台湾で頼清徳第16代総統が就任…「日台新時代」への期待を込めて、全6章40分に及ぶスピーチの要旨を和訳する(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース

台湾で頼清徳第16代総統が就任…「日台新時代」への期待を込めて、全6章40分に及ぶスピーチの要旨を和訳する

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意外にもリラックスした就任式

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 5月20日、台湾で頼清徳(らい・せいとく)総統が就任した。総統とは、大統領のことである。日本は台湾と国交がなく、国家として承認していないため、大統領と呼ばず総統と呼ぶと、日本外務省の外交官から聞いたことがある。

 

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 私は頼清徳新総統の就任式を、TVBS(台湾のテレビ局の一つ)のインターネット生放送で見た。  テレビをつけてまず驚いたのは、台北の総統府前広場に集まった参列者たちの雰囲気が明るいことと、リラックスしていることだった。第16代総統・副総統の就任(台湾では「就職」と呼ぶ)を、自然な表情で祝福していた。普段、北京のCCTV(中国中央広播電視総台)の厳粛なニュース番組を見ている私からすれば、驚愕である。  例えば、生放送中に平気でペットボトルの水を飲む女子アナと、横の男性アナは、頼清徳新総統の登壇を待つ間、こんな会話を交わしていた。  女子アナ:「これから行われる頼新総統のスピーチは注目ですね。まさか『台湾独立』なんて言わないでしょうね、ハハハ」 男性アナ:「ハハハ、そんなこと言ったら、われわれがひっくり返りますよ」  こんな調子だ。彼らは日本の話題も語っていた。  「今日は世界から、73の訪問団、687人もの外国の来賓が来ています。中でも最大は日本からの賓客で、安倍昭恵夫人を始めとする多くの日本人が参列しています。安倍晋三元首相と蔡英文総統の関係がとてもよかったんですね。日本からは国会議員も35人も来ていて、これまでで最多。日本が中華民国を、いかに重視しているかということを示しています。  頼清徳新総統も、日本との関係は良好で、以前、自民党の(麻生太郎)副総裁が会いに来たことがありました。日本で一番近いのは沖縄県で、台湾と沖縄は琉球の昔から深い縁がありましたが、(玉城デニー)沖縄県知事は来ていません」  台北時間の午前11時前、紺色のネクタイを締めた頼清徳新総統が、ピンクのジャケットを羽織った呉玫如(ご・まいじょ)夫人と仲良く手を繋いで登壇した。後ろには、白のジャケットを着た(独身の)蕭美琴(しょう・びきん)新福総統を従えている。  そこへ、ものすごい強風が吹いた。何だか今後の4年を象徴しているようだ。  強風の中、国軍が21発の礼砲を鳴らし、全員が起立して、中華民国国歌を斉唱する。  「♪三民主義 吾党所宗 以建民国 以進大同……」  そしていよいよ、頼清徳中華民国第16代総統が、就任演説を行った。頼新総統は、強風を振り払うかのように、聴衆に向かって2度手を振って、約40分に及ぶスピーチを行った。  スピーチ全体は、「民主・平和・繁栄の新台湾を作る」というタイトルで、前文と6章からなっていた。以下、その主な箇所だけを、箇条書きにして訳す。時折出てくるカッコ内は、私の短評である。

 

 

