佐藤優氏が緊急分析 モスクワ銃乱射テロで第三次欧州大戦の危機が急迫、日本が担うべきは「西側とロシアの仲介役」(NEWSポストセブン) - Yahoo!ニュース

 

佐藤優氏が緊急分析 モスクワ銃乱射テロで第三次欧州大戦の危機が急迫、日本が担うべきは「西側とロシアの仲介役」

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NEWSポストセブン

モスクワ銃乱射テロは何の予兆なのか(プーチン大統領/時事通信フォト)

 140人以上が死亡したロシア・モスクワでの銃乱射テロ。「イスラム国(IS)」が犯行声明を出す一方、プーチン大統領はウクライナの関与を示唆し、ゼレンスキー大統領が全面否定する展開となっている。そうしたなか、水面下で危機的状況が迫っていると警告するのは、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏だ。一体、何が起きようとしているのか。

 

  【写真】テロ攻撃のあったモスクワ郊外のクロッカス市庁舎・コンサート会場。会場では大規模火災も発生

 

 

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  テロは3月22日、モスクワ郊外のコンサート会場で起きた。自動小銃を乱射した男たちは、建物に火を放って逃げた。3日後の対策会議の場でプーチン大統領は、テロはイスラム過激派によるものだとしつつ、「誰がそれを依頼したかに関心がある」と述べて、客観的な捜査を指示した。  と同時に、ロシアの民間インフラなどへのウクライナの無差別攻撃を挙げ、「血なまぐさい脅迫行為(今回のテロ)は、この一連の流れに極めて論理的に適合している」と、ゼレンスキー政権の関与を匂わせた。  怪情報や的外れな分析も飛び交っている。 「ロシアが自作自演で起こしたテロだ」と語る“専門家”もいるが、根拠が示されていない。  また「事前にテロの兆候を掴んだアメリカが情報提供をしたのに、ロシアが無視した」という報道もあるが、これも事実と異なる。事件の2週間前の報道を引用しよう。 〈在ロシア米大使館は7日夜、「過激派がモスクワでコンサートを含む大規模な集会を標的にする差し迫った計画がある」として、警戒情報を出した。発表から48時間の9日夜までは、人混みを避けるよう自国民に呼び掛けている。(中略)ロシア・メディアも情報を一斉に報じた〉(3月8日、時事通信配信)  最後の一文が示す通り、米国の警告はロシアで報じられた。したがって政府は無視していない。  テロ情報はピンポイントの時限性が重要で、この警告では「3月7日から48時間以内」となっている。この警告は“空振り”に終わり、期限を10日以上過ぎてから別の話として今回のテロが起きたということだ。

 

 

 

 

キーウへの早期侵攻

 私は本件犯行にはウクライナ政府の関与はなく、主導したのは、あくまでISである可能性が高いと見ている。退路を確保していた点では自爆テロを重視するISらしくないが、ISは統率された組織ではなく、共通の政治目的を持った過激派のネットワークだ。シャーリア(イスラム法)による唯一のカリフ(皇帝)が統べる帝国の実現のためなら手段を選ばないと考えたほうがわかりやすい。  実行犯4人は全員、タジキスタン国籍。隣のアフガニスタンに拠点を置く「ホラサン州のIS」ならば、今回の作戦を実行してもおかしくない。  ISの内在的論理は何か。彼らからロシア・ウクライナ戦争を見てみると、キリスト教徒の内輪揉めに映る。優勢のロシアにテロを仕掛ければ、終戦を遠ざけ、キリスト教同士の殺し合いを長引かせられる。その先に望むのは米国の直接介入だ。  憂慮すべきことにISの謀略は成功しつつあり、戦争が別の段階にエスカレートする可能性がある。  3月23日、プーチンは声明の中で次の事実を指摘した。 「実行犯はウクライナに向けて移動していた」 「ウクライナ側には国境を越えるための窓口が用意されていた」  捜査が進むと資金調達やアジトの提供に関与したウクライナ人が浮上する可能性はある。そこにゼレンスキー政権が関与したかは別問題だが、プーチンが「関与があった」と認識した場合に事態は一気に深刻化する。ロシアは独自の価値観に従って行動する国で、イスラエルとよく似ている。「生存権が脅かされた」と受け止めた途端、国際社会から何と言われようとその敵を殲滅する。2023年10月以降のガザ侵攻がウクライナで起きるとイメージすればいい。  ロシアがギアを上げた場合、首都・キーウへの早期侵攻が射程に入る。兵員だけでなく、大統領府や保安庁、国防省の建物、職員や文民もターゲットになる。攻撃を止めるのは相手が帰順(服従、降伏)するか、逃げるか、さもなくば死んだ時だ。

 

  こうなると西側は見過ごせなくなり、アジアや米国まで戦火は広がらないとしても、第三次欧州大戦の危機が急迫してくる。

大統領選挙を今年11月に控えた米国は踏み込めるのか。

米国が躊躇し、欧州がその姿勢に影響されれば、力で現状を変えたロシアの勝ちになる。

 

 

 

世界にイスラム革命を輸出

 最悪の展開を喜ぶのはほかでもない、ISだ。ロシア当局が戦争とテロ対策に忙殺されている隙に乗じ、アフガニスタンのイスラム過激派が、ロシアの勢力圏で支配権の確立を試みる可能性があると私は見ている。  狙われうるのはタジキスタン、ウズベキスタン、キルギスにまたがるフェルガナ盆地。各国の警察権が弱く、タジキスタン国境のロシア国境警備隊が突破されれば危険だ。  実現の暁にISは、ここを拠点に、世界にイスラム革命を輸出する。そうなると世界各国でテロが多発する可能性がある。  日本では林芳正・官房長官が25日、モスクワのテロを非難し、ロシアの犠牲者に寄り添う声明を発表した。これは妙手だったと見てよい。

 

  今後もウクライナは「関与せず」の主張を貫き、米国はこれを支持し続ける。

日本もその路線の枠内を外れることはできない一方、

最悪の大戦争を阻止するため、

「真相はわからない」と言うぐらいの距離感は保つべきだ。

 

西側とロシアの仲介役が死活的に重要になるからだ。

日本にはこの役割を果たせる可能性がある。

他のG7各国と異なり、ウクライナに対して

殺傷能力を持つ武器供与をしないアプローチで戦争と向き合ってきたからだ。

 

  これは、士気、能力共に高い官邸官僚が

「ウクライナ支援」だけに熱しがちな世論に流されず、

消極的政策を冷徹に打ってきたことが功を奏した。

 

岸田(文雄)首相や林官房長官らの政治家が裏金問題などにかかりきりで、

外交に関してまで手を付ける余裕がなくなっているので、

官邸官僚たちはプロフェッショナルな外交政策に集中できた

 

  岸田首相が、内政をめぐる問題で身動きが取れなかった状況が皮肉にもプラスに作用したのだ。

 

 

 【プロフィール】 佐藤優(さとう・まさる)/1960年、東京都生まれ。ジャーナリスト。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在露日本国大使館などを経て外務省国際情報局に勤務。現在は作家として活動。主著に『国家の罠──外務省のラスプーチンと呼ばれて』などがある。 ※週刊ポスト2024年4月12・19日号

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