宇宙誕生直後に分かれた「4つの力」が統一できるとしたら…アインシュタインも夢見た「究極の理論」が実現する日(現代ビジネス) - Yahoo!ニュース

 

宇宙誕生直後に分かれた「4つの力」が統一できるとしたら…アインシュタインも夢見た「究極の理論」が実現する日

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 宇宙はどのように始まったのかーー  これまで多くの物理学者たちが挑んできた難問だ。火の玉から始まったとするビッグバン理論が有名だが、未だよくわかっていない点も多い。 【写真】「ビッグバン」の前に何が起きていたか…「宇宙の起源」のナゾを解く  そこで提唱されたのが「インフレーション理論」である。本連載では、インフレーション理論の世界的権威が、そのエッセンスをわかりやすく解説。宇宙創生の秘密に迫る、物理学の叡智をご紹介する。  *本記事は、佐藤勝彦著『インフレーション宇宙論 ビッグバンの前に何が起こったのか』(ブルーバックス)を抜粋・再編集したものです。

枝分かれした「四つの力」

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 ここからは、インフレーション理論がどのように生まれたのかを見ていきましょう。  私がこの理論を考えたきっかけには、素粒子についての理論である「力の統一理論」がありました。そこで、まずは力の統一理論について簡単に説明しましょう。ここからの話は少し難しくなります。これまでいろいろな宇宙論の本を読んできた読者のみなさんにも、この力の統一理論の話になると急に難しくなって挫折してしまったという方が多いかもしれません。この本ではそういうことがないよう、できるだけやさしくお話ししていくつもりです。  さて、私たちの世界に存在する物質が加速運動しているとき、そこにはつねに、力が働いています。すべての力は基本的に、四つに分類されると考えられています。これらの力のことを「四つの力」といいます。  その四つの力とは、万有引力として知られる「重力」、電気や磁石の力である「電磁気力」、原子核の中で働いている「弱い力」と、「強い力」です。弱い力、強い力とは、原子核の中で働いている二つの力のうち弱いほうの力、強いほうの力という意味で、現在では固有名詞になっています。このうち強い力は、湯川秀樹先生が見つけた、中性子と陽子を結びつける力で、原爆や水爆のエネルギーを出す力でもあります。弱い力というのは、中性子が電子(ベータ粒子)と反電子ニュートリノを放出して陽子になったりする、「ベータ崩壊」という変化を導く力です。  それぞれ別々のふるまいをするように見えるこれら四つの力を統一して、一つの力の法則にしようというのが、力の統一理論という考え方です。たとえば、ジェームズ・マクスウェルは1864年にマクスウェル方程式を導き出し、それまでは別の力と考えられていた電気の力と磁気の力が同じ一つの力であることを示しました。同じ力であるということは、同じ理論で説明できるということです。このようにして、いずれは四つの力をすべて一つの理論で説明することができるのではないか、という考え方なのです。アインシュタインは晩年、プリンストン大学で、力の統一理論の走りというべき統一場(電磁気力と重力の統一理論)の研究に、一生懸命に取り組んでいました。彼が成功しなかったために、この理論は「アインシュタインの夢」ともいわれています。

 

 

 

「アインシュタインの夢」がついに実現?

