死にかけると自力で救急車も呼べない。根拠ない自信をもっていた小説家・花房観音さんが死にかけてようやくわかったこと〈インタビュー〉(ダ・ヴィンチWeb) - Yahoo!ニュース
死にかけると自力で救急車も呼べない。根拠ない自信をもっていた小説家・花房観音さんが死にかけてようやくわかったこと〈インタビュー〉
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今ハ昔、京ノ国ニ死ニカケタ女アリケリ……思わず「今昔物語」のような書き出しになってしまったが、突然の病に倒れ、あわや死にかけたという作家の花房観音さん。入院中から病状や心の移り変わりなどを手持ちのノートに克明に書き込み、病室から編集者へかけあって始まったという連載が、このたび『シニカケ日記』(幻冬舎)として上梓された。心身の不調を更年期だと思ってほったらかしにしていたという花房さんは、死と直面したことでわかったことがたくさんあったという。
【プロフィール】 はなぶさ・かんのん 小説家。1971年兵庫県生まれ。2010年『花祀り』で第一回団鬼六賞大賞を受賞しデビュー。女の情念や性、怨念、怪談などをテーマとした作品を多く執筆する。主な作品に『女の庭』『恋地獄』『果ての海』『京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男』などがある。
不調は加齢と更年期ではなかった!
京都在住の花房さんは2022年5月、
外出先で立っていられないほどの息苦しさを覚えたという。
花房さん(以下、花房):
その日、昼間から「なんかしんどいな」というのはあったんですけれども、
途中で動けなくなって息もできなくなってしまったんです。
それで「早よ帰って寝よう」と思ってバスに乗ったんですけど、
しんどくて。もうこれはちょっと洒落にならんと繁華街でバスを降りて、
ベンチに座り込んで「救急車呼ばな」と思うんですけど、
“119”が頭に浮かばないんです。
そうしたら近くにいた女性が「救急車呼びましょうか?」と言ってくれて、病院へ運ばれました。スマホには緊急ボタンもありますけどそれも浮かばなくて、
「あ、自力で救急車って呼べないんだ」
「突然死ってこういうふうになるのか」と思いましたね
搬送先の医師は危険な状態と診断し、花房さんはICU(集中治療室)へと運ばれたのだが……
花房:
酸素吸入器や尿道カテーテル、点滴、酸素飽和濃度を測る装置なんかたくさんつけられたんですけど、ほとんど記憶がなくて。それで「1週間から2週間入院になります」と言われて、「あー、じゃあ出版イベントとか仕事関係のラジオとか、全部そういうの行けないから連絡しないと」と思って聞いてみたら、電話はダメだけどメールならいいと言われたので、管だらけの状態で息苦しいままゼェハァゼェハァしながら関係者に連絡して。このときすごい長時間だった気がしていたんですけれども、後でスマホを見たらそうでもなくて。短い時間にいろんなことがあったんだな、と 花房さんを襲った病は「心不全」。救急搬送されたときは心臓がほとんど動いていない状態であったが、処置が早かったため九死に一生を得たそうだ。「もしあのまま家でひとりでいたら、死んでいたかもしれません」というほどの重篤な病状だったというが、ご本人はそれまで体の不調をずっと加齢と更年期のせいだと思い込み、健康食品や市販薬などで誤魔化していたという。 花房:実は動悸がして息苦しい症状は2ヶ月ぐらい前にもあって、うっすら「病院行かないと」とは思っていたんですが、深呼吸したりしたら治まったんですよ。なので本の出版とか仕事がいろいろと落ち着いたら、と思っていたらバタッとなってしまいました
“自分は健康だ”という根拠のない自信
花房さんは2021年、いつかやって来る閉経をテーマに『ヘイケイ日記 女たちのカウントダウン』というエッセイを出版している。
その中で「心身の不調は、まず医者へ行くべきだ」と書いていたが、
自分のことは「年の割には健康だと思い込んでいた」と言う。
その『ヘイケイ日記』が2月に文庫化されることになり、作業のため最近読み返したところ、
自分のことながら「馬鹿じゃないか、と思って恥ずかしくなりました」と苦笑いを浮かべる。
花房:更年期とか加齢を受け入れた気になっていたんですけど、
病気だったということに気づいていなかったんですよね。
以前高血圧だと診断されて、血圧計を買ったはいいけれど、
使わないまましまい込んでしまっていて。
「自分は更年期なだけで健康だ」という根拠のない自信があったんだなと今になると思います。
でも根拠のない自信を持ってる人って、多いんですよ。
女性だと「自分は低血圧だから血圧が低い」と思い込んでいる人が多くて、
血圧を測る機会もないんですが、加齢で血圧って上がるんですよね。
