安心院 妻垣稲荷神社 | 哲也の敬天愛人ブログ

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天を敬い 人を愛す。

天は我も人も同一に愛したもうゆえ、我を愛する心を持って人を愛するなり。

天気も良く暖かかったので配達のついでに『妻垣稲荷神社』へ行って来ました。

ここから見える景色を和歌にして読んだ人がいる様です。

この近辺で約1800年前の石棺などが多数発掘されたそうだ。

巨石信仰のこの地には多数の人々が住んでいたのだろう。

そして巨石の磐座が祀られている。

 

そしてこれがyamato011さんから指摘された『猫石』

 

久しぶりに来るとなんか気持ち良いですね。

こちらが以前訪れた時のブログです。

http://ameblo.jp/yesidomasuda/entry-10203973881.html#cbox

 

そして以下がその時のコメント

 

1. ここもすごい!

ここは弥生(神話)時代より、もう一つ古そうです。

 このために、神社にならなかった物でしょう。何らかの伝承があれば好いのですが、、。

 宇摩説的には、今日書いているように、縄文・弥生の文化継承としているので、大いに気になる所です。
yamato011
 
2. yamato011さん
この山にある磐座は縄文人が祀っていたんでしょうね。それでここに神社を建てずにそのままの状態で祀っていたんでしょうか。

高天原から天下ってきた神様は縄文時代の文化を継承しながら妻垣神社にある巨石を御神体として祀ったんでしょうか。

いずれも伝承ですね。
しげお
 
3. 下から3枚目
多少、目の位置が違いますが、「猫」の顔と全身像に見えます。(上がり目を見つければ判る)

 ネコは、根子・日子と天皇の御名に見られます。宇摩説では「根の主の子」としています。

 宇佐は九州地域の都であったと、大きな猫で示しています。宇佐の主が名家で継続していたから、娘がスサノオや大国主、猿田比古などに嫁いだのでしょう。

 実は昨日同様の記事を書いたのですが、何故か消えています。で、書き直しました。
yamato011
 
4. yamato011さん
そういえば猫に見えます。つりあがった左目がはっきり分かります。

この巨石は変わった形をしていたので写真を撮ったんですが現場では全く気づきませんでした。

古代宇佐にいた権力者は相当な人物だったんですね。
これではっきりと妻垣神社のことが繋がりました。
 
しげお
 
5. これで次回の、、、
楽しみが増えました。なお、猫の上の写真にも、小さな石に顔があるように見えます。

 今度の時はほかの石も周囲から、また、時間違いも(影が変わって、浮き出る事があります。

 この周辺は、特におもしろそうに思います。
yamato011
 
6. yamato011さん
巨石を見るだけでもおもしろそうです。

またこの近所に配達に行った時にでも見に行って見ます。
しげお