「台湾を国際的に尊敬される偉大な国家に!」

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 <前文>  ・私は若い頃、医学をによって人を救おうと志した。だが政治家になった時、台湾を変えようと志した。いまそこに立ち、国家を壮大にしようと志している。  (政治家を志した時のことは後述する)  ・思えば、1949年の今日、台湾は戒厳令を敷いて、全面的に専制の暗黒時代に入った。1996年の今日、台湾の最初の民選の(李登輝)総統が就任した。中華民国台湾は主権を持つ独立国家であり、主権は民にあるのだ。  そして2024年の今日、台湾は(民進党の執政が)3期目に入った。チャレンジに満ちた、また無限の希望を孕んだ新時代だ。  (1945年~2000年の国民党長期政権時代は基本的に「悪」だったというのが頼清徳総統の概念である)  ・私は外来勢力の影響を受けず、民主を堅く守護し、前へ進む。振り返らず、台湾のために歴史の新たなページを切り拓く!   (頼総統は総統選挙期間中、国民党政権になることは「過去に戻る」ことと力説していた)  1.行政と立法が協調、協力し、共同で国政を推進する  ・今年2月に発足した新国会は、16年ぶりに「三党不過半」(3党が共に過半数に届かない)の立法院となった。多数は少数を尊重し、少数は多数に従う。それによって初めて衝突を避け、社会の安定と和諧を維持できるのだ。  (立法院の現状は、与党・民進党51議席、第一野党・国民党52議席、第二野党・民衆党8議席で、立法院長には国民党の韓国瑜氏が就いた)  2.民主台湾は世界の光  ・民主、平和、繫栄が台湾の国家路線であり、台湾と世界を連結させるものだ。台湾は「世界民主の輪」の光点であり、民主台湾の栄光の時代が到来したのだ!   (スピーチのタイトルにもなっているように、「民主・平和・繁栄」が、頼清徳政権4年のスローガンとなる)  ・台湾はアジアで初めて、同性婚を合法化した国家だ。台湾は民主防疫が専制防疫に勝るという示範を示した。  (これらは蔡英文政権の実績と言える)  3.民主台湾は世界平和の舵取り役  ・昨今のウクライナ戦争とイスラエル・ハマス戦争に全世界が衝撃を受け続けているが、中国の軍事行動とグレーな脅迫もまた、全世界の平和と安定の最大の戦略的挑戦となっている。  われわれは世界に向けて宣言する。民主と自由は、台湾の断固として堅持し、平和は唯一の選択で、繁栄は長治久安の目標だ!   (中国の脅威をはっきりと、ウクライナ戦争、イスラエル・ハマス紛争の延長線上に位置づけている)  ・私は中国に呼びかける。台湾への文攻武嚇(非難や威嚇)を停止し、台湾と共に全世界の責任を請け負おう、台湾海峡及び地域の平和と安定の維持に尽くし、全世界を戦争の恐懼から遠ざけようと。  ・中国が中華民国の存在の事実を正視し、台湾人の選択を尊重することを願う。  ・われわれは平和の理想を追求するが、幻想は抱かない。中国が武力行使の犯行を放棄しない中で、台湾人は理解している。たとえ中国の主張を全面的に受け入れても、主権の放棄や中国による台湾併合の意図は消滅しないことを。  ・そのため、「4大支柱平和行動方案」を積極的に実行していく。それは、国防パワーの強化、経済安全保障の構築、安定した原則のある両岸関係指導力の展開、価値観外交の展開だ。  4.民主台湾は世界の繁栄を推し進める  ・台湾は世界を必要とし、世界もまた台湾を必要としている! 台湾は世界の大門を開けるだけでなく、すでに世界の舞台の中心に進み出たのだ!   (「中国は世界を必要とし、世界もまた中国を必要としている」というフレーズは、いわゆる「習近平用語」で、頼総統はこれをもじったと思われる)  ・現在の台湾は、先端半導体の製造技術を握っていて、AI革命の中心に立っている。台湾を「AIの島」にする。ドローン民主サプライチェーンのアジアの中心にする。  (半導体に関してはTSMCのことを言っている。AI革命を起こしているエヌビディアの創業者・黄仁勲CEOも台湾人だ)  ・台湾はすでにCPTPP(日本を中心とした環太平洋パートナーシップ)に加入申請した。こうした経済統合に積極的に関わっていく。  (台湾は2021年9月、中国と同時期に加入申請したが、台湾との加入交渉を開始すると中国ともやらねばならないという理由で、日本が放っている)  ・半導体、AI、軍需産業、安全のコントロール、次世代通信の「5大信頼産業」を発展させる。  (頼総統は「信頼」という言葉が好きで、これは「頼総統を信じる」という意味も含まれる。習近平主席が「学習」(習主席に学ぶ)という言葉が好きなことを想起させる)  5.国民を楽しませることを楽しみ、憂いを持たせることを憂う  ・物価、家賃、貧富の格差などの問題を、不断に改善していく。「歩行地獄」(通勤通学ラッシュ)から脱却させる。  (BSTVの司会者たちも言っていたが、台湾人が一番望んでいるのはこの部分だ)  6.団結のパワーを大きくして、引き続き壮大な国家を築いていく  ・主権があって初めて国家がある! 中華民国の憲法に基づき、中華民国の主権は国民全体にある。それは中華民国の国籍保持者であり、中華民国の国民だ。つまり中華民国と中華人民共和国は互いに隷属していない。皆が団結し、国家を愛護するのだ。すべての政党が(中国による台湾)併合に反対し、主権を護るのだ。政党のために国家の主権を犠牲にしてはならない。  (中国に対する確固とした姿勢を見せつけたくだりで、会場の拍手が最も大きかった場面だった。中国側がスピーチに求めた「一つの中国」などくそくらえ、という感じだ。ただ、国民党の決まり文句である「中華民国の憲法に基づき」という句も盛り込んでいる)  ・世界のますます多くの国が、台湾の国際的な参加を公に支持している。このことが証明しているのは、台湾は世界の台湾であり、台湾は全世界の平和と繁栄の信頼のおけるパワーだということだ。  ・中華民国であれ、中華民国台湾であれ、あるいは台湾であれ、すべてわれわれもしくは海外の友人たちがわれわれの国を呼ぶ名称だ。どれも一様に、よい響きだ。  (国民党が「中華民国」と呼んでいた台湾を、蔡英文総統は「中華民国台湾」という呼称に昇華させた。頼総統はそのことを定着させようとしているのである。さらにその先に見据えるのは、「台湾共和国」なのか? )  ・1624年、台湾は台南から出発した。開闢400年の歴史的時間は、自信を持って世界に向かっている。  (後述するように頼総統は北方の新北市の出身だが、病院勤めや市長を経験した台南市にひとかたならぬ愛着を持っていて、台南を紹介したかったのだろう)  ・台湾を国際的に尊敬される偉大な国家にしよう!   (この結句も、習近平主席のスピーチの結句の決まり文句「中華民族の偉大なる復興に向かってたゆまず奮闘しよう!」をもじったものだろう。やはり中国への対抗心をメタファーにしているように思えた)  以上である。  頼清徳新総統のスピーチが終わると、総統府前広場は、皆で歌と踊りとなった。何と、いままでマジメに演説していた頼清徳新総統も、壇上でダンスのポーズを取り始めた。横のアメリカ育ちの蕭美琴新福総統に至っては、プロ顔負けのディスコダンサーのようだ。  インターネットの掲示板では、大量の頼清徳新政権を批判する書き込みが始まった。もしかしたら中国が関係しているのかもしれない。例えば、こんな調子だ。  ・民進党は宗教だ!  ・民進党は8年やって何もよくならなかったのに、まだやる気か!  ・台湾はもう救いようがない!  ・やはり株価が暴落しているぞ。(注:台湾の株価を示す加権指数は午前中暴落したが午後に持ち直した) ・本日就任した頼清徳は、本日辞めろ!   こうした頼清徳新政権への批判も含めて、「自由と民主はよいものだ」と実感した次第である。

