米ハーバード大学政治学教授「古い米国の憲法のせいで、民主主義が阻害されている」(クーリエ・ジャポン) - Yahoo!ニュース

 

米ハーバード大学政治学教授「古い米国の憲法のせいで、民主主義が阻害されている」

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クーリエ・ジャポン

スティーブン・レビツキー 米ハーバード大学政治学教授。共著に『民主主義の死に方』がある。 Photo: Getty Images

 

 

 

米ハーバード大学政治学教授のスティーブン・レビツキーは、2024年11月におこなわれる米大統領選が、どのように民主主義に影響するとみているのか。崩れゆく米国政治に改革をもたらすことは可能なのだろうか。スペイン「エル・パイス」紙がインタビューした。 【画像】大学で抗議デモをする学生たち

トランプに追い風

──11月の米大統領選で、米国の民主主義は危機にさらされるのでしょうか? それはもう疑う余地はありません。といっても、米国がロシア流の権威主義に向かっているとは思いません。権威主義に反対する勢力、米国の民主主義を守る力は、少なくとも中期的には充分、強力です。 どちらかというと、ハイブリッドな体制に向かう危機になるのではないかと思っています。つまり権力が乱用され、メディアや反対勢力に対するある程度の弾圧や攻撃、また一定の暴力が見られる可能性がある「競争的権威主義」ということです。トランプは、民主主義の基本的なルールを破る意思があることを明確に示し、共和党は彼の権威主義を全面的に支持するつもりであることを示しました。 ──トランプは「一日だけ独裁者になる」と言って政治的復讐に言及し、さらに不法移民を米国の「血を汚す」害虫だと言いました。 トランプは常に権威主義的な傾向を見せてきました。彼は、国の機関は自分の個人的な目的を達成するために存在し、国家は自分自身だと考えています。このような主張をする人物を決して大統領に選ぶべきではありません。私が最も懸念するのは、トランプが不法移民に対しておこないうることです。彼は軍を動員することや、収容所を建設することに言及しています。 ──トランプは独裁者でも口にしないようなことを言うと、指摘しています。 トランプは、国家を利用して政敵を迫害するつもりだと言っています。そのようなことはベネズエラのチャベス元大統領やトルコのエルドアン大統領、ハンガリーのオルバン首相ですら言っていません。自分に反対するメディアの閉鎖を試み、デモを抑制するため軍を動員すると言っています。過去50年間で、ここまで公然と権威主義的な大統領候補者がいるのも珍しいことです。それにもかかわらず、私たちは彼のことをさほど真剣に受け止めていません。 ──それはなぜでしょうか? トランプが大統領に当選したとき、彼を危険視する声はありました。けれども、そのときトランプはまだ何もやっていませんでしたから、彼があまり真剣に受け止められなかったのも無理はないでしょう。ですが2020年以降、彼の権威主義を無視するのは不可能になっています。ところが多くの人は、(2020年の大統領選で)システムがきちんと機能して、トランプは権力の座から降ろされたのだと考えました。トランプに民主主義を殺すことはできない、と思ったのです。 その一方で、民主主義を守ることに対する米国人の思いは、私たちが思っているほど強くないと考えます。その証拠が実業家たちの動きです。バイデンが大統領に就任した2021年1月、彼らはトランプのような人物には決して寄付や支援はしないと言っていたにもかかわらず、いまでは彼に寄付しています。万が一、彼が勝ったときに備えてね。 ──1960年代は政治的な暴力がもっと激しい時代でしたが、民主主義が危機に直面することはありませんでした。 いまとは違う時代でした。私たちはいまより暴力や政治的なテロの多い時代を経験しましたが、そうした暴力や過激派勢力は政党システムの外にありました。二大政党はいずれも中道に近い位置にいました。ところが現在、暴力は政党システムの外側ではなく、内側に存在しています。また2つの政党の分極化が進んでおり、より危険な状況にあります。 ──バイデンは、民主主義の擁護を選挙運動の軸の一つに掲げています。 もし私たちのリーダーが、民主主義が危機に瀕していることを国民に伝えなければ誰も、そのような事態にあるとは信じないでしょう。けれども、国民のあいだでは党派的なアイデンティティが強すぎて、無党派層や、どちらを支持するかで迷っている有権者はあまりに少ないため、どのようなメッセージが最も効果的なのかわかりません。 有権者、なかでも政治参加に消極的な層のあいだに不満が溜まり、反政権的なムードが広がっています。この現状を変える手立てはないように思われます。これは米国だけで起きていることではありません。 中南米では、過去20回の民主的な選挙でいずれも野党が勝っています。もっとも2024年6月のメキシコの大統領選では与党が勝つものと思われますが、いずれにしても国民のあいだに強い不満が広がっていることに変わりはありません(註:インタビューはメキシコ大統領選の直前におこなわれた。選挙では、与党・国家再生運動のクラウディア・シェインバウムが勝利した)。 この傾向は欧州でもカナダでも同じです。ドイツ、フランス、英国で3年以上政権を維持している現在の政党は不人気です。何かが起きています。それが新型コロナのパンデミックなのか、経済不安なのか、ソーシャルメディアなのかはわかりません。もしかしたら、この3つを合わせたものなのかもしれません。とにかく反政権的なムードが人々のあいだにあって、それはトランプにとっては追い風となるでしょう。どうすればそれを阻止できるのか、私にはわかりません。 ──トランプ2度目の勝利は、世界の民主主義にとって何を意味するでしょうか? 米国は民主主義の手本にはならなくなってきています。トランプの勝利は、このプロセスを加速させるだけです。トランプ政権のもとで、米国は民主主義を推進するのもやめるでしょう。それでも、バイデン政権はまだ推進しているほうです。たとえば、ブラジルでボルソナロ前大統領がクーデターを起こそうとしたときがいい例です(註:バイデンは、ルラの大統領選勝利とブラジルの民主主義への支持を表明した)。 米国の力を過大評価するつもりはありませんが、米国が民主主義を擁護することは重要です。トランプが、ホンジュラスやエルサルバドルとどう付き合ってきたかを私たちはすでに見ています。彼は何も気にせず、権威主義的な政権を容認し、支持します。 ハンガリーのオルバン首相やニカラグアのオルテガ大統領、エルサルバドルのブケレ大統領のような人物たちにとって、選挙で不正をおこなったりクーデターを実行したり、権威主義的な方法で権力の座に居座る代償は小さくなります。これは世界の民主主義にとって非常にマイナスなことです。