しかも寒い時期のヒートショックだったり、熱いシャワーを浴びたり、ストレスだったり、トイレでイキむのも血圧が上がって負担がかかる。自分の血圧を知らない方は、血圧計っていろんなところにあるので、一度測ってみるといいですよ。
高血圧は“サイレント・キラー”と言われていて、ある日突然、私のようにバタッとなりますから
その他にも栄養の偏った食事に過度な飲酒、睡眠不足に運動不足、
病気に関する知識が乏しい上に、若いときと変わらない生活を送っているなど、
知らず知らずのうちに体に負担をかけている中高年が多い、と花房さん。
花房:ウチの家系は結構みんな長生きで、それも根拠のない自信につながっていたんですよね。あとは「ここが痛いのは昨日どっかに打ったせいだろう」とか思ったり、仕事が忙しいとか理由つけて運動しなかったり、むくみがひどいからと飲んでいた漢方薬が逆に血圧を上げるものだったりということもありました。
これまで自分はネガティブな人間だと思っていたんですけど、『ヘイケイ日記』を読み返してみると、実は楽天的だったんだなということがわかりました(笑)。
しかも「怒りを忘れた」とか書いているんですけど、過去のことに対してすごい怒ってるんですよ。
もちろん今でも怒りの感情はあるんだけれども、それはどうでもよくなりましたね。
イライラすると、ホント血圧上がるので
心あたりのある方はぜひ病院へ!
入院中に7キロ、退院してからは食事に気をつけ、運動することでさらに10キロ痩せたという花房さん。あらゆる数値も下がって正常値となり、現在は健康になったそうだが、
心不全による5年生存率は50%と低いため、日々健康的な生活を送っているという。
花房:でも生存率のことをお医者さんに聞いたら、薬がめんどくさくなって飲まなくなる人とか、病院来なくなって治療をやめちゃう人がすごく多いらしいんですよね。確かに薬飲むとか、運動するとか、病院行くとかって本当めんどくさいですけど、死や再発への不安がものすごくあって、もう2度と入院したくないと思っているので、それを払拭するためにはちゃんと通院して、食事や運動に気を使うしかない。家でじっとして、ネットで病気のことを検索なんかしても悪い話しか出てこないので(笑)。それやったら外に出て体動かしてる方が精神的に楽、ということを50歳にして初めて知りました
他に「シニカケ」て変わったこととは何だったのだろう?
花房:
死を前にして悟りを開いたり、宗教入ったりするのかな、とも思ったんですけど
全然ないし、入院中は死ぬ準備みたいなのをちゃんとしようと思っていたけど、
退院したらそれもしてない。
なんか根っこは楽天的なのかな、と改めて思って(笑)。
ただ食べ物への執着は強くなった気がしますね。
もともと美味しいもの食べたりとかは好きだったんですけども、
不味いもん食べて太りたくないなと思って。
外食のときもすごい慎重にお店選びをして、失敗するとめちゃくちゃ悔しいんですよね。
あとは他人のことはどうでもいいなって思うようになりました。
自分のことで精一杯だし、実は助かった自分ってめっちゃ運がいいんじゃないかと思って。
後遺症もなく、今はこうやって普通に暮らしているわけですしね。
だから世の中を恨む感情が薄れたような気もします。
なので、もうなるべく嫌なことはしない、会いたくない人にはなるべく会わない、
不味いものは食べないようにしたい。
生きていくのってめんどくさいですけど、
ま、これが結局生きていく秘訣だと思いますね
『シニカケ日記』は、自分は健康だという根拠のない自信やうっかりミスで死なないための
転ばぬ先の杖としてぜひご一読いただきたい本である。
そして、できればその前段階、自分は健康だという根拠のない自信やうっかりミスを犯している状態(死にかけた今となっては盛大な前フリ)を克明に記した『ヘイケイ日記』も併せて読むと、人生には「メメント・モリ(死を想え)」も必要なのである、ということを強く感じさせられるだろう。
花房:
今は死にかけてよかったなと思います。
でもね、本当に自分が痛い目に遭わないとわかんないんだろうなとは思うんですよ。
ただ、痛い目に遭ったときに助かればいいですけど、
そのまま死んでしまう人もいる。
私だって処置が遅かったら死んでいたかもしれないし、
後遺症が出たかもしれない。
実は『シニカケ日記』をWebに連載しているときに、読者や知り合いから
「読んでいて心あたりがあったので病院へ行ったら病気が見つかりました、
花房さんのおかげです、ありがとうございました」というメールをいただいたんです。
なので『シニカケ日記』はいろんな人に読んでほしいですね。
それから、とりあえず血圧測ってください!
取材・文=成田全(ナリタタモツ)
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