一番弟子ペテロの

「イエスの受難物語+キリストの復活物語」

 

自称使徒パウロの

「キリストの復活と贖罪信仰」

 

マルコの「創造信仰」による

「イエスの宣教と、ガリラヤ湖畔での再会の予告、

…ペテロ達の復活物語を知っていて、それを排除」

 

ユダヤ人のマタイの

「ユダヤ教に近い福音書」

 

非ユダヤ教、非ユダヤ人のルカの

「非ユダヤ教の福音書」

 

ヨハネの

「グノーシス思想に近い福音書」

 

イエスを絶対化してはならない『新約聖書』!

田川建三は「神ヤハウェは不可知」論者である。

 

 

 

〇 〇 〇

 

1973年に、偶然、

会社の指導員(1年・先輩、数学科卒)の、「会社の寮の個室」に、

新約聖書学者・田川建三による「マルコ福音書の研究書」があった。

他にも、荒井献、八木誠一、佐竹明による「新約聖書学の専門書」があった。

(初めて、先輩がキリスト教に関心があると知った)

 

それを手に取ってパラパラとめくり、

面白そうだったので、そのまま、

それを借りて読んで、「イエスの追っかけ」になってしまった

 

大部、後に、

彼は、クリスチャンにならないままで、

まだ若くして、

治療法が解らない肺の病気で、刻々と病気が悪化進行する形で亡くなった。

(間質・性・肺炎、「美空ひばり」と同じ病気)

死期が迫ってくるという残酷な状況で、医者の診断通りに、死を迎えた。

 

かつて、まったく健康であった時に、

「死の”直前に洗礼#を受けて、”天国泥棒”になる」

と、冗談に言っていたことを、今、思い出した。

 

彼は、健康には自信があった。

会社の「山岳部」に所属しており、

ハワイのホノルル・マラソンにも参加して、完走していたのに。

 

不思議なもので、

他方、私の方は、ひょんなことから、10年後に、

1983年春「復活節」に、会社の「社員アパート」近くの

横浜市戸塚区の日本基督教団の小さな「伝道所」で洗礼を授かった。