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わんわんののんびり生活

由緒正しい雑種の野良犬です。
人間達は、どうしていつもあくせくしているのだろう?

昨年11月の終り、天塩川温泉の帰りに和寒駅に行きました。

名寄から旭川行きの快速はH100の単行です。

和寒で降りたのは私と高校生のお兄さんの二人だけ。

冬の北海道にぴったりの駅名だと、前から気になっていました。

アイヌ語のワッサム(オヒョウニレの木の・傍ら)が地名の由来だそうです。

特急停車駅ですが、無人駅です。

高校生はすたすたと行ってしまい、誰もいません。

駅前を少し歩くと郵便局があったので、手許流動性を積み増すことにしました。

雪が降り続ける中、局内は暖房がきいていてほっとします。

昔は貯金通帳に局名が入ったハンコを押してくれましたが、今はATMなので楽しみが減りました。

広い駅構内には、昔は給水塔や転車台もあったそうです。

そういえば、客車列車の急行利尻はDD51が牽引するようになってからも後補機をつけて塩狩峠を登っていました。

旭川からの名寄行き快速がやってきました。

通学時間帯ですが、快速列車はH100単行です。

情ないことに、長靴の裏に雪がついていて、乗り込んだ途端にすべって盛大に転んでしましました。

運転士さんも「大丈夫ですか」と心配して確認に来られて、申し訳なく思いました。

時間はかかっても乗車時に靴の裏の雪を落としておかないと危険です。

雪に慣れない私だけかと思っていたら、地元の方も「ここは滑るから気をつけて」と声をかけて雪を落としていました。

南稚内駅近くのホテルをチェックアウトして、駅に向かいます。

跨線橋と側線があって、立派な駅です。

昔はここで天北線と合流していました。

稚内行きのキハ54単行が停車しています。

排モが留置されています。夏場も保線で使うのか?