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 しかし、1967年に、アインシュタインの夢を実現する一つの理論が生まれてきました。それが、アメリカのスティーヴン・ワインバーグとパキスタンのアブドゥス・サラムによる、ワインバーグ=サラム理論です。この理論によって、電磁気力と弱い力が統一されました。そのため、この理論は電弱統一理論、あるいは単純に統一理論とも呼ばれます。  さらに、その後、完全に完成した理論ではありませんが、重力を除く三つの力を統一した、大統一理論も現れました。これらの理論によって、現在、四つに分かれて存在している力は、元は一つの力であり、「宇宙誕生直後に枝分かれした」と考えられるようになってきたのです。  たとえば、電磁気力と弱い力は、絶対温度で1000兆Kという高温(=高エネルギー)状態を設定すれば、同様のふるまいをします。この電磁気力と弱い力に強い力を加えた三つの力は、さらに高エネルギーの10の28乗Kという状態を作り出せば、同じふるまいをするのです。  とすれば、私たちの世界にある四つの力は、宇宙誕生直後の高温(=高エネルギー)状態では、実は一つのものだったのではないか、それが宇宙の温度低下とともに枝分かれをしていったのではないか、ということが、四つの力を理論的に統一する研究を通して考えられるようになりました。  宇宙が誕生すると、10のマイナス44乗秒後という、時計では計れないような非常に短い時間の頃に、まず重力が、他の三つの力と分かれました。10のマイナス36乗秒後には、湯川先生が発見された強い力が枝分かれしました。そして10のマイナス11乗秒後には、電磁気力と弱い力が分かれたのです。  このように、宇宙誕生直後に次々と力が分かれて、現在のような四つの力がそろったという描像が、力の統一理論から考えられるようになりました。  言ってみれば、類人猿が進化して人間が生まれてくる過程で、チンパンジーやオランウータンに枝分かれをしたように、重力、強い力、そして電磁気力と弱い力が分かれてきたということです。言い換えれば、人間が過去に逆戻りするとチンパンジーやオランウータンと一緒になるように、四つの力も最初は一つのものだったのではないか。そう予言したのがこの理論でした。  こうした進化がなぜ起こるのかを考えるとき、生命の場合では突然変異と自然選択という進化の理論によって説明がなされます。では、力の進化(=力の枝分かれ)は、なぜ起こるのでしょうか。  力の統一理論では、これは「真空の相転移」によって起こるとしています。相転移とは、水が氷になるように、物質の性質(相)が変わることです。あらかじめ簡単に言っておきますと、宇宙の初期に温度が急激に下がったことで「真空の相転移」が起こり、真空の空間自体の性質が変わりました。すると、真空での力の伝わり方も変わったのです。そのような相転移が次々に起こり、そのたびに、重力が枝分かれし、強い力が枝分かれし、電磁気力と弱い力が枝分かれをしていったというのです。

 

 

 

 

カギになるのは「真空の相転移」

 普通、真空とは何もない空っぽの状態と考えられています。その「真空」が、水が氷になるような相転移を起こすとはどういうことだろう? と、みなさんは不思議に思われるでしょう。  目に見えない微小な現象を説明する量子論の考え方で言えば、実は真空というのは真の空っぽの状態ではありません。よくよく見てみると、その空間では粒子と反粒子がペアで生まれては合体して消滅する、対生成・対消滅というものを繰り返しているのです(図2―3)。

真空にも物理的な実体がある

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 たとえば電子という素粒子には、陽電子という反粒子があります。医学ではこの陽電子を使ったPET(陽電子放射断層撮影)という機器が作られています。この陽電子と電子も一つになると完全に消滅し、二つのガンマ線を放出します。  このように、粒子はペアで生まれたり消滅したりしているのです。真空の空間とは、本当に何もない空っぽの空間なのではなく、ただエネルギー的にいちばん低い基底状態を「真空」と呼んでいるだけなのです。つまり、真空にも物理的な実体があるということになります。  とすれば、真空が相転移を起こしても不思議なことではありません。  このことを最初に理論化したのが南部陽一郎先生で、2008年にノーベル賞を受賞しました。ノーベル物理学賞では、たとえば新しい粒子を発見したというような、何かを発見したという受賞理由は多くありますが、南部先生の受賞は具体的なものを発見したというのではなく、きわめて基礎的な、物理学全体に関わるような理論を構築したことによるのです。  先に述べた、力の統一理論の最初の理論であるワインバーグ=サラム理論は1979年にノーベル賞を受賞しましたが、これも南部先生の理論がもとになっています。真空の相転移という考え方が、電磁気力と弱い力を統一する電弱統一理論を生み出したわけです。

 

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   さらに「インフレーション宇宙論」シリーズの連載記事では、宇宙物理学の最前線を紹介していく。

 

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佐藤 勝彦

 

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