【最前線の科学記者が考察】ノーベル賞受賞者たちが意識の研究に没頭する理由(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース

 

【最前線の科学記者が考察】ノーベル賞受賞者たちが意識の研究に没頭する理由

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ダイヤモンド・オンライン

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 脳と心、意識の謎は科学で解けるのか。科学者たちを引きつけてやまないテーマがAIの急速な進化で一般にもますます注目を集めるようになっている。今回、神経科学の第一人者であるエリック・R・カンデル博士が一般読者向けに書いた『脳科学で解く心の病』(大岩ゆり訳、築地書館)と、池澤夏樹さん、竹内薫さん、最相葉月さんらが書評で取り上げた『脳を開けても心はなかった』(青野由利著、築地書館)の2冊に、『ダマシオ教授の教養としての「意識」』(ダイヤモンド社)を加えた3冊を俎上に、いずれも科学記者である大岩ゆりさんと青野由利さんがこのテーマを話し合った。大岩さんは元朝日新聞の科学記者、青野さんは元毎日新聞の科学記者で、オックスフォード大学のジャーナリスト向けフェローシップの同窓生でもある。2人がみた脳と心、意識に挑む第一級の科学者たちの素顔は?(構成:大岩ゆり、青野由利、ダイヤモンド社書籍編集局)

 

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● 天才科学者たちはなぜ意識研究にハマるのか 

 

 青野由利(以下青野):今回、出版した『脳を開けても心はなかった』は、「正統派科学者がなぜ意識研究にのめりこむのか」をテーマに、意識研究の過去・現在・未来を見通した本です。  25年ほど前に書いた本をアップデートしたものなのですが、そもそもの始まりは複雑系でした。複雑系を取材していて、この分野に参入するノーベル賞科学者が多いことに気づきました。彼らは、自分の分野を極めた後に、「これだけじゃわからない」と言って複雑系に行くんです。  一方、意識研究や心の研究に参入する人たちの中にも、ノーベル賞受賞者が妙に多いことに気づきました。ある分野で功成り名遂げて、地位も名声も手にした人たちが、その後の人生でちょっと怪しげな意識研究に参入する。それはいったいなぜなのだろう?というところから出発したのがこの本です。  例えば、DNAの二重らせん構造の発見者の1人であるフランシス・クリックさん。彼は元々、分子生物学者で1962年にノーベル賞を受賞した人ですが、その後、意識研究に転向しました。  いったいどういうことなの?と半信半疑だった1990年代の終わりに、日本でノーベル賞科学者4人を呼んだ講演会が開かれ、そこでクリックさんが意識研究の話をしたんです。この人本気なんだ!というところから取材が始まりました。  調べていくと、ノーベル賞を取らないまでも、自分の本来の分野で大変な業績を上げた人たちが、なぜかあるところから意識研究にはまる。しかもその中には、え? そんなところまで行っちゃうんですか? というケースもあって。それに興味を抱いて、調べたり、インタビューしたりした、というのがこの本の成り立ちです。

 

 ● 複雑系は新聞記事になるが、意識だと記事にはならない

 

  大岩ゆり(以下大岩):その取材の過程で時々は新聞に記事を書いていたんですか?  青野:複雑系については所属していた新聞社が1992年にシンポジウムを開いたので、記事にしました。  大岩:ノーベル物理学賞受賞者のマレー・ゲルマンさん、物理学者の有馬朗人さん、免疫学者の多田富雄さん、ノーベル化学賞受賞者の福井謙一さんなどが参加したシンポジウムですね?  青野:そうそう、東大総長も務めた有馬朗人さんが複雑系に興味をもって、やりましょう、ということで一緒にやったんです。そのために、複雑系研究の総本山といわれるサンタフェ研究所(米ニューメキシコ州)にも取材に行きました。  ゲルマンさんはサンタフェ研究所の創設者の一人ですが、本来は素粒子物理の理論屋さんで、クォークの提唱者ですね。ただ、この時は複雑系にのめり込んでいました。言語に造詣が深くて、私が名前を名乗ると、即座に「ブルー・フィールド」と返ってきたり、取材の途中で小林一茶の俳句を披露したり、そんな逸話も本書で紹介しています。  でも、大岩さんもよくご存じの通り、意識研究は普通の新聞記事にはなりませんよね。  大岩:そうですよね。記者人生でほとんど取材したことがないです。  青野:私も意識研究を新聞で書いたことはないと思います。  大岩:だから、今から25年前に『脳を開けても心はなかった』の元になる本を書かれたことがすごいなと思います。  青野:実は私も、こんな本を書いて大丈夫かなと思って恐る恐る出したんです。普通の科学記者は手を出さないテーマだったので。

