さらっと吐き出された2ヶ月っていう言葉を聞いて率直に、早いな、恐ろしいなと思いました。
そうか、もうすぐ夏なんだ。
やっぱり時間の経過って残酷だよね。
色んなものを引き摺って流れていくんだもん、ずるずると。重たいから置いていけばいいのに。
今いるここが、2ヶ月前の自分が見た「前」なのか。切り替えてるようでフリーズしてるだけなのか。楽しめているのか。今は全く何とも言えない。
そう言えば、今年は、夜の街頭に照らされた桜が1番綺麗に見えた。
見られすぎて疲れちゃったよと言わんばかりに切なげに咲くその姿に、なんだか慰められたような気さえした。
安心は何で得られますか。
自信は何から生まれますか。
ずっと探していた答えを、目の前にした途端失った。
時間をかけて満足に描けた「未来」というタイトルの絵画。自分で眺めてもニンマリしてしまう傑作でさえ、黒く塗りつぶされるのはほんの一瞬だった。
またゆっくり描けばいいよ。
って分かってる。
実際に描く絵だって、失敗しては紙を捨て1から描き直しを繰り返して、上手くなってきたんだから。それでいいのに。
経験というのは時々、学習させすぎてくれるから。内側で密かに、でも確実に客体化されていく自分。遠退いて、諦めて追ってこない感情。悔しさが支配する夢。
「以前」と同じ自分でいられない自分がとても憎い。
純粋な気持ちでのめり込み、感情を生み出せていた頃の自分にもう戻れない。
そんな苦しさも言葉にしてしまえば、あまりに幼稚で拙くて小さく軽く思えてきそうなものなのに。しっかりと爪痕として残ってしまっているから、自分の弱さをも自覚させられる。
悩みや葛藤がある方が、良いものを生み出せるから大丈夫。見透かしたようにそう言われた。
雲ひとつない晴れ渡った空よりも、
雲が散らばって浮かぶ空の方が情緒的に見えて描きたくなるのと同じだろうか。
何れにせよ、人に触れる勇気も、自分と向き合う勇気もまた拾い集めないといけない。
題材があっても筆や絵の具がなければ描けないからね。
無慈悲で迅速に過ぎた寒くて暗い冬も、
眩し過ぎて目を覆いながら迎えた短い春も、
自分だけ取り残して、何もなかったように颯爽と「過去」になってしまった。
時間に置き去りにされている場合じゃないのに。
この夏をどうやって過ごそうか。
はたまた、この1年をどうやって過ごそうか。
まずは其処からかな。
次の春には、屈託無く笑う自分に出会ってさ、
それを喜んで認めることができたらいいね。