改札に駅員さんがいるので、発車時間近くならないとホームに入れません。

先ほどのキハ54が名寄行きになって折り返してきました。

座席はあらかた埋まっているので、後部運転台近くに陣取ります。

南稚内駅を出てしばらくたつと一瞬日本海が見えます。

今日は視界が悪くて、利尻は見えません。

荒涼とした景色に、ずいぶん北に来たなあと有難味を感じます。

次の停車駅は抜海。

日本最北の木造駅舎ですが、廃止話が進行中。

寒冷地の駅は、除雪費用や暖房費がかかるので、お気の毒です。

立派な駅舎で、よく手入れされているだけにさみしい気持ちになります。

東京のせせこましい生活が、ちっぽけに思えます。

日頃の雑念を追い払うのに良い景色です。

勇知駅。82年まで貨物の取扱いもしていました。

地図を見ると駅周辺にJAや郵便局はあるのですが、小中学校がありません。

学校の統合で、南稚内に通学しているようです。

確かに車窓を見ていて、人間よりも牛の方が多いような…

兜沼で下車して、列車を見送ります。

降りたのは、私とカメラを持った乗り鉄らしいお兄さんの二人。

2001年に隣の芦川駅が、2021年に徳満駅が廃止され、豊富が隣駅になりました。

7月はじめの稚内は、朝4時前に日の出です。

5時過ぎにホテルを出て、散歩します。

稚内駅近くにある旧稚泊連絡船の稚内桟橋跡です。

鉄道省の連絡船で、敗戦まで稚内と樺太/サハリンの大泊/コルサコフを結んでいました。

ドームの手前に旧稚内桟橋駅があり、乗客はドーム内を歩いて乗り換えたそうです。

左側が外海、右側が港で、連絡船が接岸していました。

宗谷本線を走っていたC55の動輪。

70年代後半、急行利尻や各停が客車列車でした。 

ドームそばに巡視船が停泊していました。

日本海やオホーツク海の荒波を行くだけあって、大きいです。

礼文行きの船に乗るたびにすぐ吐いてしまう私には、とても務まりません。

防波堤の上から外海を望む。

雲が多くて、サハリンも宗谷岬も見えませんでした。

ドーム隣の防波堤に上がることができます。

稚内駅は道の駅と一体化して整備され、明るく、きれいになりました。

6時半の旭川行き特急サロベツ2号を見送ります。

ノシャップ岬行きの宗谷バスがやって来ました。

ノシャップ岬公園と稚内灯台。

晴れていれば利尻、礼文、サハリンが見えるそうですが、視界不良。

ノシャップ寒流水族館も朝早いのでしまっています。

入って応援したいけど、宗谷本線乗り鉄が最優先なので今回は断念。

赤と白の稚内灯台は42.7mあり、島根の日御碕灯台についで全国2番目の高さだそうです。

もともとは岬背後の丘に立っていたところ、米軍基地拡張のために現在地に移転。

以前と同じ高さにしたそうです。

岬後方の丘は自衛隊のレーダーサイトになっています。

迷彩服を着た陸海空の隊員が通勤でバスを使っていました。

1983年の大韓航空機撃墜事件の007便を稚内のレーダーが追尾していました。

ノシャップ岬から宗谷バスで南稚内駅近くのホテルに帰ります。

ホテルで夕食を済ませて散歩に出ます。

7月はじめの稚内の日の入りは19時半くらい。

港に砕氷船ガリンコ号Ⅲが係留されています。

冬場は紋別で流氷ツアーに出ていますが、稚内までメンテに来たのか?

船首に大型スクリューがついています。

これで流氷をガリガリと砕くらしい。

70年代には砕氷観光船はなくて、ただ流氷の上を歩くだけでした。

ごつごつ流氷の上に鳥やキツネがいて、ところどころ割れ目がありました。

今思うと、よく落ちなかったものです。

港といえばカモメ。

もう晩ご飯は終わったのか?

市街地西側の丘から海を見たいと思い、市役所裏の小道を登ってみました。

少し歩くと、キツネがまるまって昼寝しています。

薄目をあけて私をチラッと見て、また目をつむりました。

人間を恐れないのは、見慣れているからなんでしょうが、市役所のすぐそばにキツネが寝ているのが新鮮でした。

更に上ると墓地に出ます。

こちらは鹿がお散歩中。

お供えを食べに来たのか…

下には稚内と樺太/サハリンを結んだ連絡船の岸壁が見えます。

写真上は宗谷岬。

暗くなってきたので、稚内駅に戻ります。

20時過ぎの幌延行き上り最終列車は、キハ54の単行です。

金曜の夕方、乗客はまばらです。

次の南稚内で下車してホテルに戻ります。

ここで高校生が数名乗車しました。

南稚内の高校に通学している生徒たちでしょう。

一日の本数は下り3本、上り4本なので、遅れると大変です。

朝8時の始発に遅れると次は12時なので、午前の授業は全部出られません。

私も高校時代汽車通学していたので、気持ちはよくわかります。

駅を出ると人影はありませんでした。

お昼の特急サロベツで名寄から稚内に向かいます。

朝の宗谷は指定席売切れでしたが、サロベツは乗車率50%を切っています。

日中のいい時間に移動するので、敬遠されているのでしょうが、乗り鉄にはゆったりできます。

すいている列車だからこそ、乗ることが応援になるのではとも思います。

名寄ー稚内間の2021年度の輸送密度は174人。

コロナ前に200人を切っていた夕張、札沼線、留萌線等は続々廃止中。

「攻めの廃線」と言われる崖っぷちです。

宗谷本線には10月に2回、3月に1回来ただけなので、緑の夏ははじめてです。

多くの牧場が牛舎で育てているようで、なかなか外で牛を見ません。

豊富と兜沼の間、徳満駅は2021年3月に廃止されました。

稚内が近づき、日本海の向こうに利尻がかすんでいます。

学生時代以来、44年ぶりの稚内に感激。

稚内駅前のホテルが満室なので、すぐ南稚内駅まで戻ります。

街中に鹿がいました(正面電柱の前です)。

車にひかれないか、ひやひやしますが、さっと逃げて行きました。