偵察衛星発射失敗を認めた「金正恩演説」を読み取る! 5つの注目点

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

 

国防科学院で演説するどこか不機嫌な表情の金正恩総書記(朝鮮中央通信から)

 北朝鮮は5月27日に軍事偵察衛星を発射したが、失敗した。昨年5月、8月に続く3度目の失敗である。

 

 北朝鮮は衛星に限っては2012年4月の通信衛星「光明星ー3号」の失敗以来、公表しているが、今回も発射から1時間30分後に「朝鮮中央通信」が「ロケットは1段の飛行中、空中爆発した」と、失敗を認めた国家航空宇宙技術総局副総局長の談話を流していた。

 

 それだけではない。今回は早々と金正恩(キム・ジョンウン)総書記が潔くも衛星発射失敗を自ら認めていた。ちなみに昨年5月の打ち上げ失敗の時は約3週間後の6月19日に開かれた労働党中央委員会総会の場であった。

 

 今朝の「朝鮮中央通信」の報道によると、金総書記は昨日、国防科学院を訪れていた。同学院が28日に創立60周年を迎えたからだ。

 

 前日の偵察衛星の発射について韓国のメディアは27日にソウルで開催された日中韓首脳会談に「照準を合わせた」とか、「牽制するため」とか、「日韓と中国の間に楔を打ち込むため」等と報じていたが、金総書記のこの日の祝賀訪問で、27日の偵察衛星発射が創立60周年に花を添えるもの、即ち国内向けのものであることが明らかとなった。

 

 それにしてもうかつだった。国防科学院が5月28日に「還暦」を迎えていたとは気づかなかった。というのも10年前の50周年にも、5年前の55周年も、金総書記は同学院を訪問しておらず、この5年間、この日の学院創立関連報道は皆無だったからだ。

 

 筆者がこの日の金総書記の演説で注目したのは以下の5点である。

 

その1.「飛行中の空中爆発」が自然爆発ではなく、「自爆」であったことだ。

 金総書記は演説で「国家の防衛力建設目標に従い、予定通りもう1回、偵察衛星の発射を断行したが、1段階の発動機(エンジン)の非正常による自爆体系により失敗した」と語っていた。

 

 このことから北朝鮮は2012年4月13日に打ち上げに失敗した「光明星―3号」と同様に発射から2分後に制御不能になったため自爆措置を作動させたものとみられる。金日成(キム・イルソン)主席生誕100周年(4月15日)の祝砲と期待され、打ち上げられ、失敗した時、当時、朝鮮宇宙空間技術委員会代弁人は打ち上げ前の内外の記者らとの質疑応答で「運搬ロケットが軌道を外れた場合は自爆させる」と答えていたことから自爆は間違いなさそうだ。

 

その2.ロシア製のエンジンを使用していないことだ。

 金総書記は演説で「武装装備開発での山勘や投機は反党的行為であり、教条と模倣、輸入病は反革命に他ならないことを常に肝に銘じるように」と「主体性」を強調していた。

 

 酸化剤と高純度灯油のケロシンを使用したエンジン開発にロシアから技術支援を受けていたとしてもロシア製のエンジンを使用した可能性はこの発言からは考えにくい。

 

その3.次の発射の時期及び年内打ち上げ目標の3基について言及しなかったことだ。

 金総書記は昨年5月に失敗した時は「当該部門の活動家と科学者らは重大な使命感を肝に銘じて今回の打ち上げの失敗の原因と教訓を徹底的に分析し、早期に軍事偵察衛星を成功裏に打ち上げよ」と命じていた。金総書記の支持を受け、国家宇宙開発局は「可及に早い時期に発射する」と誓っていた。

 

 しかし、今回は「作戦上必要な宇宙偵察能力の保有は放棄もできなければ、何物にも代えがたき自主的権利を守る戦いである。我々の闘争目標は必ず占領されるものと確信している。我々の前進は絶対に停滞しないであろう」と、国防発展5か年戦略目標の占領を呼び掛けていたものの期限や数字は設定してなかった。

 

 次の発射の時期についての言及を避けたのは早期の発射が容易ではないこと、また現状では目標の年内3基の発射は不可能との現状認識に基づくものであろう。

 

その4.失敗の責任を追及し、担当幹部らを叱責しなかったことだ。

 金総書記は演説で「今回の偵察衛星が目標していた結実を達成することはできなかったが、失敗を恐れ、委縮するのではなく、一層奮発しなければならない。失敗を通じ、多くのことを学べば、より大きく発展できるというものである。国防科学者、技術者にとって失敗はあくまでも成功の前提である。決して、挫折と放棄の動機とならない」と発言していた。

 

 金総書記は昨年失敗した時は

「最も重大な欠点は宇宙開発部門で重大な戦略的事業である軍事偵察衛星の打ち上げに失敗したことである」と述べ、

失敗の原因について「衛星打ち上げの準備事業を、責任を持って推進した活動家らの無責任にある」と担当幹部らを叱責していた。

 

 この分野での担当最高幹部は以下、6人である。

 

 李炳哲(リ・ビョンチョル)政治局常務員兼党軍事副委員長、朴正天(パク・ジョンチョン)党書記兼党軍事副委員長、趙春龍(チョ・チュンリョン)党軍需工業部長、金正植(キム・ジョンシク)同第1副部長、それに前国防科学院長の張昌河(チャン・チャンハク)共和国ミサイル総総局長、金ヨンファン国防科学院長であるが、全員が金総書記の学院訪問に同行し、健在であることが確認されている。

 

 この他に国家非常宇宙科学技術委員長のポストにある朴泰成(パク・テソン)党書記、モスクワで開かれた露朝科学技術委員会会議に出席のため今月14日に訪露していた李春吉(リ・チュンギル)国家科学技術委員長、柳相勲(ユ・サンフン)国家航空宇宙技術総局長、金勝進(キム・スンジン)国家科学院長らがいる。

 

 ロケット部品だけでも1万個が必要とされており、

また1基にかかる

費用も6億~8億ドル相当と言われている偵察衛星の発射を

3度失敗させた責任は重い

おそらく6月下旬に予定されている党中央委員会総会の人事で責任を取らされ、

更迭される幹部が出てくるかもしれない。

 

その5.韓国空軍の空中示威に反発し、軍事的対抗措置を示唆したことだ。

 金総書記は演説で「国際法を遵守し、事前通告し、周辺国の安全性を考慮して発射した」のに韓国は挑発だと騒ぎ「攻撃編隊軍飛行及び打撃訓練を行うなどの武力示威で我々に全面挑戦している」と韓国を批判した上で

「韓国軍部ならず者らの妄動に対して絶対的で圧倒的な断固とした行動でもって自衛権を行使する」と強調していた。

 

 韓国空軍は北朝鮮が衛星を発射した27日から4日間の日程で、

黄海の海上射撃場で約90機の航空機を投入し、

米空軍と空対空・空対地ミサイルの射撃訓練を実施しているが、

金総書記の指示が出た以上、

北朝鮮軍が何らかの対抗措置を取るのは必至である。

 

 早速、米空軍の偵察機「RC135U(通称コンバットセント)」が今朝、黄海上空を飛行を始めた。

米空軍に2機しかないRC135Uは、数百メートル先の信号情報やミサイル基地から発信される

電波情報などを収集することができる。

 

 北朝鮮の軍事偵察衛星発射失敗で朝鮮半島に暗雲が漂い始めた。

 

辺真一

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

「辺真一のマル秘レポート」