《福岡伸一教授が教える「利他的な脳」》最新研究で明らかになる遺伝子に備わった「人助け」をするしくみ「積極的に他者を助けると、生物として強く、幸福に生きられる」(マネーポストWEB) - Yahoo!ニュース

 

福岡伸一教授が教える「利他的な脳」》最新研究で明らかになる遺伝子に備わった「人助け」をするしくみ「積極的に他者を助けると、生物として強く、幸福に生きられる」

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福岡伸一(ふくおか・しんいち)/1959年東京生まれ。ハーバード大学研修員などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授(撮影/菊田香太郎)

 情けは人のためならず──古来から言い伝えられてきた“ことわざ”がいま、最新の知見によって科学的に証明されつつある。人生を好転させる“人助けの回路”を活性化させる方法を、生物学者で青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授の福岡伸一さんに教わろう。

 

  【表】人生を輝かせる「利他的な脳」の作り方

 

 

 日本の女性は「世界一」──7月末に厚生労働省が発表した日本人の平均寿命の最新データが注目を集めている。女性が87.14才、男性は81.9才。いずれも3年ぶりに前年を上回る結果になったこと、そして日本人女性の平均寿命が世界で最も長くなったことが明らかになった。  内閣府の予測によれば、2065年には日本人女性の平均寿命は90才を超えるとされ、今後もさらなる“延び”への期待が高まっているが、福岡伸一さんは「人間の寿命がここまで長くなったのは、私たちが持つ“利他的な脳”の賜物」だと話す。 「セミは数年、キリギリスならば数か月。生物の寿命は生殖と密接に関係しており、多くの生き物は子供をつくってすぐに命を次の世代に譲り、退場します。しかし人間だけは生殖年齢を終えてからも長い時間が残されていて、結婚しなくても、子供を持たなくてもいい自由を初めて獲得した生物でもある。  生殖しなくてもいい自由がありながら人類が繁殖し、これだけ長寿化できたのは、損得勘定を抜きにして他者を助けようとする“利他性”が脳の神経回路の基礎メカニズムとして備わっているからです。とりわけ生殖年齢を終えた世代、おじいさんおばあさんたちが次世代に積極的に知恵を授けてきたことが大きい」  福岡さんによれば、最新の研究によって生物には遺伝子レベルで利他的な振る舞い、つまり“人助け”をする生物学的なしくみが備わっていることが明らかになりつつあるのだという。特にアメリカでは“利他的な脳”を解明するための大規模な実験や論文が次々に発表されている。福岡さんは脳神経科学の第一人者であるドナルド・W・パフ氏がそれらをまとめ、解説を加えた科学書『利己的な遺伝子 利他的な脳』(集英社)を翻訳・上梓した。 「つまり、積極的に他者を助けて脳に存在する“利他性”に関する神経回路を活性化させることで自分自身も生物として強く、また幸福に生きられるのです」(福岡さん・以下同)

 

 

 

空腹の個体に血を分ける吸血コウモリ

 同書では、サルの生態として自分だけが食べ物を得るよりも、近くにいるサルも一緒に食べ物を受け取れる行為を選ぶことを明らかにした研究から、線路に落ちた見知らぬ男性をとっさに助けた2児の父の例まで、あらゆる利他的な行為が科学的に分析されている。  しかし、生物学の世界においては長らく真逆の理論、つまり「生物の本能は利己的である」という説が主流だった。 「そのきっかけはイギリスの生物学者リチャード・ドーキンスが1976年に出版した『ザ・セルフィッシュ・ジーン(利己的な遺伝子)』という本がベストセラーになったこと。  生物の個体は遺伝子の乗り物にすぎず、その唯一の目的は自己を複製し増殖すること。だから生物は縄張り争いやオスによるメスをめぐる争いなど、基本的に自分だけに利益をもたらすよう行動し、それゆえに生命が進化してきたという内容でしたが、その後どんどん拡大解釈が進んでいきました。例えば男性が浮気性なのは自分の遺伝子を拡散するためだから仕方がないとか、倫理的に問題がある行為に利己的遺伝子論が持ち出されるようにすらなったのです」  過熱する利己的遺伝子ブームに、福岡さんは違和感を覚えていた。 「植物の生き様ひとつ取っても、光合成を繰り返して自分たちに必要な分を超えて過剰に酸素を放出し、茂らせた葉っぱを虫に、実は鳥に食べさせている。枯れて落ち葉になってからも土の中の微生物の糧として役立つなど、生涯を通じて非常に寛容に利他的な営みをしています。もし植物が利己的に振る舞っていたら人間を含め、ほかの生物が地球上に生存する余地はなくなるでしょう。  昆虫や動物たちも同様で、食物連鎖の関係はあるものの、お互いの繁栄のために必要以上に食べず、またほかの生物の食糧を奪うことはしません。その証拠に、同じアゲハチョウであっても、クロアゲハはみかん、キアゲハはせりと、主食とする葉っぱは異なります」  もっと顕著に利他的な行動を取る生き物もいる。 「その代表格が吸血コウモリです。餌にありつけた個体が腹を減らした個体に血を吐き戻して与えるという助け合い行動をする。それは必ずしもつがいや子供だけが対象ではありません」

 

 

 

