一部車両だけ。
二輪免許を取り初めてのオートバイがXJ400D YSP限定車。今では信じられないが、6千キロの傷一つない上質車で検2年すべて込み20万円。世はレーサーレプリカ時代に突入。ネイキッドは時代遅れと言われた時分のこと。
非常に重厚感のあるデザインで、この頃はオートバイが楽しくて仕方がなかった。CBX400FもXJより少し割高という程度だったが、まさかこのようなことになろうとは・・。
オートバイのイロハを教えてくれたXJは事情により廃車。長い入院後(笑)、懲りずにRZ250RRに乗るが、なぜか2ストには馴染めず。
これは使い捨てカメラで撮ったものだが、偶然、すごい絵になった。
RZ-RRは(本当に)燃え尽きてしまい廃車。orz
懲りずに次は初めての新車、VFR400Rを買う。このあたりでオートバイから離れられなくなってしまったと思われる(RPGでダメな道へ進んだ感じ)。
筑波を初めて走ったのもコレ。どノーマルで確か12秒台(コース改修後)だったが、周囲からこれで10秒も切れないのはおかしいとか言われて非常に高い壁を感じた。
ダンロップ下にシケインが出来た頃の筑波だが、今と違い設備も不十分で少し間違うとトランポごと池ポチャになるという・・。写真は友人達がTZ250、3MAで練習するというので付き合い。当時ですらポンコツな古いワンボックス、板切れラダーが時代を感じさせる。
限定解除(4回=1万円)を果たし、CB750Fに乗る。最初の大型はGSX-R750R(1986)だったが、これまた崖下転落したりと本当にロクでもない乗り手だった。写真の1枚もないのが残念。
同じ日に限定解除を果たした友人はZ750FX改。なんと現在も所有しているので相当価値があるだろう。このアングル、今見ても格好良いね。
CBに前後して1KTマルボロを通勤快速で購入。RZ系とは違い、その扱いやすさから初めて2ストに慣れた。終電でも帰れない日々を快適にサポートしてくれ、時間短縮やストレス解消のアイテムだったのだが、ほどなくガタガタに。初めてエンジンOHを実践した。上野で込み20万円だったからね、若いメーターでも付いてたのだろう。
芦ノ湖スカイラインにて。今と何も変わらないダイナだが、写真は1996年のもの。
グース350でレースを始める。腹が出てない!(涙)
保安部品の取り外し以外は車検対応マフラー、キャブのセッティング変更のみが認められた当時のNS-1クラスで何とか11秒台。吊るしのツナギならMでも着れたが、今はLLWサイズである。orz
通勤快速はVT250Zに。ヤフオクで5万円だったが、それから5万キロ以上走ったので1km=1円ということになる(笑。VTはケースとシリンダーが一体の、当時のオートバイとしては珍しい設計、ゆえにやたら丈夫だった。定期的な消耗品交換だけで、ほぼノーメンテ。使い倒した上にキルギスに送ったが、ひょっとしたら今でも走っているかも知れない。
当時、トランポとして購入したダッジ・ダコタ。クルマはあまり興味ないけどアメ車だけは何故か好きなんだな。見栄っ張りで中身スカスカ。類友か?
おまけ。
自分のオヤジの若い頃。たぶん1960年くらい。今はトリガラみたいになっちまって見る影もねえな・・と思ったが、毎朝鏡に映る自分の姿もそうだ。