 

 ● 複雑系と意識研究の共通点

 

  青野:複雑系はまさに20世紀の科学の象徴である「還元主義」へのアンチテーゼと言っていいでしょう。  複雑なものをどんどん細かく分析していけば真実にたどり着けるというのが還元主義の考え方ですが、たとえば人間を、臓器、細胞、DNAとどんどん細かくみていっても人間とは何かわかりませんよね。だったら、複雑なものを複雑なまま分析する、もしくは複雑なものを構成してみる、というのが複雑系の考え方です。  意識もそうです。脳神経細胞をどんなに細かくみても人の心はわからない、という点で、還元主義的な考えでは解けないという共通点がありますね。  大岩:青野さんの著書を読んで、意識や心が、身体とは別であると考える心身二元論の方がノーベル賞受賞者でも結構いることにすごく驚きました。  私が著書『脳科学で解く心の病』を翻訳したエリック・カンデルさんは、デカルトが言った「われ思うゆえにわれあり」ではなくて、「われあり、ゆえにわれ思う」であると。つまり、身体があるから心は生じる、という心身一元論的な考え方を圧倒的に支持しています。  そして、著書の中で、ここ何十年かの科学の大きな成果は、やはり身体から心が生じるということが証明された点である、と書いているので、青野さんのご本の内容はすごく意外でした。  青野:そうですね。「正統派」と呼ぶかどうかは別として、ノーベル賞を受賞するような科学者はカンデルさんのような考え方が主流ですよね。私にとっても、心身一元論ではないノーベル賞科学者がこんなにいるのは意外で、それが本書を書くきっかけにもなりました。  二元論的な考えを主張したノーベル賞科学者の代表はジョン・エックルスさんですね。大脳生理学者の大御所で、小脳研究の権威である伊藤正男さんのお師匠さんでした。そのエックルスさんが二元論を唱えるんですから驚きです。  他にも調べていくと「この人もそうだったんだ!」という科学者が次々見つかったんです。「分離脳」実験のロジャー・スペリーさんがそうですし、脳の電気刺激で知られるワイルダー・ペンフィールドさんもそうです。  また、単純に一元論二元論と分けられない、中間的な人がいることもわかりました。波動方程式で知られるエルヴィン・シュレディンガーさんがそうです。さらに、ジョセフソン素子でノーベル賞を受賞したブライアン・ジョセフソンさん、臓器移植法などでノーベル賞を受賞したアレキシス・カレルさんなど、二元論どころか、心霊現象やテレパシーというところまで行きついてしまう科学者もいるんですよ。  大岩:カンデルさんは一元論を支持しているんですけど、でも還元主義でもなく、やはりいくらどんどん細かく分析していっても、それで心や意識が解けるわけではないと考えています。  青野:そうなんです。そこからどこへ行くかが、わかれ道になる気がします。還元主義では解けないから、すごく飛んだところへ行ってしまう人と、そうではない人がいる。  たとえばDNAの二重らせん構造を発見したクリックさんは、意識的な経験を生じるのに必要十分な神経活動(これを「NCC」と呼ぶのですが)、これを若手研究者(当時)のクリストフ・コッホさんと組んで見出そうとしていました。そういう意味ではカンデルさんとさほど違うところにはいなかった、ということだと思います。

 

 

 ● カンデルとダマシオが考える身体と意識の関係

 

