【米国最新情報:102】2つの判決でトランプ大統領は屈辱的敗北、保守派が推進する「文化戦争」も後退①(中岡望) - エキスパート - Yahoo!ニュース
米国最新情報:102】2つの判決でトランプ大統領は屈辱的敗北、保守派が推進する「文化戦争」も後退①
ジャーナリスト
2015年4月14日、サウスカロライナ州チャールストンのフォート・サムター国立記念公園で行われた再現式典の開始を待つ北軍兵士の再現者たち。トランプ政権は、同公園での歴史資料の展示物の撤去を命じた。(写真:ロイター/アフロ)
2回連載の1回目
【目 次】(総字数:3300字)
■6月12日に連邦地裁が出した判決/■保守派が仕掛ける「文化戦争」とは何か/■大学を支配する計画は失敗に終わった
■6月12日に連邦地裁が出した判決
筆者は本欄で6月11日に「頓挫するトランプ政権の政策」(リンク)と題する記事を掲載している。多くのトランプ政権の政策が連邦裁判所で違法との判断が下されている状況を説明した。2026年6月12日、偶然に同じ日に連邦地裁と連邦控訴裁がそれぞれ判決を下した。いずれもトランプ政権とトランプ大統領の野望を砕くものであった。
ひとつは、マサチューセッツ州の連邦地裁が、トランプ政権に対して国立公園の各施設から過去1年間に撤去された展示物を再設置するよう命じたことだ(裁判名「National Parks Conservation Association v. United States Department of the Interior」)。
トランプ政権は2025年3月31日に「Restoring Truth and Sanity to American History(アメリカ史における真実と正気の回復)」という大統領令を出している。トランプ大統領は、この大統領令でバーガム内務長官に対し「アメリカ人の過去または現在の人物を不適切に侮辱する説明、描写、その他の歴史的資料を文化機関や歴史的施設から排除する措置を講じる」よう命じた。これによって、フィラデルフィアの独立歴史公園からの奴隷制の時代に大統領官邸で暮らし、働かされていた9人の奴隷の名前と経歴、ワシントン大統領が黒人奴隷を所有していた事実、アメリカ建国期における自由の理念と奴隷制度の矛盾を示す資料が撤去された。
また南北戦争が始まったサウスカロライナ州フォート・サムター国立記念公園に掲示されていた気候変動の脅威に関する情報と展示が撤去され、他の国立公園や史跡から南北戦争に関連する歴史解説の標識、公民権および社会史に関する資料(公民権運動、奴隷制度廃止運動、女性参政権、労働史、移民史、環境史に関連する資料)が撤去された。他の国立公園からも数百件の標識や解説展示が撤去された。トランプ大統領と保守派は自分たちの思想に基づいてアメリカの“歴史を書き換え”ようとしたのである。
これに対して、国立公園擁護団体のグループは2026年2月、内務省と国立公園局の指導者を相手取り、全米の国立公園で「歴史を消し去り、科学を損なう」行為が行われているとして提訴した。
この裁判で連邦地裁のケリー判事は原告側の主張を支持し、連邦政府の行動は「検閲と歴史の改ざんと粉飾を行う危険な前例を作るものであり、国立公園制度の統合性を損なうものだ」という判断を下した。さらにケリー判事は「これらの公園施設に対する政府の管理責任には、歴史を都合の良い断片ではなく、全体として提示する責務が伴う。残念ながら、政府はこれらの原則を無視している。アメリカの尊厳を促進するという名目の下で、トランプ政権は限定された歴史のみを共有しようとしている。それは、自らの好む物語に合致しない国立公園内のすべての標識、展示物、解説パネルの撤去を命じることであり、その結果として歴史の“半分の真実”を語っているにすぎない」と、極めて厳しい口調でトランプ政権の違法性を指摘した。
さらに、ケリー判事は「被告(連邦政府)らは、我が国の250周年記念に先立ち公園からこれらの否定しようのない真実を語る資料を取り除くことが重要だと判断したのであるから、同様に我々の共有する歴史が誠実に語る資料を完全に回復されることもまた重要であり、それによってアメリカ合衆国の驚くべき功績を適切に称えることができる」と、国立公園局に対して「建国250周年記念(7月4日)に間に合うように21日以内に、すべての公園施設で、すべての解説資料を可能な限り速やかに復元・再設置するために必要なあらゆる措置を講じる」よう命じた。
■保守派が仕掛ける「文化戦争」とは何か
トランプ政権や保守派は、奴隷制度、奴隷制度廃止運動、公民権運動、女性参政権運動、労働運動の歴史、移民の歴史、気候変動の影響の解釈を巡ってリベラル派と「文化戦争」を展開している。今回の連邦地方裁の判決は、トランプ政権の文化政策に大きな影響を及ぼすことになる。同判決は、政府がこれらの施設を管理する権限を持っていたとしても、その権限は無制限ではなく、政治的に都合のよい歴史解釈だけを提示するために使うことはできないという判断を下したのである。
