ソ連はなぜ8月9日に参戦したか: 

満洲をめぐる中ソ米の外交戦

2012/4/1 米濱 泰英 (著)

 
 
==或る書評より
本書は、1945年8月9日にソ連が対日参戦したのが
当時は“青天の霹靂”と受け止められた史実を
満鉄副総裁平島敏夫の記録や関東軍司令官山田乙三大将の行動を傍証として明らかにし、
また日本が英米などの敵国やソ連に関する情報をどのくらい入手していたのか
(していなかったのか)を探った試みである。

しかし、一次資料は米国外交関係文書、1949年出版の中国白書および
日本ではほとんど紹介されていない(らしい)
スターリン・宋子文の間の中ソ外交交渉の記録(「中華民国重要史料初編」ならびに
「中華民国史実紀要」に収められている)に限られ、それ以外は
大量ではあるがほとんどは従来の研究書の一部を抜粋したにすぎない。
本文の25%をス・宋会談記録を占め、しかも問題の8月9日
ソ連の満洲侵攻以後の叙述が30%にもなる
(付録の「ボーレー調査団報告満洲編」を除く)。

つまりタイトルの「なぜ8月9日」という疑問に対する直截な“解”には至らずに終わっている。
ソ連の対日参戦に至る道は1943年11月の米英中のカイロ会談につづく
米英ソのテヘラン会談、さらに1945年2月のヤルタ「密約」が鍵を握る。
この「密約」については当時スウェーデン公使館付陸軍武官小野寺信少将が
ナチドイツ筋から情報を入手し本国に電報を送ったにもかかわらず
なぜか握りつぶされたことが分かっている。
本書で触れられていないのが不思議である。