江戸時代の禅僧、仙崖 (せんがい) 和尚のお言葉です。

 

めでたき言葉  『親死 子死 孫死』 仙崖和尚 

 

親が先に死に、次に子どもが死に、そして最後に孫が年老いて死ぬ。

これが本来の順番です。

 

寺にいて つくづく思いますが

「親、子、孫が 順番通りに死を迎えられること」

この当たり前のように思えることが、一番いいと思います。

 

「孫死 子死 親死」の順になったら、大変です。

子どもの死、、、逆縁の葬式や法事は傍目で見ていても、本当に切なく感じます。

最近は高齢化が進み、80代の親が60代の子どもを見送ることも時々ありますね。

 

 

 

人間だけでなく、動物、植物、、、、この地球上に存在するものは 

永久に存続するのではなく、生き代わり死に代わって

生命を循環、連続させていきます。

 

故・松原泰道氏は自著の中で「生命の連続」を駅伝マラソンに例えています。

 

【駅伝マラソンは自分一人の競技ではありません。

後に続くランナーの為に、最後まで走り抜く責任があります。

 

人生も同じです。

 

ランナーが走る区間を 寿命に例えるならば、

5歳で終わる人もいれば

100歳でも走り続けているランナーもいます。

 

其々の寿命に長短はあるけれど、

大切なのは与えられた区間をどう走るのか?ということです。

 

自分が倒れるところまで走り切ればいいのです。

それを受けて次のランナーが走り出します。

其々が与えられた人生を精一杯に生きていく。

それが何よりも重要なのです】

 

 

私達は、一人の人生で物事を考えてしまうと
人生約90年 あっという間に過ぎ、何もしていないような気がしますが

 

何世代にも渡る「長い長い歴史の中で」考えると、
誰もがみんな『いのちをつなぐ偉大な仕事』をしているのです。

 

 

毎日ご飯を作って、掃除洗濯をして、子どもの世話をして、、、

今日も明日も、同じことの繰り返し。

これで自分の人生が終わっていくのか、と思うと「私の人生、何なんだろう???」倦怠感でいっぱいになる時がありますが、

 

その日々の繰り返しこそが

社会を動かし、家族を育み、未来にいのちを受け渡す役割を担っているのだと思います。

 

 

「親、子、孫が 順番通りに死を迎えられること」も同様、

一見平凡で、当たり前のことこそ、実は何よりも凄いことだったりするのです。