民芸運動に生涯をかけた『柳宗悦(やなぎむねよし)』さんの「心うた」のなかに、
「タタケトナ 開カレツルニ」という言葉があります。
意味は
「門を叩けというのか、叩かなければ開かれないというのか。
最初から大きく開かれているではないか。
閉じているのはおまえの目のほうだよ。
心の目を大きく開いてごらん。」と、いうことです。
目を閉じていては、門が開かれていても気づきません。
問題は外にあるのではなく、自分自身にあるのですね。
私自身、見えてるようで見えてないんですよね。わかってるようでわかっていない。そんなことが多々あります。
かつて日本のペスタロッチと呼ばれ、教育に生涯を捧げた、故 東井義雄(とういよしお)先生のお話をご紹介します。
東井先生のお宅に夜遅く、電話が入りました。こんな夜中に誰が電話くれたかと、受話器をとってみると、
男の方が切迫詰まった声で「世の中の人がみんな私を見捨てた。裏切った。生きてゆく勇気がなくなったから、今から首をつって死のうと思う。
けれど、一つだけ気になることがある。
「南無阿弥陀仏」と唱えて死んだら、救ってもらえるか」というのです。
東井先生は仰いました。
「待ってください。あなたの気まぐれな南無阿弥陀仏ぐらいで救われるもんですか。
そんなことより、あなたはまわり中が裏切ったというけれど、
あなた自身が自分を裏切り、見捨てて死のうとしているじゃないか。
その間も、あなたを見捨てずに働いている、働きかけていて下さる、その方のお声が聞こえないか」と。
「そんな声、どこにも聞こえやしない」という電話の主に対して、東井先生はさらに仰いました。
「眠りこけている間にも、あなたの心臓が動いているでしょう。死のうとしている時も、あなたの呼吸が出入りしているでしょう。
死なせてなるものか、頑張って生きてくれよ、とあなたの心臓を動かせ、あなたの呼吸を出入りさせている、その働きを「仏さま」というのです。
その他にどこに仏があると思うのですか。
「勘違いしていたようだな」と呟くように言って、電話の主は電話を切りました。
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眠っている時も、自殺しようとしている時も、怒っている時も、笑っている時も…
心臓が動いています。血液が流れています。別に動けと言っていないですが、内臓が機能しています。
いかなる時も私を生かし続けて下さっている、その働きを『仏』と呼びます。
その『仏さまのお働き』の中で、人間ばかりではなく、全ての生きものが生老病死しているのです。
よく考えてみると、凄いことですよね。
何にも考えなくても食べることができ、食べたものが必要なだけカロリーとして消化し、不要なものは排出される。疲れれば眠たくなり、眠っている間も呼吸ができ、自然に目が覚める。
こんな不思議な働き…つまり仏さまのお働きが、
私達には初めから備わっているんだ、ということに気づくことが大切です。
辛いことがあって「神も仏もない」と絶望しても、ちゃんと仏さまは体の中にいるんです。いないんじゃなくて、体の中にいるんです。「頑張って生きて」とせっせと働いています。
ところが、私達は見えてないんですね。
心の目を大きく開いて、この素晴らしい生命の姿にこそ、目を向けましょう。