  青野:ところで、大岩さんのお話の中で、カンデルさんは「身体があるから心が生じる」とおっしゃっていたと言っていましたよね。それは脳だけではだめだということですね。その点については、『教養としての意識』の著者である、アントニオ・ダマシオさんも同様のことを指摘していたと思います。「心や意識の説明を神経系のみに頼る理論は破綻する」とおっしゃっています。  ダマシオさんは「内受容神経系」と言っていますが、身体の感覚が脳にもフィードバックして相互作用するという考え方で、つまり、意識や心は脳だけで生じるわけではないということですよね。  大岩:私はカンデルさんの前著『芸術・無意識・脳』(九夏社刊)も翻訳したのですが、謝辞に、ダマシオさんには最終稿に目を通してもらい、改善案を提案してもらったと書いてありました。  また、カンデルさんは『脳科学で解く心の病』を書くにあたり、感情(情動)や気持ち、英語で言うとemotionとfeeling、エモーションとフィーリングをどう使い分けるかについて、ダマシオさんの定義を使っています。emotionは外からも測定できるような心の動き、feelingは主観的な心の動きという定義です。  カンデルさんの著書では、ダマシオさん夫妻の研究がいくつか紹介されています。脳の特定の部位が怪我や手術で損傷されると、社会人として責任感をもって、規律のある仕事や生活ができなくなります。知能指数は障害の起きる前後で変化せず、論理的な思考はうまくできていました。  ただし、患者さんの皮膚に電極を置いて調べると、恐ろしい写真にもポルノ写真にも何の反応を示しませんでした。また、恥や共感といった社会的な感情(情動)も失っていました。そして、倫理的な判断をする能力も失われていました。  同じ部位に障害のある複数の患者さんを調べた研究から、ダマシオさんは、正しい倫理的な判断には、感情(情動)が欠かせないと証明しました。

 

 ● 情動、感情、気持ち

 

  大岩:精神医学や心理学の学術的な定訳では、emotionは「情動」と訳されます。ダマシオさんの著書『教養としての意識』では「情動」と訳されています。実は私も『芸術・無意識・脳』の翻訳では、医学者の夫と共訳だったこともあり、情動と訳しました。  ただ、情動は、医学系の方は皆さん使いますが、医学系じゃない人は日常的に使わないじゃないですか。なので、今回の『脳科学で解く心の病』では、日常的に使う言葉に訳したいと思い、感情と訳しました。フィーリングは、カンデルさんやダマシオさんが主観的な体験と定義して使っておられるので、「気持ち」と訳しました。  青野:ダマシオさんは「感情」や「情動」にとても重きを置いていますね。たとえば「心の内容(コンテンツ)は、必ず情動とセットで体験される」という意味のことを述べています。「私たちが何かを感じるのは、心に意識があるからだ」「私たちに意識があるのは、感情があるからなのだ!」とも言っています。  ところで、大岩さんは翻訳していて、どこが大変でした?  大岩:カンデルさんの専門の脳神経科学の部分がすごく細かく詳しく書いてあり、そこを理解するのが難しかったですね。  また、訳語をどうするかも悩みました。特に心の病にはいろいろな偏見やスティグマがあるので、できるだけ偏見やスティグマを想起させない、中立的な単語を使って翻訳するのに苦労しました。  日本語では、遺伝という言葉にも、異常という言葉にも、偏見があるので、そういう言葉をなるべく使わないで、どうやって訳したらいいか。医学的な定訳で訳していくと簡単なんですけど、使わずに、意味が伝わるように言い換えるのがなかなか大変でした。

 

 

