銃乱射テロでプーチンはいかに弱体化を露呈したか(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース

 

銃乱射テロでプーチンはいかに弱体化を露呈したか

配信

ニューズウィーク日本版

<米政府から事前に情報提供を受けつつ悲劇を防げなかったFSBの大失態で、ロシアを守る強い指導者のイメージが地に落ちた>

テロの翌日、プーチンが発表したビデオメッセージより(3月23日)、場所は不明) Kremlin.ru/Handout via REUTERS

3月22日にロシアの首都モスクワ郊外のコンサート会場で起きたテロは、

国民の「偉大な庇護者」というウラジーミル・プーチン大統領のイメージをはぎとり、

「支配力の低下」を白日の下にさらしたと、

ナチス・ドイツの独裁制に関する著書がある英ジャーナリストが論じた。【ブレンダン・コール】 

 

【動画】インタビュー中に表れたプーチン「体の異変」...いうことを聞かない足の動きに「何が起きてる?」 

 

アドルフ・ヒトラーがいかにして権力の座に上り詰め、独裁支配を敷いたかをテーマに著作を発表してきたロジャー・ボイズは、今回のテロ事件を受け、英タイムズ紙に論説を寄せた。論説は冒頭で、民主主義体制より独裁制のほうが市民の安全が強固に守られると思うか、と読者に問うている。 『生き延びるヒトラー:第三帝国の腐敗と妥協』と『ヒトラーに誘惑されて』の共著者であるボイズは1980年代に英タイムズ紙の東欧特派員としてポーランドの首都ワルシャワに駐在し、自主管理労組「連帯」の民主化運動とそれをつぶすために敷かれた戒厳令下の情勢を伝えた。 今回発表した論説では、冷戦時代について触れ、プーチンは旧ソ連の最後の指導者であるミハイル・ゴルバチョフ、さらには前任者のボリス・エリツィン以上に強固に「母国を守れる」指導者として、政治的延命を図ってきたと述べている。 プーチンは2022年2月24日にウクライナ侵攻を開始したが、「ロシアの町々には(戦争の)しわ寄せはほとんど及ばず、偉大な庇護者としての彼の面目は保たれてきた」と、ボイズは書いている。だがそれも「今や地に落ちた」。

 

 ■容疑者の顔に拷問の痕跡

 

 22日夜クロッカスホールで起きた銃乱射テロは、自分はロシアの剣であり盾だというプーチンの主張を揺るがし、新たな脅威に対する保安当局の無防備さを暴露し、ウクライナ戦争についてのプーチン政権のレトリックの信憑性のなさを国民に印象付けたと、ボイズはみる。 2月16日に最も著名なプーチンの政敵であるアレクセイ・ナワリヌイが死亡し、さらにその後、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)がロシアを攻撃すべく大規模テロを計画しているとの情報を米当局が入手し、ロシアにも共有したにもかかわらず、プーチンがそれを無視したこと。「こうした一連の動きから、プーチンはもはや国民を納得させるナラティブ(語り)をうまく操れなくなっていると考えられる」と、ボイズは論じる。 「1つだけはっきりしているのは、わずか10日程前に信頼できる指導者を大統領に選んで、大船に乗った気でいたロシアの有権者が、今や先行き不安を抱いていることだ」 ロシア連邦保安局(FSB)は実行犯とみられるタジキスタン人4人をはじめ、テロ容疑で11人を逮捕したと発表。4人は起訴され、24日にモスクワの裁判所に出廷したが、彼らの顔にはむくみや痣など拷問を受けたような痕跡がみられた。

 

 ロシア当局はこのテロ事件にはウクライナと西側の関与が疑われると主張しているが、ウクライナ政府と米政府は事実無根として退けている。

 

 

 

■人心離れを招く

ボイズによれば、

ウクライナとISの結びつきを強調するロシアのプロパガンダは

「明らかにやり過ぎ」で、

さしものロシア当局も今はトーンダウンし、

「西側が背後で糸を引いていたことを漠然と示唆する」にとどめている。

 

 その事実が物語るのは、プーチンの「ナラティブが説得力を失ったということだ」と、ボイズは述べている。

 

このテロを契機に、プーチンはウクライナの戦線を現状のまま凍結し、ウクライナ戦争からより広範な「対テロ戦争」へと軸足を移すことも考えられるという。

 

 今の危機は

また、「プーチンの統率力が低下し、肥大化した情報機関内部の権力闘争が

彼の手に負えなくなっている」ことを示しているようだと、ボイズは述べている。

 

 病院に運ばれた重傷者が死亡したため、テロの犠牲者は27日時点で140人になったと、ロシア当局の発表としてAP通信が伝えた。 テロ当日、IS傘下のグループISホラサン州(IS-K)が犯行声明を出し、ソーシャルメディアのIS-K系列チャンネルが銃撃の模様を伝える動画を公開した。 だがFSBのアレクサンドル・ボルトニコフ長官は西側のスパイ組織が関与していると断定。銃撃の容疑者はウクライナに逃れようしているところを逮捕されたと、プーチンの主張を繰り返した。

 

 ■NATOへの挑発行為の口実に

 

 とはいえベラルーシの権威主義的な指導者であるアレクサンドル・ルカシェンコ大統領によれば、

容疑者一味は当初ベラルーシに逃げようとしたが、

国境警備が厳重なためウクライナに向かったというのが真相のようだ。

 

 『ロシアのFSB:連邦保安局の略史』の著者で、英ブルネル大学で情報・安全保障を講じている

ケビン・リールは、

米政府が伝えた重要なテロ情報を

ロシア当局が無視したことを問題視し、

ロシア国内のテロ対策はかなり手ぬるい状況になっているとみて、

「今後が危ぶまれる」と本誌に語った。

 

 「プーチンはタフな指導者のイメージが壊れることを恐れ、加害者をつかまえて処罰し、断固たる姿勢をアピールしようとしている」と、リールは言う。

 

「テロを防げなかった責任をFSBになすりつけ、自分を国民を守るヒーローに仕立てようというのだ」

 

 リールによれば、FSBはウクライナと西側の関与を示す「証拠」をでっち上げるかもしれない。

 

 そうなれば、ロシアはそれを口実に「ウクライナの民間インフラをさらに容赦なくたたきつぶすだろう」と、彼は言う。

 

「本格的な戦争にエスカレートしない範囲内で、NATO加盟国に挑発的な軍事行動を行う可能性も否めない」

ブレンダン・コール

【関連記事】