 

 

 

 

 

 

64歳にしてトップの座に上り詰めるまで

 おしまいに、頼清徳新総統がどんな人物なのかも記しておこう。  頼清徳新総統は、1959年に台北市近郊の新北で、炭鉱夫・頼朝金氏の5番目の子として生まれた。だが生後間もなく、父親が炭鉱の一酸化炭素事故で死亡。母親の頼童好氏が貧困にあえぎながら、女手一つで6人の子供を育てた。  幼少時から優秀だった頼氏は、地元から初めて台北の名門・建国中学に進学。台湾大学医学部に合格し、卒業後、兵役を経て内科医となった。台南の成大病院、新楼病院などで勤務していたが、1996年に「棄医従政」(医者を棄てて政治に従事する)。台南市から出馬し、最高得票を獲得して国民大会代表(国会議員)となった。民進党内では、急進的な「台湾独立派」たちが集う新潮流のグループに属した。  2009年には台南市長選に当選。8年間にわたって安定した市政を行った。  2017年9月、前年に就任した蔡英文総統に請われて、行政院長(首相)に就任。立法院(国会)で開かれた施政方針報告で、「私は台湾独立の政治工作者であり、実務的な台湾独立主義者」と発言。野党・国民党や中国が猛反発した。  2018年11月、統一地方選選挙で蔡英文民進党が大敗を喫したことで、翌2019年1月、蔡英文政権を見限って行政院長を辞任。次期総統選に出馬するも、民進党内の公認を争う予備選で、6月に蔡英文総統に敗れた。  そんな頼氏を、蔡総統が11月、副総統候補に指名。翌2020年1月の総統選挙で、817万票という史上最高得票数で当選を果たした。  2022年11月の統一地方選挙で、蔡英文民進党は、再び大敗。蔡総統が民進党主席を辞任したことで、2023年1月15日に頼副総統が主席に就任した。  それから一年、2024年1月13日に行われた総統選挙で、民進党公認候補として出馬し、558万6019票を獲得。見事当選を果たしたのだった。  私は、頼清徳氏が関わった2018年と2022年の統一地方選、及び2020年と2024年の総統選を台湾で現地取材している。だが頼氏の政治家としての歩みは、決して順風満帆ではなく、様々な紆余曲折があった。  それでも64歳にしてトップの座に上り詰めたということは、やはり政治家として強運の持ち主と言えるだろう。

 

 

 

 

様々な不安材料を抱えながらの船出

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 だが、中国の習近平政権とは、まるで「水と油」だ。頼新総統は、就任演説で「独立色」を封印したものの、蔡英文前総統以上に「独立色」の強い政治家として、中国側は神経をとがらせているからだ。  そうであるならば、中国としては早く手を打たないと、「手遅れ」になってしまう。そこで習近平政権が出した「解」が、「野党・国民党と中台関係を処理していく」というものだった。かつて陳水扁民進党政権の時代(2000年~2008年)に使った手段だ。  実際、先月には馬英九元総統(元国民党主席)を中国に招聘。4月10日に北京の人民大会堂で、2015年11月に続いて2度目となる習近平主席との会談に臨んだ。  先月26日から28日には、さらに驚くべきことが起こった。野党・国民党の立法委員(国会議員)17人が、大挙して北京を訪問したのだ。  このように、中国の側も、台湾との急な衝突は望んでいない。中国人民解放軍や中国海警局が台湾に対してしばしば見せる過激な行動をどう解釈するかについては、意見の分かれるところだ。私は、習近平主席を中心とした習近平政権と、軍及び海警局を分けて考えるべきだと思っている。  すなわち、習近平主席は台湾と一戦構えようなどとは考えていない。ところが、「強軍・強国」を国是としている手前、軍や海警は強硬になりがちだ。それを、台湾の国民党をうまく取り込むことで、何とか「平和な状態」をキープしようと腐心しているーーそれが現状ではないか。  ともあれ、様々な不安材料を抱えながらも、頼清徳新政権が出帆した。駐日大使にあたる駐日台北経済文化代表処代表も代わることになる。日本は秋に首相が代わるのか不明だが、「日台新時代」に期待したい。

近藤 大介(『現代ビジネス』編集次長)

 

 

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