人間の利他性は環境で変化する

 このように自然界に目を向ければ、生物繁栄の要が“利己より利他”であることは一目瞭然だと言えるだろう。福岡さんは、脳が発達した人間の利他性はほかの生物よりもさらに複雑であると話す。 「例えば、線路に落ちた他人を自らの危険を顧みずとっさに助けるという行動は、利己的遺伝子論では説明がつきません。しかし身を挺して他者を助けようとする人のエピソードは世界中にある」  2001年にJR山手線新大久保駅で転落した乗客を救出しようとした韓国人と日本人の男性2名が、侵入してきた電車にひかれて犠牲となった事故を覚えている人も多いだろう。 「世界を覆った新型コロナウイルスを克服できたのも、強力な薬の開発や追跡調査による撲滅ではなく、自分の行動を制御して相手と距離を取り、ウイルスの蔓延を防ごうとした利他性の賜物だと言えるでしょう。  このように人間が他者のために行動できるのは、ほかの生物と同様、遺伝子レベルで利他性が組み込まれていることに加え、脳に備わった特殊な回路にも理由がある。利他性を発揮した際の人間の脳の状態を徹底的に調査した結果、他者と自分を重ね合わせ、肯定的にとらえる働きがあることが判明しました」  つまり私たちが利他性を発揮すればするほど、他者とのコミュニケーションが円滑になり、お互いに恩恵を受けられるのだ。 「ただし、利他性を発揮するための脳の回路は気温の上昇や水不足といった危機的状況下に置かれたり、利己的な考えを持つ仲間とつるむことによって低下することもわかっています。  しかし、18世紀の産業革命以降、地球温暖化が進み平均気温は上がり続けています。これはわれわれ人間が資源を収奪する化石燃料を大量に使ったり、土地開発によって森林資源を利用したりと環境やほかの生物に対して利他性を欠いたことが原因です。  地球環境の未来のためにも、また自分自身がその恩恵を受けるためにも利他性が発揮できるよう、脳の回路を活性化させる必要があると言えます」

 

執着を手放す周りに還元する

 では、回路を強化させ、与えられた利他性を最大限生かすためには何から始めるべきだろうか。 「リスペクトできる、接していて気持ちがいいと感じる人、こういうふうに生きられたら素敵だと思う人をロールモデルとして、生き方を真似してみることです。  直接の知り合いでなくてもかまいません。ちなみに私のロールモデルは優しい眼差しで昆虫を観察し続けたファーブル先生と、世界中で愛される児童文学の主人公・ドリトル先生です。動物と会話ができるドリトル先生は次々やってくる動物たちの病気を無償で治してあげる“利他性”を体現したような暮らしをしています。たまに動物たちの助けによって大儲けすることもありますが、そのお金も誰かのためにすぐに使ってしまい、元のすっからかんの生活に戻ります」  お金にも名誉にも執着せず、周りに還元しようという姿勢こそ人生を幸福にする秘訣だとドリトル先生の物語から教えてもらったと福岡さんは話す。 「最近は“老後のためにしっかりためておかないと……”という不安が募るあまり他者に還元することをためらう人も多いですが、いま持っているものを手放し、流出させることで“利他的な脳”を活性化させられることも、覚えておいてほしい。  そもそも年を重ねると、老化によるさまざまな弊害が出てくるのは当たり前。高齢者の経験や知恵は社会全体を支えるための非常に重要な“利他的資本”ですから、本来なら政府や自治体が支えるべきで、老後のために蓄財を強いられるいまの社会はおかしいのではないかとも感じます」  ただし、社会的な還元が幸福をもたらすといっても身を削ってまで他者に与える必要はない。 「自分にとって必要な資源が100ならそれは持ち続けておくべきで、無理して誰かに手渡さなくていい。  ただ、生きていれば運よく、110や120の収穫を得ることもありますよね。その場合の10や20の余剰は、ため込まずに誰かに流し、フローしていった方がいい。  自然界の生き物は、過剰に餌を持っていても腐らせてしまうだけなので、周囲にパスをまわします。人間も同じであり、それが本来の利他のあり方だと言えるでしょう」

 

 

 

 お金に限らず、経験から得た知識や知恵、人脈なども同様だ。

 

 

 「受け取り上手になることも大切です。相手がしてくれた利他的行為をしっかり受け止め、誰かに渡す。そうして絶えず利他的な行為を循環させていくことこそが社会を発展させることにつながります」

 

  利他性のサイクルの中に身を置くとともに、積極的に自然に触れ、人間とは違う“小さな命”を見つめることも有効だ。

 

 

 「犬や猫、昆虫、植物などの生物たちと共に過ごし、彼らを観察することで、いかに自然が利他的にできているかがわかるかと思います。外に出て、自然に触れながら自分の生き方を顧みることも利他的な脳を活性化させるファクターになるでしょう」  一歩踏み出したそのときから、あなたの人生を輝かせる“人助け”はもう始まっている。

 

 

 【プロフィール】 福岡伸一(ふくおか・しんいち)/1959年東京生まれ。ハーバード大学研修員などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。『生物と無生物のあいだ』や、『動的平衡』シリーズなど、“生命とは何か”を改めて問う著作が人気に。 ※女性セブン2024年9月19日号

 

 

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