「ベトナムにいる弟も日本に留学させたい。だけど、もちろん新聞配達だけはやらせません」偽装留学を放置し続けている日本の罪 「偽造留学生」を搾取するニッポン(下) Wedge ONLINE(ウェッジ・オンライン)

 

 

 

「ベトナムにいる弟も日本に留学させたい。だけど、もちろん新聞配達だけはやらせません」偽装留学を放置し続けている日本の罪

「偽造留学生」を搾取するニッポン(下)

出井康博( ジャーナリスト)

 

 主に深夜から早朝にかけて週40時間以上働いて、休みは月1日の新聞休刊日のみ。手取り給与は月9万円未満――。

 2024年に来日したベトナム人留学生のタン君(仮名、22歳)が、住み込みで働くことになった千葉県内の新聞販売所で直面した待遇だ。

「外国人労働者が増えても、賃金を始めとする日本人の雇用条件に悪影響はない」

 外国人労働者の積極的な受け入れを主張する有識者たちはこう口を揃える。

結局、低賃金を招いてしまう

 だが、タン君は日本人よりもずっと低い賃金で働いている。給与から毎月天引きされる日本語学校の学費などを加えても、支給額は月に約17万円だ。そんな賃金で新聞配達という時間的、肉体的に厳しい仕事に就き、しかも休みは月1日だけという条件で働こうという日本人がどれほどいるのか。

 タン君のような留学生アルバイトが確保できれば、販売所は高い賃金を払い日本人を雇う必要もない。こうして日本人よりも外国人労働者の雇用を優先しようとする動きは、新聞配達以外の職種にも確実に広がりつつある。

 先日、大手外食チェーンの経営者がテレビ番組のインタビューで、日本人よりも外国人の採用を希望する趣旨の発言をして波紋を呼んだ。外国人であれば、敢えて労働条件を引き上げなくても採用できる。語学面での不安はあるが、日本人のように簡単に離職しない。しかも若い労働力が確保できるとなれば、とりわけ体力勝負の職種で外国人の雇用が優先されて当然だろう。外国人労働者の魅力が「安さ」と「若さ」であることは世界共通なのである。

 それにしても、タン君の労働条件はあまりにひどい。留学生のアルバイトとして認められる週28時間を大きく超える就労を強いられ、休みも月1日しか取れない。バイトであろうと原則週1日の休みを与えることは、労働基準法で定められているというのにだ。こうした労働条件を承知の上で、タン君は日本にやってきたのだろうか。

 タン君を新聞販売所に斡旋したのはベトナム人ブローカーだ。契約時に十分説明があったのかと問うと、タン君は「よく覚えていない」という。契約書らしきものにサインはしたとのことだが、中身は記憶しておらず、書類も日本に持参していない。

 来日後、販売所との間でも別の契約書を交わした。だが、こちらについてもタン君は内容を確認していない。ベトナムの契約書と同様、相手に言われるままサインした。

 しかもその契約書は今、手元にはなく、販売所が持っているのだという。事実であれば、これもまた販売所側による違法行為だ。

 日本人の感覚からすれば、タン君には落ち度が多い。ブローカーの甘い誘いに乗り、内容を十分確認もせず、契約書という重要な書類にサインした。その揚げ句、様々な連中に、いいように“利用”にされてしまうのだ。

 タン君を日本の日本語学校へと仲介したベトナムの送り出し業者は、彼からの手数料に加え、学校側からもコミッションを受け取ったはずだ。日本語学校から業者へのキックバックは慣例になっている。新聞販売所に斡旋したブローカーも同様、販売所からも紹介料を得たことだろう。タン君は業者やブローカーに手数料を取られたうえ、「留学生」と「新聞配達員」として日本へ売られたわけだ。

“水増し書類”に気づかないはずがない

 日本側の罪も深い。タン君には日本の留学ビザ取得に十分な経済力はない。親の年収や預金残高が大幅に水増しされた書類を使い、経済力があるかのように装ってビザを取得した。

 書類を受け取った日本語学校が“水増し書類”に気づかないはずがない。しかし、学校側は問題にせず入学を認めた。留学生の数を確保し、学費収入を増やすためだ。

 タン君の留学先となったのは、出入国在留管理庁が留学生の在籍管理が行き届いた適正校「クラスI」に認定する学校だ。当局のお墨付きを得た“優良校”であるため、留学希望者の経済力を立証する書類の提出は免除され、学校側が入学を認めればビザが出る。

 もちろん、新聞販売所にも問題がある。タン君が働くことになった販売所では、彼を含めて6人のベトナム人を雇っていた。うち3人は留学生で、タン君と同じ待遇だった。

 SNSのベトナム人コミュニティには、今でも新聞配達の求人広告が載っている。投稿の主はベトナム人ブローカーなのだろう。ベトナム語で書かれた投稿には、

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<アパートは無料で、しかも学費を提供>

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<バイクを使っての簡単な仕事>

 といった誘い文句が並んでいる。タン君がそうだったように、甘い誘いに引っかかるベトナム人は後を絶たない。

 タン君は新聞配達を1年半にわたって続けた。やっと仕事を辞められたのは、25年10月になってのことだ。

 

 