● 科学記者としてノーベル賞科学者を取材して  青野:大岩さんはカンデルさんに会ったことがあるんでしたね。  大岩:『芸術・無意識・脳』をちょうど訳し終えたときに、たまたまカンデルさんの住んでいるニューヨークに旅行で行くことになっていたので、お会いしました。  青野:カンデルさんといえば、この分野では知らない人のいない権威ですが、どんなおじさんだったんですか?(笑)  大岩:ニューヨークのユダヤ人は、ユーモアのある人が大勢いて、ニューヨークでは、ユダヤ人のジョーク集が何冊も出版されています。カンデルさんはウィーン出身のユダヤ人なのですが、例にもれずすごくユーモラスな方で、常に私たちを笑わせてくれる、気さくな方でした。笑顔がとても魅力的で。  コロンビア大学の研究室で会ったのですが、研究室でも蝶ネクタイをしているのには驚きました。それまでに見た多くの写真でも蝶ネクタイをしていたので、蝶ネクタイがカンデル先生のトレードマークなんですね。  『芸術・無意識・脳』では、暗い部屋の中でも太陽光のもとでも、蝶ネクタイの色が同じに見えるのは脳の働きによる、と書いてあるのですが、なぜ、ネクタイではなく蝶ネクタイなのか、と不思議に思いながら訳したのですが、ご本人に会ってその理由がわかりました。 ● ノーベル賞取材の舞台裏  青野:私も本書にノーベル賞受賞者をたくさん登場させましたが、新聞社で科学記者をしていると、毎年ノーベル賞の季節には準備が大変ですよね。大岩さんと私は所属していた会社が違いますから、ライバル社でもあったわけですけれども、準備のし方は違うのかな。どうしてました? 日本人が受賞した場合に備えて、予定稿は作っていたでしょう?  大岩:はい、代々のノーベル賞担当者が作っていましたね。いろいろな研究者の方たちから意見を聞いた上で、でも最終的には自分たちで日本人研究者で受賞するとしたらこの方かな、みたいな感じで勝手に予想を立て、それに基づき、研究内容だけでなく、その人の人となりを紹介するような予定稿をたくさん、準備していました。  青野:ノーベル賞の場合、本当の候補者は事前に漏れてこないので、みんなそうやって山かけリストを自分たちで独自に作って、その日を待つわけですよね。  大岩:そうですね。この人は可能性が高い、と考える場合には、あらかじめその人がノーベル賞の発表当日どこにいるか、ご本人だけじゃなくて関係者の方たちがどこにいるのか、といったことも事前に確認しましたよね。マスコミ各社、だいたい同じような予想を立てているので、当日は、同じところに大勢の記者が集まって発表を待ちますよね。  青野:そうそう(笑) ● Koichi Tanakaとは誰か?  大岩:一番驚いたノーベル賞受賞者は、化学賞を受賞した島津製作所(京都)の田中耕一さんですね。発表の日、私は科学医療部京都総局駐在記者として、京都にいたんです。  青野:うわあ、それは大変でしたね。  大岩:発表は英語で、Koichi Tanakaと出てきたのですが、当時、科学記者が知ってるKoichi Tanakaさんは、移植外科の田中紘一さんしかいなくて。それ以外のKoichi Tanakaさんは、誰も知らなかった。  青野:同じです。私は東京にいましたが、ちょうどその年にノーベル賞の準備をする担当だったんです。準備の責任者というか。だから予定稿は整理してあるし、どの記者をどの科学者のところに派遣しているかも把握しているし、そうやって発表を待つわけです。そして、ネットのライブ中継で発表があった瞬間、「えっ、この人誰?」って。  大岩:そうですよね。全く過去の業績もわからないし。  青野:血の気が引くとはこのことかと。ただし各社みんな同じ状況でしたからね。  大岩:私は発表当日、もちろんすぐに島津製作所に行ったんですが、ご本人が当初、社内のどこかに隠れちゃって、なかなか記者会見も始まらなかったんですよね(笑)  青野:でも、何とか原稿はできるんですよね。ノーベル賞の事務局が業績を発表するし、田中さんも少し時間たってから記者会見を開いてくれたし。それに、こういうときは片端から関係のありそうな研究者に電話するんですよ、この人って知ってますかとか、どういう業績なんですかとか。  そういえば、導電性ポリマーの発見で白川英樹さんが受賞した時も、私たちは準備が足りなかったかもしれません。たしか、白川さんは受賞が発表された夜、取材の電話がどんどんかかってきてうるさいので、電話のコードを抜いて寝てしまったっという逸話がありましたね(笑)。  大岩:そうです!! あの時も大変でしたね(笑) ● ユニークさが際立つノーベル賞受賞者たち  青野:対面で取材したことはないんですが、遺伝子を増幅する「PCR」を開発したキャリー・マリスさんには変人ぶりを示すさまざまな逸話がありましたね。  最近ではmRNAワクチンのカタリン・カリコさんに受賞以前にメール取材したことがありますが、とてもきさくに答えてくれたのが印象的でした。  ネアンデルタール人が現代人の祖先と交配していたことを発見したスヴァンテ・ペーボさんにも受賞以前にインタビューしたことがありますが、とても穏やかで親切な人でした。  日本人では、「受賞はさしてうれしくない」と言った益川英敏さんはユニークでしたし、オワンクラゲの下村脩さんが「ノーベル賞受賞で自分のしたい研究ができなくなる」と本気で嘆いていたのが忘れられません。  大岩:青野さんの著書に登場するノーベル賞受賞者や科学者ってすごく多彩な人が多いですね。