盤選の情勢では、小泉、石破、高市の各氏が僅差で1~3位を争っているようだ。他の6人の候補者は今の段階では大きく水をあけられており、上位2人の決選投票に残る可能性は薄いと言わざるを得ない。

 国会議員票は、これまでの候補者とのつながりや有力政治家からの働きかけで決まってくるが、党員票は討論会その他を見て動く要素がある。石破氏や小泉氏の動きが鈍っているのに対し、高市氏の急伸ぶりが目を引く。 

 3人の出馬会見は各者各様だったが、それぞれ無難であった。小泉氏はかなり用意周到に準備したようで、質疑応答では好感度が上がっていた。ただし、高市氏の会見内容は、各候補者より一段抜けていた。

 各候補者が出そろった討論会では、だんだんと小泉氏の質疑がかみ合わない場面が目立つようになった。特に、小泉氏が公約として掲げた「選択的夫婦別姓」「解雇規制の見直し」「年収の壁撤廃」に批判が集まっている。選択的夫婦別姓では、多くの日本人が今の制度の元で旧姓使用ができればいいとしているが、これまでの制度改正でそれらがほとんどできていることを小泉氏は無視している。

 解雇規制は、日本はそれほど厳しくなく、仮に緩和するなら米国や英国並みにするということになるが、それらの国では中央銀行に雇用の確保義務というセーフティーネットがあることを無視している。

 年収の壁も撤廃そのものはいいが、その手法で月収8・8万円以下のパート労働者を厚生年金に加入させれば今より負担増になってしまう。

 いずれにしても、質問が小泉氏と石破氏に集中しており、小泉氏が答える場面が多くなったので、そうした印象が強く出ている。当初、候補者が多いので小泉氏の答弁の時間が少ないと予想されたが、討論会を多くやるうちに、だんだんと各候補者の地金が出やすくなっており、小泉氏が株を下げている形だ。一方で石破氏の経済政策にも不安が出ている。

 ネットでは小泉氏や石破氏に批判が多く、これはいずれ党員票にも影響するだろう。実際、日本テレビによる党員を調査対象とする独自調査では、小泉氏の党員票は高市氏に逆転されている。

 ところで、こうした調査は党員名簿によるものだろうか。そうでない場合、5万~10万人を毎回調査対象としないと有意なサンプル数を集めることはできず、そうした大規模調査を毎週行うのはかなりの資金負担になるだろう。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)

☆☆☆☆☆☆  松本市 久保田 康文  夕刊フジ令和6年9月20日号採録

以上「頂門の一針 7001号」より

続いて「頂門の一針 6999号」より転載します。

【国際情勢認識の原理的な問題点】  <正論>青山学院、新潟県立大名誉教授・袴田茂樹

冷戦後の「平和」の幻想
本稿では近年の激動の時代に当たり、一般的な国際情勢認識とそれに対する私の疑念を述べたい。

まず一般的な国際情勢認識について。1991年12月のソ連崩壊により冷戦が終わり、いったん世界は「平和の時代」に入った。その認識の下に各国は「平和の配当」として、冷戦時代の軍事費の削減が可能と考えた。

しかしロシアによる「クリミア半島の併合」(2014年3月)やウクライナ侵攻(22年2月)以来、世界はまたもや動乱の時代に入り、国際情勢は2つの世界大戦を経験した20世紀前半に酷似した軍事力が全てを決定する時代に逆行したかのようだ。ただ第三次世界大戦にまで至っていないのは、核戦争の脅威が抑制しているからである。今から見ると、数十年続いた冷戦時代も、極めて安定した時代にさえ思えるほどだ。

この一般的な国際情勢認識に私としても同意できる面は多々ある。近年はロシア対ウクライナの衝突だけでなく、欧州では移民問題を契機に多くの国で極右勢力が台頭し、米国でも自国第一主義を掲げる予測不可能なトランプ政治が台頭した。中東ではハマス、ヒズボラ、フーシ派などイスラム過激派とイスラエルの衝突、日本周辺でも南シナ海、東シナ海での中国の横暴な行動、中国と台湾の緊迫、中・露・北朝鮮連合と米、日、韓国連合の対立が強まっている。アフリカではスーダンやマリの動乱、南米ではベネズエラの大統領選挙の不正をめぐる騒乱など、
枚挙に暇(いとま)がないほどだ。

話し合いで解決できる?
このような国際情勢認識に関して私として同意できない諸点を指摘したい

第1に、今から思うと冷戦時代の数十年がむしろ「安定した時代」だったのは、キューバ危機の時を除くと事実である。しかし冷戦終了後に生まれた、平和と民主主義の時代が到来したとの認識が根本的に間違っていたのではないか。フランシス・フクヤマ氏は著書『歴史の終わり』を1992年に出した。人類のこれまでの戦争と紛争の歴史は終わったとの意だ。もちろん彼も専制国家や独裁国家等の存在は認めたが、それらも徐々に民主化されると見たのだ。このような認識を基に多くの国が「平和の配当」として国防費削減に走った。
63年に国防費の対GDP比が約5%だった西ドイツの場合、近年の統一ドイツの国防費は1・3%前後だった。

第2に、同じ92年のマーストリヒト条約調印でEUが成立し「国家は既に過去の存在」とみられ、代わって「新たな人類の共同体」が生まれたとの認識が広まった。この考えは2010年頃まで国際的に影響を与えたが、特に「国家権力=人権抑圧=悪」と見る傾向の強いわが国では、国家に代わる人類共同体の理想主義、つまり非現実的な平和主義の傾向が強い。

第3に、どのような国際問題でも、粘り強い話し合いと交渉で解決できる、との幻想がまだ世界に強い。しかし話し合いや交渉では解決できない「原理的二律背反」とも言うべき問題も存在するのだ。例えばキューバ危機は、話し合いで解決したのではなく、米軍の出動で解決した。これについて私は1987年発行の拙著に、次のように述べた。「政治とは最終的には力である、しかもなりふり構わぬ物理的力のぶつかり合いだ、という厳然たる象徴を見ていると、人類の何千年の歴史や文化は一体何だったのだろうかと複雑な思いにならざるを得ない」
(『深層の社会主義』)

以上、今日の国際情勢理解に関して、3点の疑問点を挙げた。

まず、最近の変化として、日本が防衛費の対GDP比2%(2027年度目標)を認めたことは、驚異的な事実だ。最近までは1%以下を絶対的原則にしていたのだから。これは皮肉に言えば「プーチン・エフェクト」である。

「二律背反」どう対処
次に、どんなに粘り強い話し合いや交渉でも解決できない「原理的二律背反」について、具体例を3点挙げたい。

1、プーチン大統領は、何回も「和平交渉」「停戦交渉」を口にしている。これに応じないウクライナ側が「頑(かたく)なに過ぎる」との見解も見られる。しかし、プーチン氏は最初から、和平(停戦)交渉では、露憲法でも露領となったクリミア半島とウクライナ4州の帰属問題は、交渉の議題にしないと宣言し、今日もそれを変えていない。原理的に、主権国家ウクライナ側が受け入れられない条件だ。

2、1979年のホメイニ師によるイラン革命後、イランはイスラム法国家となり、憲法では、イスラエルを「悪魔の国」として聖戦で抹殺する対象としている。前述のイスラム過激派は、事実上その国外での実行部隊だ。

3、中国は東京電力福島第1原発処理水の海洋放出を理由に、日本の水産物輸入を全面禁止している。しかしこれは、安全上全く問題ないことを百も承知の上での政治的対応である。交渉で安全性を説明しても無意味だ。(はかまだ しげき)