<ロシアの次なる標的は?>ロシア勢力と西欧の狭間にある国、現代史に見るロシア侵略の傾向から見えるもの

配信

Wedge(ウェッジ)

(Tetiana Lazunova/gettyimages)

 ウォールストリート・ジャーナル紙の3月1日付け社説‘Russia’s Next European Target: Moldova’が、ウクライナがロシアに屈した場合、同国とルーマニアの間に位置するモルドバがロシアの次の標的になる可能性がある、と指摘している。概要は次の通り。  ウクライナの兵士たちは、ロシアの攻勢を食い止めることで欧州の残りの国々を守っている。  モルドバはウクライナとルーマニアの間に位置する小さな国であるが、トランスニストリア(「沿ドニエストル」とも)は、プーチンがモルドバ全土に政治的混乱を引き起こすために使っている親ロシアの係争地域である。2月28日、トランスニストリアの分離主義者は、モルドバが「われわれの人民に経済戦争を仕掛けてきた」ため、「社会的・経済的に絞め殺されようとしている」と述べた。これらの分離主義者たちは、ロシアに対してトランスニストリアを保護し、防衛するために外交的な手段を用いるように求めた。  プーチンがウクライナに対する全面侵略を開始した2022年以降、トランスニストリアを通じる貿易はすべてモルドバの首都キシナウの権威に下に置かれた税関と国境の通過所を通じることとされた。今年になって、この係争地域の企業にモルドバの国家予算に入る輸入関税と輸出税を支払うように規則が定められた。  01年から今年までは、これらの輸入関税と輸出税は、分離主義者の収入源であった。親露勢力は、モルドバのこの政策変更を前記のようなロシアへの救援要請の理由として挙げている。一方、真の問題は、モルドバが西側諸国に接近してきており、マリア・サンドゥ大統領の下、EU加盟の候補国となっていることである。  トランスニストリアの関係者は「立場の相違を解決するために、平和的な政治的・外交的手段を取ることにコミットしている」と主張しているが、同時に「トランスニストリアの人々の独自のアイデンティティと、権利と利益を守るために練り強く戦っていく考えであり、それらを保護し、防衛するためであれば遠慮する考えはない」とも述べている。

 

 

  分離主義者に差別されている旨の苦情を述べさせ、ロシアの支援を求めるというのは、近隣国への介入を正当化するロシアのいつもの手口である。

 

 

 

 モルドバを唯一守っているのはロシア軍がヘルソンから西に進撃することを食い止め、黒海においてロシア海軍を押しとどめているウクライナである。これによって、モルドバはロシアからの軍事侵攻の差し迫った脅威から遮蔽されている。  モルドバの次の大統領選挙は今年の秋である。プーチンはいつものことながら、ロシア語話者が多い地域において、騒ぎを引き起こそうとしている。もしも、ウクライナが倒れたら、モルドバがクレムリンの次の目標となる可能性がある。 *   *   *

モルドバの“立ち位置”

 このところ、欧米メディアで「ウクライナの次」との文脈でモルドバに着目する論考が増えてきているが、これもそうした論考の一つである。モルドバは、日本ではなじみが薄いが、ウクライナとルーマニアに国境を接する面積3万平方キロ(九州よりやや小さい)、人口260万人の国である。  歴史的に、オスマン帝国、ロシア帝国、ルーマニア、ソ連と支配者が入れ替わってきており、1940年以来、モルダヴィア・ソヴィエト社会主義共和国としてソ連の一構成要素であったが、91年にソ連の崩壊によって独立した。  重要なのは、この社説でも取り上げられているとおり、トランスニストリア(沿ドニエストル)という地域で親露派による分離独立の動きがあることである。トランスニストリアはモルドバの独立に先立ち、90年に独立を宣言した。  91年のモルドバの独立の後、92年に同地域の分離独立を巡って武力紛争に至った。停戦となったが、ロシア軍が平和維持のために駐留しており、モルドバ中央政府の実効支配が及んでいないという係争地域である。  モルドバはロシアの勢力圏と欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)を基軸とする西欧諸国の狭間に位置する国である。モルドバは、94年の憲法上、永世中立を規定しており、ロシアと西欧との間でどのような立ち位置を取るかは常に難しい問題であった。

 

 

 

 

 22年のロシアによるウクライナ侵略はロシアに対する脅威感を増大させ、西欧への接近に軸足を移してEU加盟を申請した。モルドバはウクライナとともに、22年6月に加盟候補国の地位が認められ、23年12月には加盟交渉の開始が決定された。加盟の実現には、相当の年数がかかることが予想されるが、ともあれそのプロセスは動き出した。  08年のジョージア、14年以降のウクライナと、このところのヨーロッパにおける戦争は、ロシアの勢力圏と西欧諸国の狭間に位置する国が西欧に近づこうとしたとき、ロシアが親露派の分離独立の動きを口実に軍事行動を起こし、それを阻止し、自らの勢力圏の拡大を企図するというパターンで起こってきた。モルドバは、そうしたパターンに当てはまる国である。

すべてはウクライナの戦況次第

 ロシアによる「ウクライナ後」の軍事侵攻があるかは、ウクライナでの戦局次第である。プーチンといえども、ウクライナで手一杯の中で別の国に手を出すことはハードルが高く、ましてやモルドバに侵攻するためには、ウクライナ西部を手中に収めることが必要になる。  NATOにおいては、プーチンがバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)に侵攻することで、NATOの集団防衛の仕組みを突き崩そうとすることにどう備えるかの議論が盛んになされるようになっているが、それはいささかNATOに偏った視点というべきだろう。仮に「ウクライナの次」があるとすれば、真っ先に脅威に晒されるのは、NATO加盟国ではなくモルドバのような立ち位置の国であると思われる。ウクライナの戦況とともに、モルドバでの状況の推移に着目する必要がある。

岡崎研究所

【関連記事】