自分の専門領域だけじゃなくって。  カンデルさんもそうなんですよ。大学の学部生の時には、ハーバード大学で歴史学を専攻されたんです。  というのも、ウィーンにいた少年時代にナチスが台頭してきて、ナチスの侵攻があり、周りの人がみんなナチス派になり、ユダヤ人のカンデルさんの実家、おもちゃ屋さんも襲撃されたり、それまで仲良く遊んでた友だちがみんな一斉に口をきいてくれなくなったりして、アメリカに逃げてきたという経験があるんです。  なので、なぜヨーロッパの知識人がいきなり非道で野蛮な行為をとるようになったのか、それが知りたくて、大学では19世紀から20世紀にかけてのヨーロッパの歴史を学ばれたんですね。  しかしその後、学生時代につき合っていたガールフレンドの両親が、とても著名な精神分析医だった影響もあり、人の心を知るには精神分析の方がいいのではないかと考え直し、ニューヨーク大学の医学校に進学して医学の勉強をし、さらにはそこで基礎科学に出会って研究も始めました。  医学校を卒業した後しばらくは基礎科学研究と精神分析医としての臨床と、二足のわらじを履いていたものの、最終的には基礎科学を選び、ノーベル生理学医学賞を受賞する業績を挙げました。  今回の著書『脳科学で解く心の病』には、脳科学の基礎研究と、精神分析の臨床医としての経験の両方がいかされています。また、どの心の病についても、過去にはどのような疾患だと考えられていて、どのように治療されていたのかという歴史がしっかり書かれているのですが、それは歴史学を学んだことと関係あるのではないかと思っています。  それだけではなく、カンデルさんは少年時代から芸術にも強い関心を持っていて、30代のころから、20世紀末前後のウィーンの画家オスカー・ココシュカやエゴン・シーレなどの作品を買い求めていたんですね。その関心が色濃く反映しているのが前著です。非常に、多彩な方です。 ● なぜ、長生きでなければノーベル賞受賞者になれないか  青野:『脳を開けても心はなかった』に登場するノーベル賞科学者は、自分の分野はやり切って、そこから意識研究や心の研究に向かった人たちなので、そもそも一つのことでは飽き足りない人が多かったですね。逆に言えば非常に幅広い興味を持っている人が1つの分野を極めるとすごくいい仕事をするということなのかもしれませんが。  たとえば、複雑系にまい進したゲルマンさんは、学生の頃から1つのことだけをやるのはたまらない!と思っていたのだそうです。そのくせ素粒子理論では第一級の仕事をし、それだけでは満足できず、いろんなことに手を出さずにいられなかった。  シュレディンガーさんもさまざまな分野に興味があったそうです。また、若いころからの疑問を持ち続けて、一仕事した後に、そこに戻ったという人も複数いました。  大岩:ストックホルムに、ノーベル賞の授賞式や記念講演の取材に行ったことはありますか?  青野:残念ながらないんです。  大岩:私は田中耕一さんが受賞したときに行きました。  青野:どうでした?  大岩:その年は東京大学の小柴昌俊さんもノーベル物理学賞で受賞したW受賞でした。ストックホルムでは、物理学と化学の選考委員長にインタビューしたんですけど、受賞者を選ぶまでに大変、丁寧な調査して、時間をかけて選考している、ということがよくわかりました。  まず、世界中の何千人もの研究者に候補者を推薦してもらうアンケートを送り、挙がった候補者の中から業績を徹底的に調査するんですね。同じ領域の専門家の力を借りて。もちろん過去には、後の時代に疑問視されるような授賞もありましたけれど。  だから業績が出てから受賞までに結構、時間かかりますよね。そういう意味では新型コロナウイルスで実用化された、mRNAワクチンの開発に対しては、例外的に早く授賞されたなと思いました。  青野:例外的に早いものがいくつかありますよね。iPS細胞の山中伸弥さんも比較的早かったですよね。あとは、物理系だと新しい素粒子を検出し、その直後に受賞ということはありましたね。  ただ、多くの場合は業績の価値が確定するまでに時間がかかるので、ノーベル賞を取るための条件は「長生きすること」っていうのはあります。長生きしないと取れない。(笑) ● 意識に関心を深める新たなノーベル賞受賞者  青野:2020年に物理学賞を受賞したロジャー・ペンローズさんは天才的な理論物理学者という誉れ高い人です。車椅子の物理学者、スティーブン・ホーキングさんともブラックホール理論で共同研究していました。  その人がある時、「人工知能も意識を持つ」という考えを批判して、「量子脳理論」を提唱し、この分野に議論を巻き起こしたのです。意識の謎を解くには量子力学が必要だと言い、しかも、単なる量子力学ではなく、もう一歩進んだ理論が必要だと主張して…。  といっても、もちろんペンローズさんの受賞理由はこの意識研究についてではありません。意識研究がノーベル賞を受賞することがあるとすれば、まだまだ先でしょう。ただ思い返すと、25年前にこの本の前身を書いたときにはペンローズさんはノーベル賞受賞者には入っていませんでした。  ここへきて「意識研究にハマるノーベル賞科学者」がまた一人増えたわけで、2020年にペンローズさんが受賞した時には、やった! と思いましたね。(笑)  ただ、ダマシオさんはペンローズさんたちの理論は「心が意識を生み出すプロセスを説明するのには不要」とばっさり切っています。

