「ハリスは突然黒人になった」トランプ“口撃”に焦り、急激な米国社会の変容と米国人の戸惑いを利用か(Wedge(ウェッジ)) - Yahoo!ニュース

 

「ハリスは突然黒人になった」トランプ“口撃”に焦り、急激な米国社会の変容と米国人の戸惑いを利用か

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トランプ氏(右)によるハリスへの批判から、米国社会の現在地が見えてくる(AP/アフロ)

 米大統領選の共和党大統領候補であるドナルド・トランプが民主党大統領候補のカマラ・ハリスについて、「ハリスはインド系だとばかり思っていたら、突然黒人だと言い出して驚いた」と批判した。つまりハリスは、インド系、すなわちアジア系と名乗ると都合のいいときはアジア系と名乗り、大統領候補となり黒人票がほしくなると黒人と名乗り出す調子のいい人間だというのである。副大統領候補に指名されたバンスも、ハリスは場面によって都合よく姿を変える「カメレオン」だと批判した。

ハリスは黒人として生きてきた

 ハリスが黒人であることをトランプが知らなかったとは到底考えられない。2020年の民主党大統領候補を決める選挙戦においてバイデンと指名を激しく争ったハリスが、バイデンを攻撃する時に語ったのは、自身の小学生時代の体験である。ハリスが小学生だった1970年代、それまでの極端に偏った小学校の人種構成を是正するために、黒人学童をバスで遠くの圧倒的に白人学童が占めていた学校へと送り込む政策が採られていた。人種平等な社会を作り出すための人種融合策の一環である。  バイデンは1970年代当時、このような政策に反対しており、ハリスは彼の人種差別的過去を突いて、そのバスに乗っていた黒人の子供は自分だ、と述べたのである。それは黒人が多く住む地区に住みながら、白人が多く通う学校へバスで通学していた彼女の過去を象徴的に表していた。つまり、ハリスは、今回大統領候補となる以前から黒人として生きて来た経験を広く語っており、それをトランプが知らないはずはなかった。  しかも、ハリスがのちに進学先として選んだ大学は、黒人大学の名門として知られるハワード大学であった。150年以上の伝統をもち、黒人教育を目的として首都ワシントンに設立されたハワード大学は、現在ではすべての人種に開かれているが、いまでも学生の圧倒的多数を黒人が占めている。  ハリスほど優秀な学生であれば、東部の名門アイビーリーグや出身地カリフォルニアの名門カリフォルニア大学への進学も可能であっただろう。それらの名門大学に進学してアジア系の側面を強調して生きていく道もありえたはずである。しかし、彼女はそうはしなかった。あえてハワード大学を選んだということは、彼女が黒人というアイデンティティを極めて大事にしてきたことを示している。

 

 

トランプの狙い

 ではなぜ、トランプはそんなことを言いだしたのか。トランプは世間に内在する不安を効果的に煽り、自分にとって好ましいように世論を動かしていくことに極めて長けていることを思い出す。例えばオバマを批判した時のことを考えてみよう。  最初の黒人大統領としてオバマに対して黒人が熱狂するのを、確かに黒人には違いないが、アメリカ人ではないという形で攻撃の対象としたのである。トランプはオバマの出生証明書を問題化することで、オバマを外国人化して、彼のアフリカ系アメリカ人性を薄めようとした。  つまり、今回も、ハリスの件の発言に、彼女に黒人票がいかないようにするにはどうするのが一番いいか、黒人が一丸とならないようにするにはどうすべきか考え、思いついたのが冒頭の発言となったのではないだろうか。インド系だとばかり思っていたとボケたような感じで語ったが、彼の頭は極めてシャープであったといえよう。  ハリスのアジア系でもあるという側面を強調することで、彼女の黒人性を薄め、そうすることで黒人コミュニティが一丸となってハリスを支持することを分断しようとしたのである。そこには、アジア系を嫌いな黒人もいるというしたたかな計算もあっただろう。

急激にボーダーレス化するアメリカ社会

 いまアメリカ社会においてボーダーレス化が席巻しており止まりそうにない。以前のアメリカ社会では、イタリア系はイタリア系と結婚するなど、同じエスニックグループでの婚姻が多数を占めていたため、両親が同じエスニックグループの場合が多く、その場合、その子が何系であるかについて悩む必要はなかった。  ところが時代が進むにつれ、日系とアイルランド系が結婚したり、アフリカ系と中国系が結婚したりといった異なったエスニックグループによる婚姻が珍しくなくなり、子の民族的アイデンティティがいままでのように単純ではなくなってきている。既に国勢調査でもそれにあわせて人種民族の選択肢を複数回答可としている。  加えて、21世紀のアメリカ社会は多様化がますます進み、古い世代の多くのアメリカ人が考えていなかったような問題が生じている。子供のサマーキャンプの申込書には、生物学的性別の欄のほかに、どの代名詞で呼ばれたいかといった欄が存在する。生物学的性と共に性自認が重視されるのである。  白人男性のテレビパーソナリティが、そのような昨今の風潮を揶揄するために、自分が何者なのかは自認することで決まるならば「私は黒人のレズビアンだ」と言い出して、周りを当惑させたことも記憶に新しい。スポーツの世界では男性から女性に性転換したアスリートが女性の大会で入賞し、公衆トイレには、自分の性自認にそって男女どちらでも利用可能なものもある。もはや世の中は二分法では語れなくなりつつある。

 

 

 

 

 男性でも女性でもない存在、

男性でも女性でもある存在、

アジア系でもありアフリカ系でもある存在など

もはや二分法で境界線を引くことなど不可能になっている。

 

 

そして

社会は他者が何者であるかについて寛容であれと要求する。

 

  このような急激な社会の変化に不安を抱くアメリカ人も少なくない。

トランプが、アメリカをそのようなことのなかった

1950年代に戻そうとしている所以であり、それを支持する人は多い

黒人を一丸にできるか

 そもそもボーダーレスな存在は人々を不安にさせるものである。そのためこれまでの二分法で単純に割り切れない、アジア系とアフリカ系(黒人)の両方といった複数のアイデンティティをもつハリスのような存在は時として人々の不安をあおるのは事実である。  ただ、一方でそのような境界線の曖昧化によって救われる人々も多いのも事実である。今回の選挙は、ハリスが体現するボーダーレスなものがアメリカ国民にどれくらい受け入れられるかの試金石と言ってよいかもしれない。  大衆の不安を即座に自分の味方として利用するいじめっ子のやり口にトランプの術は似ており、ある意味その切れ味は天才的といっていいかもしれない。このようないじめっ子トランプに、ハリスは勝てるのだろうか。  ここまでトランプがこだわるのも黒人が一丸となった場合の力を知っており、そしてその一丸となった力は決して自分の有利には働かないとわかっているからといえよう。黒人の力を一丸とさせることができるかはハリスの力量にかかっている。

廣部 泉

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