なぜ「如浄」禅師一人だけが「正師」なのか?

なぜ「無際了派」は「正師」でないのか?

師「明全」は、「了派」だけに留まっていたのに。

 

道元は、「師・明全」も、「無際了派」も、見限り、

「正師」を求めて、中国大陸を「主要な寺院」を探し回ったのだ。

そして、一人もいなくて、一時は、日本への帰国をかんがえた。

 

この事実こそが、最重要である。

道元は、日本において「正法の仏法」を知っていて、

それを用いて「正師」かどうかを判定していたのだ!

 

そして、

如浄禅師、一人だけが、「道元の判定」に「合格した」のだ。

それ以外の、全ての、中国大陸の禅僧は「正師」ではないのだ!

 

だから、臨済禅師を、批判するのである。

批判しなければならないのである。

 

道元は「原始仏教」だった。

「法華経」を最高とする「中国の古い仏教」

「中国天台宗」の仏教思想こそが「正伝の仏法」である。

 

「如浄」禅師と「道元」和尚とは

「中国天台宗」の教学で、一致していた。

だから

「中国禅」のモットー「教外別伝」を、誤りとした。

 

それは『法華経』を否定するものであるから!