「最悪の事態はまだ来ていない」エマニュエル・トッドが本当に恐れる未来とそうでない未来とは(AERA dot.) - Yahoo!ニュース

「最悪の事態はまだ来ていない」エマニュエル・トッドが本当に恐れる未来とそうでない未来とは

配信

AERA dot.

エマニュエル・トッド氏

「先進国にとって、最悪の事態はまだ来ていない」。

そう語るのは、フランスの歴史家エマニュエル・トッド氏だ。

家族制度や識字率、出生率に基づき、現代政治や社会を分析し、

「ソ連崩壊」から「米国の金融危機」などを予言したトッド氏が本当に恐れていることとは?

 最新刊『人類の終着点――戦争、AI、ヒューマニティの未来』(朝日新書)から、

その真意を一部抜粋・再編して公開する。

 

  【写真】エマニュエル・トッド氏の写真を見る 

 

*  *  *」

 

  エマニュエル・トッド:現在のアメリカはある意味、基本的自由が国家によって衰退させられている状況とも言えます。ただアメリカに関して言うと、私は学資ローンをとくに心配しています。  長い間、アメリカで経済的に生き抜くということは、「何らかの高等教育を受ける」ということでした。高等教育を受けることで、グローバル化の最悪の影響から逃れることが可能になっていました。  しかし、もちろん、アメリカでは教育機関がますます私立化されています。多くのお金がかかり、大半の学生は銀行からお金を借りて勉強しなければならず、借金を背負っています。  この問題をバイデンが何とかしようとしているのは知っています。しかし、そう簡単に負債を背負わせる動きが止まったり、覆されたりするとは思いません。

 

 

 もちろん、私は歴史を研究しているので、多少は歴史の知識があります。古代史の知識はあまりありませんが、借金に走ることは――とくに大規模な個人的借金は――借金の奴隷のようなものへと、人々を導く最初の一手であることを知っています。

 

  就職して働き始める前に、個人的な借金を背負ったアメリカの現在の学生は、19世紀の政治思想家たちが、「市民の自由」などと言っていたような状態とは程遠いのです。

  これが、私が恐れている、暗い未来の一部です。

 

  私たちの世代にとってはとくにですが、これ以上悪いことが起きると想像するのは難しいことです。  1951年生まれの私は、人生の大半で、生活水準の驚異的な向上を経験してきました。かつては南仏にある私の村から電話をかけるのさえ難しかったころもありましたが、今は携帯電話を持っていて、どこでも誰にでも電話をかけることができます。  市民の積極的な政治参加があったころはまだ、民主主義の時代でした。これはフランスにもイギリスにもアメリカにも当てはまりますが、当時の歴史は同じような傾向がありました。

 

  しかし、グローバル化などによって、産業システムが崩壊していくのを目の当たりにします。そして、物質的な困難を抱えるようになります。

 

  コロナ禍の時期、西洋には、必要な医療品や機械、マスクなどを作ることができないことがわかり、私は本当に驚きました。フランスでは、乳幼児の死亡率がわずかに上昇しましたし、大きな政治的な機能不全があり、警察の取り締まり姿勢は強硬になっています。アメリカでは状況がもっと悪く、バイデンが当選した後、銃乱射事件や連邦議会議事堂の襲撃事件が起きました。

 

 

 私たちは、最悪の事態をすでに目の当たりにし、今こそ回復し始めるときだという考えを持っています。しかし、状況はまったくそうなってはいない。私たちにとっての最悪の事態はまだ来ていないのです。

 

  これこそ、私が恐れていることです。最悪の事態についての意識の欠如こそ、恐れるべきです。

 

 

  ――かなり悲観的な見方ですね。社会がより階層化され、学生が負債の奴隷となることで「社会が封建主義的になる可能性がある」と述べました。

あなたは、世界が無極化し、あるいは分断されているとおっしゃっていますが、将来を見据えた場合、異なるイデオロギーや価値観を持つブロックを橋渡しする、普遍的な価値が生まれてくる可能性はあると思いますか。

 

   これが、私の姿勢のパラドックスだと思います。繰り返しになりますが、私は西洋人です。このように悲観的になるのは、西洋人として話しているときであって、単に自分の国だけでなく「自分の世界」のことを心配しているのです。

 

 

  しかし、世界で起きていることに目を向けると、私は悲観的ではありません。

  たとえば、ウクライナでロシアが勝利し、ウクライナの一部がロシアの主張する条件で割譲される可能性が高まっています。しかし、それがヨーロッパに政治的・軍事的な不安定化をもたらすとはまったく思いません。

ロシアが、ヨーロッパの他の地域を攻撃する意図を持っていないわけではないでしょうが、

人口的にも物質的にもその可能性はありません。

 

 

 先進国はすべて、人口構造の不均衡、子どもが増えないという理由から、ある意味で弱い国だということを理解しなければなりません。

ロシアの出生率は約1.5で、アメリカ、イギリス、ドイツ、北欧諸国の出生率は約1.6です。日本はもっと低くて約1.3だと思います。中国は約1.2です。

 

 

  ある意味、先進国のシステムはすべて弱いのです。第一次世界大戦のときのように、国中から大勢の人々やエネルギーが集まっていた時代とは違うのです。

 

 

  先進国では老人が増え、子どもは増えない。だから、あのような大規模に拡大するような戦争は、考えられないことなんです。これは、もちろんヨーロッパにも当てはまります。

 

  ヨーロッパにおいて、アメリカの強迫観念となっているのは、ドイツとロシアが協力を構築することです。ウクライナにおける、アメリカの行動の主要な目的の一つは、ドイツとロシアの間に混乱と不和と対立を生み出すことでした。アメリカの目論見は見事に成功しましたが、戦争が終われば、必然的にドイツとロシアが互いに接近するときが来ます。

 

  それは、ドイツとロシア双方の利益になるからです。そして、この二つの国のいずれも軍事的に、攻撃的になる可能性はありません。

 

  しかし、こういった事態は世界の他の国々にも当てはまります。アジアにも当てはまると思います。

中国の人口バランスが崩れているならば、中国の膨張は起こらないということです。

 

【関連記事】