偽装留学生たちは責められない
でも残る、ラーメン店バイトでもとれてしまう「特定技能」ビザへの違和感

 残り半年間の日本語学校の学費、それに生活費も自分で稼がなければならない。タン君は学校の寮に引っ越した後、ラーメン店と宅配便の仕分け作業という2つのバイトをかけ持ち働き始めた。ラーメン店は週末の土曜と日曜に11時から15時まで、仕分け作業は22時から6時までの夜勤シフトに週3~4日入った。2つのバイトで、学費分を天引きされる前の販売所の給与とほぼ変わらない額が稼げた。

「仕分けの仕事も夜勤だけど、気持ちは楽でした。新聞配達をしていた時のように日本人から怒鳴られることもなかったので」

 就労時間は週28時間を超えた。希望する就職が決まっても就労ビザの申請時に入管当局に発覚すれば、申請が却下されかねない。そこでタン君は“抜け道”を使った。

 仕分け作業のバイトは人材派遣会社経由で決まっていた

バイト代は銀行口座に振り込まれず、会社から現金で手渡しされる。

つまり、当局には違法就労がバレない。

 

 

 日本語学校の同級生には専門学校への進学を目指す者が多かった。

大半は勉強そっちのけでバイト漬けの日々を送る“偽装留学生”だが、

日本語能力を問われず、学費さえ払えば入学できる学校は簡単に見つかる。

そして専門学校を卒業すれば、「高度人材」として日本で就職する道が開ける。

しかし、タン君には進学の意思はなかった。

「僕が日本へ来たのは働くことが目的です。

学費など払わず、できるだけ早く就職したかった」

 

 

 12月、タン君は

「特定技能」という在留資格を取得するための試験を受けた。

特定技能は外国人労働者の受け入れのため、19年に創設された資格だ。

対象は「飲食料品製造業」や「ビルクリーニング」、「介護」など人手不足が深刻な16分野で、

就労にはまず分野ごとの技能試験と日本語試験に合格し、就職先を探す必要がある。

特定技能の資格で働く在日外国人は25年末時点で39万296人に達する。

21年の5万人以下だったことを考えると猛烈な伸びである。

 

 

 タン君が受験したのは特定技能「外食業」の試験だ。そして今年2月、合格の知らせが届いた。

彼の日本語は初歩レベルで、日本語能力試験も下から2番目の「N4」に合格している程度だ

ラーメン店でバイトしたとはいえ、外食業の専門知識があるわけでもない。

特定技能の試験はそんな彼でも合格できるレベルなのだ。

 

 これで念願だった日本での就職が実現し、借金も返すことができる――。タン君は希望に胸をふくらませ、就職活動を始めた。しかし、なかなか就職先が見つからない。

 外食業では、接客などで他の職種以上に語学力が求められる。その点、タン君の日本語は接客に十分なレベルではない。加えて日本語学校の出席率もネックになった。特定技能の資格で留学生を採用する企業には、出席率で人材の素行を判断する傾向がある。タン君は新聞配達で疲れ果て、学校を休んだ日が少なくなかった。

 

 3月下旬には、さらに悪いニュースが飛び込んできた。

入管庁が特定技能「外食業」での新規ビザ発給を停止するというのだ。

 特定技能は分野ごと受け入れ上限が定めてある。

外食業の場合、29年3月までで5万人だ

それが今年2月末時点で約4・6万人に達し、遠からず上限に達する見込みとなった。

そのため4月13日以降のビザ申請を受けつけないことが決まった。

 

 

 

 

皮肉にも幸いしたのは、入管庁の決定だった

 試験に合格していても、就職先が見つからなればビザを申請できない。

タン君の留学ビザは4月いっぱいで失効する。

もはやベトナムへ帰国するしかない状況だ。

「仕方ありません。いったんベトナムに帰ります」

 3月末に会ったタン君は帰国を覚悟した様子でそう話していた。

 

 彼は“水増し書類”を使ってビザを取得し、留学を出稼ぎに利用しようとした。

その揚げ句、日本で都合よく利用され尽くした。

最初から偽装留学などせず労働者として来日していれば、新聞販売所でひどい待遇を受けることもなかった。

とはいえ、借金まで背負いベトナムへ戻るのだ。

今さら責めるのは酷だろう。

むしろ問われるべきは、偽装留学の実態を放置し続けている日本側の責任だ。

 それから数日後の4月上旬――。

 

<就職しました!>

 そんなメッセージがタン君から私のスマホに届いた。すぐに連絡すると、

ある外食チェーンでの採用が決まったのだという。

 皮肉にも幸いしたのは、入管庁の決定だった。

特定技能「外食業」での新規受け入れ停止が決まって以降、業界では人材の争奪戦が起きた。

ビザ申請が締め切られる「4月13日」前に試験に合格している外国人を採用し、

駆け込みで申請しようとする動きが一気に加速したのだ。

そのおかげで、通常であれば就職が難しいはずのタン君の採用に名乗りを上げる企業が現れた。

「本当にうれしいです。日本で5年は働いてお金を貯めたい

 タン君は声を弾ませ、こう付け加えた。

「ベトナムにいる弟も日本に留学させたい。だけど、もちろん新聞配達だけはやらせません」

 

 

 

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