■ ザ・ブリード


ビルとレイ・ベネット(写真中央下)1967


写真の出典:

https://billbruford.com/semi-pro-bill/

および

https://www.facebook.com/billbruford/photos/a.437980382383/10154935580777384/?type=3


ビル・ブルフォードが極短期間で追い出されたサヴォイ・ブラウンに加わる前、まだ10代の学生のときに結成したバンドが「ザ・ブリード(The Breed Bluse Bandとも)」です。

フラッシュのレイ・ベネットが当時のバンドメイトでした。

1967年まで活動をしていました。


以下は当時の珍しい地元紙記事です。



「ブリードがフラミンゴ・クラブに出演」


196611

Sevenoaks Chronicle and Courier


セブンオークス地区で最も人気のあるブルース・バンド「ザ・ブリード」のメンバーが、彼らのキャリアの中で最も大きな転機を迎えた。

彼らは、1年前のプライベート・パーティーとは打って変わって、ロンドンのウォルドア・ストリートで物議を醸している有名なフラミンゴ・クラブで演奏している。


グループは1963年にスチュワート・マーレイとビル・ブルフォードによって結成された。

当時の他のメンバーはデヴィッド・モリニューとレイ・ベネットだった。

プライベート・パーティーのほか、毎週火曜日の夜、セブンオークスのハイ・ストリートにあるコーヒー・バー 「ラ・カバナ」でもブッキングが始まった。


その後すぐにデヴィッド・モリニューが脱退し、リード・ギタリストが必要となった。

ダグラス・ケナードが救いの手を差し伸べ、その後グループに加入した。


ビル・ブルフォードはトンブリッジ・スクールに通っていたので、セブンオークス出身のピーター・スキナーが代役を務め、後にレギュラー・ドラマーとして加入した。

その後、彼らの名声は高まり、ブロムリーのペントハウス(現ペイトン・プレイス)やイーストボーンのコンチネンタル・クラブでレジデント・ポジションを獲得している。


1966年、ザ・ブリードはウォルドア・ストリートのマーキー・クラブでオーディションを受け、16組中の3組に選ばれた。

ブリードにはトランペット奏者のアラン・ロイドが加入し、ソウルとブルースのサウンドを演奏している。


彼らはデモ・レコードを制作している。

A面は「Frustration」というタイトルのオリジナル・ナンバーで、B面はジミー・スミスの「Who's Afraid of Virginia Woolf」というナンバーである。


ラインアップは以下のとおり

ドラムス:ピーター・スキナー

ギター、ヴォーカル、ハーモニカ:スチュワート・マーレイ

ギター、ヴォーカル:ダグラス・ケナード

ベース、ヴォーカル:レイ・ベネット

アルト・テナー・サックス:マイク・フリーマン

ドラムス、ヴァイブ:ビル・ブルフォード

トランペット:アラン・ロイド



レコード・コレクター誌の2011年のインタビューより

https://recordcollectormag.com/articles/drum-role


ザ・ブリードとザ・ノイズで、イエスより前にレコーディングされたものはありますか?


そうだね。ザ・ブリードとはシングルを出したんだけど、『ヴァージニア・ウルフなんか怖くない』のグラハム・ボンド・ヴァージョンだった。 

レコーディング・スタジオに入ったのは16歳のときが初めてだったんだけど、耐えられないほどひどかった。レコードを作るのは大変なことだった。私たちは1枚作った。


1977年からのソロ・キャリアのアセテートのようなものは保管していたけど、それ以前のものは何もなかった。公式アルバムをリリースして、それで終わり。

オフィシャル写真もそうだ。当時は誰も写真を撮らなかった。


「ザ・ノイズ」とはサヴォイ・ブラウンの後、ローマにあるパイパー・クラブで短期間演奏していたバンド。ひどいバンドだったのでビルは逃げ出してヒッチハイクでロンドンに戻った。