 

 

 

 

 

 

 

● さまざまな科学者が意識研究に向かう背景

 

  大岩:カンデルさんは著書で、この100年間で脳科学が解明したことは、それまでの人類の全歴史でわかっていたことよりも多い、この1世紀にそれだけ脳科学は進んだ、と書いているのですが、その中で、いまだに解決してないのが意識についてだという位置づけです。  青野さんの著書でも紹介されている「グローバル・ネットワーク理論」など、意識についての最近の説や議論は紹介しているのですが、カンデルさんは、それらで本当に意識をすべて説明できるわけではない、とちょっと留保しています。  その一方で、無意識については、過去1世紀でだいぶわかってきていて、特にフロイトが提唱した意識・無意識に関する分類や、それぞれの役割についての議論については、カンデルさんの著書の中で詳しく紹介されています。さまざまな精神活動において、無意識が非常に重要であることが科学的にわかってきたそうです。  青野:無意識はこの分野の重要なキーワードですよね。  大岩:精神活動というのは、喜びや不快感といった感情や意思決定、倫理的判断、などさまざまな精神的な活動のことです。それら全てにおいて、無意識の働きが重要だと立証されてきたとカンデルさんは説明しています。  無意識と同時に意識があるわけですけども、意識についてはまだ、残された謎ですね。カンデルさんは著書でクリックさんが意識研究をしていることを紹介しているのですが、「現代におけるもっとも偉大な生物学者フランシス・クリックは……意識が生じる仕組みについて、あまり多くを解明することができなかった」という評価でした。

 

 ● 意識はどのように科学の研究対象になったか

 

  青野:カンデルさんの指摘はわかります。でも、取材を始めた25年前、科学者が意識を研究テーマにするのはある種のタブーでした。何人かの人からそう聞いた覚えがあります。  それが25年たって、今や意識は科学研究の対象になったといっていいと思います。そして、25年以上前に「意識は科学研究の対象になったんだ」と言い出したのがクリックさんでした。意識を科学で解こうと、その旗を振ったわけです。  タブーであったものに対して、功成り名遂げて、押しも押されもしない人が、研究の旗を振ったんです。当時若手だったクリストフ・コッホさんと組んで、実際に実験的なことにも挑戦していったんです。  たとえば、脳神経細胞のどこのどういう働きが意識を生み出しているかを追求する、そういうことをやってきたのです。それはそれでとても進んだんですよ。  でも、それだけで意識が解明できるわけではなく、その点ではカンデルさんのおっしゃる通りでしょう。ただし、科学者が意識研究をすることはタブーでなくなった。その意味で、クリックさんの貢献は非常に大きかったと思います。  また、意識にのぼらない無意識の重要性はクリックさんとコッホさんのチームも言ってきたことだと思います。そこにフロイトを持ってくるのか、何か別の言い方をするのかは違うと思いますが。

 

 

 ● 技術に支えられて新しい研究領域が生まれた

 