 

 

「時代遅れ」となった米国の憲法

──広く賞賛されている米国の憲法が、いまでは問題の一部になっていると近著『少数派の専制』(未邦訳)で指摘しています。 米国の憲法は、大変古い憲法です。200年以上にわたって安定と経済成長をもたらしてきたこの憲法は、大きな成果をあげてきました。とはいえ18世紀の憲法です。まだ誰も、どんな国のどんなエリートも、民主主義を信じていなかった、前民主主義時代に作られた憲法です。1787年当時、米国の憲法は欧州のそれに比べてずっと進歩的で、時代を先取りしており、民主的でした。 けれども、19~20世紀にかけてほかの多くの国が政治制度を改革し、民主化させました。米国では、さまざまな理由から憲法を改正するのは極めて難しいのです。私たちは憲法と結婚しているも同然で、愛着を覚えるあまり、それを聖書であるかのように感じています。憲法とは、建国の父たちによって書かれたものであり、触れてはならないのです。 このように改憲が難しいため、米国は他国に大きな遅れをとってしまいました。米国にはいまだに、政治的少数派が多数派の支持する政策に拒否権を行使し、少数派が多数派を支配できる「反多数決主義的」な制度が残っています。米国は世界で最も民主的な民主主義国家だったのが、いまでは最も反多数決主義的な民主主義国家の一つになっているのです。 ──あなたが「少数派の専制」と呼ぶ現象ですね。なぜ、そのようなことが起きているのでしょうか? いくつかの要因があります。まず米国では投票するのが難しい、という事実があります。ほとんどの民主的な国では、国は国民に投票してもらいたいものです。投票を義務化している国もたくさんあります。また国民が投票しやすいよう、投票日はよく日曜や祝日に設定されます。さらに多くの国では18歳になると自動的に有権者として登録されます。 ですが米国では有権者登録が難しく、投票する方法に関する情報を得るのも難しく、その上、投票日は平日です。「投票権」に関する記載は憲法にはなく、歴史上、政府が投票をしにくくしたエピソードはいくつもあります。 このほかにも少数派の政党が選挙に勝ち、統治するのを可能にする非民主的な制度があります。米国の制度は、人口が少ない地方に有利なものになっています。 最も顕著な例が「上院」です。人口の多寡に関係なく、各州から2人の議員が選出されます。これは昔から、都市部にとってはフェアでない制度でしたが、昔は党に影響はありませんでした。というのも民主党も共和党も、都市部と地方の両方に支持基盤を持っていたからです。 けれども21世紀に入って、状況は変わりました。共和党は地方で支持され、民主党は都市部で支持される政党になりました。したがって選挙制度はおのずと共和党に有利になるわけです。また大統領選でも、総得票数では負けても、選挙人の数で勝てる場合もあるのです。2000年代に入ってから2度、そのようなことが起きています。 そのこと自体が非民主的ですが、それだけでなく、少数派である政党が権威主義的だという問題もあります。米国における極右票は他国と比べて多いわけではなく、20~30%程度です。ですがこの30%が共和党を支配できれば、統治も可能です。上院と選挙人団のおかげで、国を統治できるのです。

 

 

 ──民主主義の質を高めるために、いくつかの改革を提案していますね。

 

