「道元和尚の教え」と「瑩山和尚の教え」とを「別の教え」と受け取る。
「別の教え」別の尺度にある、…だから、両方が、お互いに、正しい。
「道元和尚の御苦労」に感謝し、同時に、自分が救われる。
「瑩山禅師のお陰」で、主著『正法眼蔵』が、今日まで伝わったことに、感謝する。
「山田霊林禅師」の『正法眼蔵講話』を拝読して、しきりに、そのことを考える。
「瑩山禅師の教え」の方である。それで「安心・アンジン」を得ている。
縁というか、運命なのであろう。
わたしの場合も、別の運命で、このようになってしまった。
道元和尚から、
「増谷文雄」先生の「原始仏教」『阿含経』相応部経典を学び、
そこから、
再び、道元和尚に戻って来た。
更に、そこから、
「南直哉」さん、に出会って、
「道元和尚は、日本において、問題を解決した。
それの証明を求めて、中国に「正師」を求めた。
2年間探して、やっと、如浄禅師に逢えた。」
との「質問への回答」を頂いた。
これで、私の「迷い」「迷走」も、終わることができた。
生きている間に、お陰様で、決着がついた。
他方、
増谷文雄先生の方は、
親鸞聖人の方で、決着を、つけられた。
(元々、「浄土宗」の僧侶の方であり、
「浄土教」の、元に戻ったことになる)