  大岩:精神全般についても、似たような経緯があったと思います。カンデルさんの著書によると、19世紀には精神について研究することは科学者にとってタブーだったそうです。科学的な証明ができなかったからです。  それもあって、精神医学はなかなか科学的に進まなかったと。ただし、20世紀に入り、さまざまな研究手法が開発され、精神について盛んに科学的に研究されるようになったそうです。  近年、意識が盛んに研究されるようになってきた背景にも、研究手法の進展があるのではないでしょうか。  分子生物学的な研究や、動物実験、そして脳のイメージング技術。特に脳のイメージングの進展は大きいと思います。脳内の働きを可視化できるようになったんですものね。  青野:そうですね。それはカンデルさんも、そしてダマシオさんも思っていることでしょう。意識研究は、こうした技術に支えられだんだん進歩してきたわけです。  さきほど話に出た「グローバル・ワークスペース理論」(発展形はグローバル・ニューロナル・ワークスペース理論)も、ここへきて注目されています。これも理論を実験的に検証することができるようになって、注目度も上がってきたのだろうと思います。

 

 

 ● 汎心論的な理論も登場

 

  青野:もう一つ、クリックさんとタッグを組んでいたコッホさんが最近傾倒しているのがIIT(integrated information theory)です。意識の統合情報理論。IITは、汎心論的な考え方、あまねくものに心があるという考え方ですが、そういう要素を含む理論なんですね。そこを批判されることがあって、ダマシオさんも批判的です。  ただ、これも今この業界でとても注目の理論なんですよ。グローバル・ワークスペース理論と並んで対比されることが多いのですが、コッホさんはこの理論にとても可能性を見出しているのです。  IITは、米国の免疫学者ジェラルド・エーデルマンさんの下で研究をしていたジュリオ・トノーニさんが提唱した理論です。エーデルマンさんは、免疫学でノーベル賞を受賞した後、意識研究に転向したんです。クリックさんと似ていますね。  でも、IITも私にはむずかしくて……本書ではこの分野に詳しい日本人研究者に解説してもらいました。  IITでは人間以外の動物にも意識があると考えるようです。IITの信奉者たるコッホさんはそう言っています。彼は愛犬家で、そんなことも影響しているのかもしれません。  でも、汎心論だとモノにも意識があることになり、そういうところを批判されているのですが、別にそこまで言ってるわけじゃない。  大岩:ダマシオさんも、哺乳類や鳥類、社会的な生活を送る昆虫にも意識があるという考え方ですね。  青野:そうですね。「意識のメカニズムは、人間と人間以外で変わらないと信じている」ともおっしゃっています。汎心論に批判的なダマシオさんは、著書の中で「極論」と言っていますが、IITは汎心論そのものではないので、共通項はあるのかもしれません。  大岩:ダマシオさんが『教養としての「意識」』の中で、植物や細菌の大部分は麻酔に反応し、麻酔にかかった植物は休眠状態になる、という19世紀の生物学者の実験を紹介されていたのが興味深かったです。  通常、麻酔のかかった状態は、意識のない状態だと考えられているのですが、ダマシオさんは、植物などの例を出して、外の世界を感知する機能と、心や意識は別で、麻酔が作用するのは、感知機能の方だけである、と説明しています。

 

 

 ● 科学は哲学にも近づき始めた

 

  青野:心と意識の話になると、必ずサイエンスと哲学の境界領域に入ってきます。ダマシオさんだって哲学者的な要素があるでしょう。『教養としての意識』の著者紹介のところには、専門は神経科学・心理学・哲学って書いてありますから。  私が著書で紹介した米国のデビッド・チャルマーズさんはこの業界では「意識のハードブロブラム」の提唱者として知られる哲学者ですし、『解明される意識』の著者で「コンピューターも意識を持つ」派のダニエル・デネットさんも哲学者です。  デネットさんとチャルマーズさんは主張が違うのですが、この7月に東京で開かれた意識の国際学会(ASSC)にはチャルマーズさんもやってきて、4月に亡くなったデネットさんの追悼セッションで彼の功績をたたえていました。  大岩:意識も含めた心や精神は、むしろギリシャ時代から20世紀になるまでは、哲学者や文学者の考察対象だったのではないでしょうか。それが、20世紀には精神が科学者の研究対象になり、この四半世紀に意識もようやく研究対象になったという感じではないでしょうか。  青野:科学が哲学に参入してきたというのが正しいかも知れないですね。

 

 

  後編に続く

青野由利/大岩ゆり

 

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