 『少数派の専制』の共著者であるダニエル・ジブラットと私は、15の改革を提案しています。その一部は短期間で実現が可能ですが、なかには不可能なものもあります。実現可能性が最も低いのは、上院の民主化です。各州の人口に比例した議員数の選出を私たちは提案しています。けれどもそうするには、50州すべてのコンセンサスが必要で、それは不可能です。 ほかの提案、たとえば有権者登録や投票を容易にすることなどは、憲法の改正を必要としないため、実現可能性が高いでしょう。さらにフィリバスター(議事妨害)制度も変えられると思います(註:審議引き延ばし行為を打ち切るための動議可決に、60票の賛成が必要な制度)。 もう一つ実現可能な改革は、最高裁判事の終身制を廃止することです。明らかにどちらかの政党が恩恵を受ける改革は無理でも、民主化につながる改革は可能だと思います。

 

 

 

 

 

ネタニヤフが破壊しているのは、イスラエルだけではない

──あなたはユダヤ人ですが、学生たちがイスラエルに対して抗議する権利を擁護しています。状況をどのように見ているのでしょう。

 

 

 

 大変、難しい状況です。ユダヤ人はとても多様で、イスラエル、戦争、学内デモに対する立場もさまざまです。抗議するユダヤ人もいれば、キャンパス内にテントを張るデモの参加者を排除するよう警察に要請するユダヤ人もいます。ハーバード大学のキャンパス内、そして米国全般における反ユダヤ主義の度合いは極めて誇張されていると思います。 過去10年間に、反ユダヤ主義がいくらか高まっていることを示す証拠はあります。でも、これはとりわけ右派の若い人たちのあいだで見られる現象です。反ユダヤ主義は常に懸念すべき思想ではありますが、そのレベルはそれほど高くはありません。

 

 

 いま見られるのは、イスラエルとその政策に対する反発の高まりです。

とくに若い人たちのあいだでね。これは以前から見られる動きですが、

ガザの戦争で加速しています。ユダヤ人を含む多くの若者が、

ガザで起きていることは「ジェノサイド」だと考えています。

これに対して米政府は何もしていないと感じ、怒っているのです。

 

私自身は、これが「ジェノサイド」だとは思いませんが、悲惨な状況ではあります。大学で抗議デモがあっても驚きではありません。

 

 問題は、非常に強力な親イスラエル・ロビーが存在することです。

彼らは、メディアに大きな影響力を持ち、巨額の資金を有しています。彼らのなかにはハーバードをはじめとする大学に寄付する者もいて、大学で展開される抗議デモを恐れています。 イスラエルに対する反発の高まりを見て、何でもかんでも「反ユダヤ主義」と呼んでいますが、これは誤りです。

彼らはデモの参加者を親テロリズム、暴力的、反ユダヤ主義と呼んで、警察による排除を正当化しています。

平和的な抗議活動が警察に弾圧されることが続いている状況を私は憂慮しています。

 

 私は1980年代、南アフリカのアパルトヘイトに反対する大学の活動家でした。私たちはいまの学生たちと同じように、キャンパス内にテントを張りました。抗議活動は基本的に平和的なものです。そのことが、現在の学生たちの「抗議する権利」を擁護する動きに少しばかり加わる私の動機になっています。デモの参加者を、あるいは彼らの目的を、擁護しているわけではありません。 親パレスチナ運動は、ほかの運動に比べて、活動の場も権利も与えられない、「パレスチナ人は例外」と呼ばれる現象があるように思います。民主的な社会で、これは許されないことです。

 

 

 ──若者の多くは、バイデンのイスラエル支援に極めて批判的です。

 

ですが、ここでのパラドックスは、

もし若い有権者がバイデンを支持しなければ、

バイデン以上にネタニヤフを強く支持する

トランプの勝利につながる、ということです。 

 

同じようなことが1968年、ニクソンが勝利した選挙でも起きました。 西側の民主主義国家における主な対立軸はもはや、「左派」対「右派」ではなく、私が「エスノナショナリスト(民族国家主義者)」と呼ぶ人々対「コスモポリタン」になっています。

 

 

カナダ、フランス、ドイツ、米国、英国においてはコスモポリタンの連合が多数派です。彼らは都市生活者で、世俗的で、よく旅行し、多様性により寛容です。 このグループが多数派なのですが、彼らは異質性が高く分裂しやすい。

彼らが結束すれば、彼らは勝利するでしょう。

 

2020年にバイデンが勝利したときのようにね。

けれども分裂すれば、敗北します。

なぜならナショナリストの連合はより同質で統制が取れていて、

全員が投票するからです。

 

 

 コスモポリタンの連合には、労働組合員もいれば起業家もいます。また米国ではユダヤ人もいればアラブ人もいます。

ハマスがイスラエル市民を襲撃した2023年10月7日、共著者のダニエル・ジブラットが私にこう言いました──

「これはコスモポリタンの連合を危機にさらすだろう」。

彼は正しかったのです。 

コスモポリタンの連合を分断しうる問題はどれも、

エスノナショナリストが勝利する可能性を高め、

民主主義にとっての脅威となりえます。

 

したがってネタニヤフは、

いまとなってはイスラエルだけを破壊しているのではなく、

米国も破壊し、

もしかしたら世界も破壊している可能性があるのです。

Miguel Jiménez

 

 

 

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