==或る書評より

天皇制や家父長制をはじめとした旧時代の精神の「王」たる

小河氏(「長江」の対比)を

「父」の遺志を受け継いだ大黄が射殺し、

「父」への殉死を遂げるというラストに感動しました。

 

ラスト直前の「父」と大黄の絆の強さを感じさせる一枚の写真や、

『取り替え子』における吾良とのやり取りの挿入も効果を上げています。

 

淼々と森々の二つのイメージの溶け合うラストのうつくしさもやはり素晴らしいものです。

 

最初の目次で「殉死」という二文字を見て、

いったいどのような殉死が描かれるのか気になったものですが、

想像以上のものでした。

大江のレイトワークの特徴として、

過去の死んだ部分に新しい光が当てられるというものがありますが、

大黄は見事に「父」の死に新しい光を与えたといえるでしょう。

まさしく「殉死」の物語であり、

「水死」の物語です。

 

 

水死 (講談社文庫 お 2-21) 

2012/12/14 大江健三郎(著)

母の死後10年を経て、父の資料が詰め込まれている「赤革のトランク」が
遺言によって引き渡されるのを機に、
生涯の主題だった「水死小説」に取り組む作家・長江古義人(ちょうこうこぎと)。
そこに彼の作品を演劇化してきた劇団「穴居人(ザ・ケイヴ・マン)」の
女優ウナイコが現れて協同作業を申し入れる。
「森」の神話と現代史を結ぶ長編小説。(講談社文庫)



自らが10歳の時に体験した出来事から夢想しながら、宙吊りのままだった「水死小説」に挑む老作家と、
その「晩年の仕事(レイト・ワーク)」に寄り添う芝居を演出する女優ウナイコの道中の行方は?

 

1935年愛媛県生まれ。東京大学仏文科卒。

大学在学中の58年、「飼育」で芥川賞受賞。以降、現在まで常に現代文学をリードし続け、

『万延元年のフット ボール』(谷崎潤一郎賞)、『洪水はわが魂に及び』(野間文芸賞)、『「雨の木」を聴く女たち』(読売文学賞)、『新しい人よ眼ざめよ』(大佛次郎賞)な ど数多くの賞を受賞、

94年にノーベル文学賞を受賞

(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 「伝える言葉」プラス (ISBN-13: 978-4022616708 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)

 

 

==或る書評より

コギトが主人公のシリーズ四作目(実質)。

このシリーズのルールとして

本編に先立つ前作は全て主人公が書いた小説で

大半が作り話という設定が一貫している。

 

独特なシステムを採用しているなと思った。

話は連続してたり、してなかったりする。

後、特徴的なのは最後のクライマックス的なとこが、

人から聞いた話を伝える方式を採用している場合が多かったような。

 

前作までよりは、かなり構成が凝ってて一番よかったけど、

どうもこの作者とその関係者という実在の人物を実質的に使って

夢一杯の架空の冒険を描く感じはちょっと、高尚過ぎな感じがして、

素直に、楽しめるシステムではないという印象です。

かなり神秘主義の傾向も強いけど、ギリギリ物理法則は遵守し、

ファンタジー、マジックリアリズム手前でとどまってるのは、好きです。

この一線を越えると個人的に冷める。

最も秀逸だったのはラストのカタルシス。

ラストで回収されるいくつかの伏線は限りなくさりげなく、

その時点では伏線だとばれないように工夫していた。

その工夫は大成功だったと思う。

 

==或る書評より

 

 

大江の像を大胆に塗り替え、戦後日本の内実を見つめ直す―井上 隆史『大江健三郎論 怪物作家の「本当ノ事」』橋爪 大三郎による書評(ALL REVIEWS) - Yahoo!ニュース

 

 

大江の像を大胆に塗り替え、戦後日本の内実を見つめ直す―井上 隆史『大江健三郎論 怪物作家の「本当ノ事」』橋爪 大三郎による書評

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『大江健三郎論 怪物作家の「本当ノ事」』(光文社)

著者は三島由紀夫の研究家。

大江健三郎を避けてきた。

最近読み始めその怪物性に驚く。

 

 

≪本書で私が提示した大江像は、民主主義者、平和主義者として

一般に共有されている大江像とは大きく異なる≫のだ。 

どこが怪物か。

大江は皇国教育を受けた

後、フランス文学にかぶれて小説家になった。

翻訳文体で見かけは近代的だが、

裏に天皇主義者の本性を隠している。

三島はそれを見抜き、自決した。

大江には宿題が残された。

 

「本当ノ事」を書いて

民主主義、平和主義の仮面を被った

自分の正体を暴き、自分を罰するのだ。

 

 ならば私小説にならないか。

その歯止めに大江は全体小説を目指す。

 

山口昌男流の人類学の図式を借りた神話世界を展開する。

 

三島の端正で鋭利な文体とも、村上春樹の簡素で透明な文体とも違った、

誠実で不器用な文体の『水死』は、

著者によれば『万延元年のフットボール』と並ぶ傑作だ。

本書はついに≪大江の内側から大江を読≫む域に達する。

 

 本書はこうして大江の像を大胆に塗り替え、戦後日本の内実を見つめ直す。

作品に新たな生命を与え、文学の可能性を拡げてくれている。

まさに批評のお手本のようである。

 

 [書き手] 橋爪 大三郎 社会学者。 1948年生まれ。

東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。

執筆活動を経て、1989年より東工大に勤務。現在、東京工業大学名誉教授。 著書に『仏教の言説戦略』(勁草書房)、『世界がわかる宗教社会学入門』(ちくま文庫)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『社会の不思議』(朝日出版社)など多数。近著に『裁判員の教科書』(ミネルヴァ書房)、『はじめての言語ゲーム』(講談社)がある。

 [書籍情報]『大江健三郎論 怪物作家の「本当ノ事」』 著者:井上 隆史 / 出版社:光文社 / 発売日:2024年02月15日 / ISBN:4334102239 毎日新聞 2024年3月9日掲載

橋爪 大三郎

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