さらに同判決は、政府に建国250周年を前に撤去した展示物などを元に戻すように命じている。トランプ政権は、この記念事業を保守主義者の主張するアメリカの偉大さや国民的誇りを強調する機会として位置づけていた。同判決は、その出鼻を挫いた格好である。同判決は、トランプ大統領が大統領権限を利用して文化機関を支配しようとする試みに連邦裁判所が制限を加えたのである。
「文化戦争」で保守派が最も力を入れているのが「DEI問題」である。彼らは、「性の多様性(Diversity)」を否定し、「男女の平等(Equity)」を拒否し、「包括性(Inclusion)」を排除している。政権発足直後の2025年1月に「過激で無駄な政府のDEIプログラムと優遇措置を終わらせる大統領令」と「違法な差別を終わらせ、能力主義に基づく機会を回復する大統領令」を出している。これらの大統領令で、連邦政府の省庁のDEI事務局やDEIプログラムの廃止や連邦政府と契約する企業や補助金受給者におけるDEI関連活動を制限しようとした。
これも訴訟となり、2025年2月21日にメリーランド州連邦地裁は、これらの大統領令の重要部分について全米規模の仮差し止め命令を出している。トランプ政権は連邦控訴裁に提訴し、2026年2月6日、連邦控訴裁は、地裁による差し止め命令を取り消し、訴訟が継続する間、大統領令の執行を認める判決を出し、連邦地裁に差し戻した。これはトランプ政権の勝利のように見えるが、連邦控訴裁は大統領令がすべて合法であると最終的に判断したわけではない。個別案件に関して、今後、訴訟が起こされるだろう。
もうひとつの「文化戦争」の焦点は奴隷制度の解釈を巡るものである。
リベラル派は奴隷制度をアメリカの歴史の暗部として描き、人種差別が単なる個人の偏見や差別的行為にとどまらず、
法律、制度、政策、社会構造の中に組み込まれて存在していると主張している。
そうした理論(Critical Race Theory)に基づき、学校での奴隷制度に関する教育を推進してきた。
だが、保守派は、そうした奴隷制度理解を拒否し、そうした奴隷制度の歴史を教えるのは、
白人の学生に集団的な罪悪感を抱かせ、アメリカの歴史を過度に否定的に描くと批判している。
トランプ政権は、こうした奴隷制度の理解は「分断的な概念」であるとして、
連邦政府機関の研修や学校教育への影響を制限しようとしている。
保守派の中には、奴隷制度は黒人に雇用を与えたと主張する者さえいる。
トランプ大統領は2025年1月29日に
「(幼稚園から高校まで)の教育における過激な思想注入を終わらせる大統領令」を出している。
学校に対して、Critical Race Theoryやジェンダー・イデオロギーを教えた場合、補助金の削減を行うとしている。
これに対して幾つか訴訟が行われている。
例えば2025年2月21日に連邦地方裁は大統領令の差し止め命令を出している。
政府は連邦控訴裁に控訴したが、
最終的に2026年1月21日、控訴を自主的に取り下げ、政府は実質的に敗訴している。
■大学を支配する計画は失敗に終わった
またトランプ政権は大学における「DEI」も攻撃している。
教育省は2025年2月に大学に対してDEI関連の活動を続ける場合、
連邦資金を失う可能性があると警告し、
入試や教職員の採用や昇進で「DEI」を基準にしないように要求する書簡を送っている。
この問題も訴訟が起こり、メリーランド州連邦地裁は、
「政府は自らが嫌悪する思想を動機とする言論を『容認しない』と宣言することはできない。
それは表現の自由を保障する修正第1条に対する露骨かつ重大な違反である」と判断した。
また教育省の措置は教師や教育機関の言論を萎縮させると指摘した。
最終的にトランプ政権は控訴を断念し、保守派の試みは敗北に終わった。
さらに6月12日に、連邦控訴裁はトランプ大統領の野心を砕く判決を下している。
それはケネディ・センターの改名に関する裁判である。それは連載(2)で詳しく説明する。
連載(2)へのリンク:【目次】
■ケネディ・センターの改称問題/
■連邦地裁はトランプの名の撤去を命じた/
■センターの改修と2年間の閉館決定も違法/
■トランプ大統領は“デベロッパー”である/
■トランプ大統領の野心と文化戦争
ジャーナリスト
1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、
東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。
80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。
著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

