ピケティの指摘「貧困層を目の敵にするイデオロギーが公共サービスを劣化させている」(クーリエ・ジャポン) - Yahoo!ニュース

ピケティの指摘「貧困層を目の敵にするイデオロギーが公共サービスを劣化させている」

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クーリエ・ジャポン

Photo: Christian Liewig - Corbis / Getty Images

この記事は、世界的なベストセラーとなった『21世紀の資本』の著者で、フランスの経済学者であるトマ・ピケティによる連載「新しい“眼”で世界を見よう」の最新回です。 

 

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最初にはっきり言っておきたい。フランスの日刊紙「ル・モンド」が掲載した見事な調査報道の記事によって、フランスの福祉機関「家族手当金庫(CAF)」の手当受給者数千人が、無節操で理不尽極まりない手続きの対象にされていたことが白日のもとにさらされた。 これはフランスに限らず、欧州や世界の社会保障や公共サービスの未来が根本的な問題に直面していることを示している。ル・モンド紙の記者たちは、隠蔽されていた数千行のプログラミングのコードを調べあげただけではない。 生計が不安定な人たちやひとり親たちに会い、手当の過払いがあったと不当に疑われて追い回された話にも耳を傾けた。記事が示したのは、闇雲にアルゴリズムを使って調査することが、日々の生活に悲劇的な結果をもたらすことだった。 この慣行の問題を、ほかの誰よりも先に告発していたのが家族手当金庫の職員だったことは指摘しておくべきだろう。組織の幹部や政治家から、調査はこのアルゴリズムを使ってするようにと強制されていたのだという。 家族手当金庫は、人員やリソースが多いわけではないが、家族手当の支給のほかにも、(最低所得保障である)積極的連帯所得手当、住宅手当、ひとり親対象の住宅手当、障がい者対象の住宅手当、保育費用補助などの支給も扱ってきた。受給者の数は合計で約1400万人だ(フランスの世帯の約半分)。 家族手当金庫の運営コストがきわめて低いのは、疾病保険金庫や社会保障金庫などと同じである。それは給付金全体の2~3%であり、民間の保険会社の15~20%より低い。公共サービスの効率がいいというのは、それ自体ではいいことである。だが、これ以上、運営コストを抑える方向に突き進むのは考え物だろう。

 

 

状況が悪化したのはサルコジ政権以降

問題は、政権がこれらの金庫に圧力をかけ続け、運営コストをさらに切り詰めようとしてきたことだ。とくに2007年にニコラ・サルコジが大統領になってから状況が悪化した。サルコジは、社会保障制度を悪用して各種手当を不正に受給する詐欺を容赦なく取り締まらなければならないことを前面に押し出したのだ。 各種調査によって脱税やホワイトカラーの課税逃れのほうが、金額が大きいことはわかっているのに、そのことはお構いなしだった。富裕層を狙い撃ちにすると、面倒が生じる可能性もあるので、貧乏人を懲らしめてやろうとなったわけだ。 2017年にマクロンが大統領になると、この傾向に拍車がかかった。富豪たちが「ザイルパーティーの先頭を行く人たち」として崇拝される一方で、貧しい人たちはスティグマを負わされた(マクロンの発言では、貧しい人たちが仕事を探していると言っているわりには、「道路を渡る」ことすらしていないということになっていた。貧困層のために「バカバカしいほどの金額」がコストになっているという非難も定期的に浮上するようになった)。 家族手当金庫は、人員とリソースが少ないにもかかわらず、社会保障制度を悪用した詐欺を取り締まり、その結果を数値として出すことを求められていた。そのせいでアルゴリズムを使った逸脱行動が始まり、その実態がジャーナリストたちによって白日のもとにさらされたわけだ。 最悪なのは、貧しい人を目の敵にするこのイデオロギーのせいで、公共サービス全般の質の劣化が起きていることだ。そのことに気づいていない人がいるなら、身近な人に尋ねてみるといい。家族手当金庫に問い合わせをしても、機械から返信があり、いまは3ヵ月前に受け付けた問い合わせに応対しているので、回答に時間がかかると告げられる始末だ。そんな状況が数年前から続いている(なお、半年前の問い合わせの回答がいまだに届いていない)。 一方、家族手当金庫から過払いしていた金額が判明したので返還してほしいと言われたら、その要求がまったく理にかなっていないこともしばしばあるのに、問答無用ですぐに支払わなければならない。その金額を支払える人なら、この理不尽な話はつらいものだが、乗りきれるだろう。だが、ギリギリの生活をしている人にとって、これはとても我慢できるものではない。 いずれにせよ、家族手当金庫の人員とリソースは不足しており、良質なサービスを提供し、利用者に適切に応対できる状況ではない。これは関係者全員にとって、きわめてつらい状況だ。

 

貧しい人に怒りをぶつけても無意味

公共サービスの劣化は、この分野だけの話ではない。身分証明の書類を得るのに半年以上がかかることもある。疾病保険や相互保険の払い戻しの手続きは煩雑だ。高等教育でも予算の割り当てのアルゴリズムがきわめて不透明であり、人気のあるコースで定員オーバーとリソース不足が生じてしまっている。 貧しい人や「社会扶助を受けている人」にスティグマを負わせ、彼らこそフランスが抱える問題の原因なのだと言うのが右派の戦略になっている。だが、この戦略は、二重の意味で成功の見込みがない。 なぜなら、これは最貧困層をさらに脆弱化させるだけでなく、すべての人にとって公共サービスを劣化させることにつながるからだ。そうなれば出現するのは、自分の身は自分で守らなければならない世界だ。 本来ならば、財源の社会化を推し進め、医療や教育、環境の分野で切に求められている予算増に対応すべきなのに、それができていない。真実を言おう。無駄遣いや不当に高額な報酬の問題があるのは民間であり、社会保障の金庫や公共サービスではない。 貧しい人を目の敵にするこの新しいイデオロギーが気がかりなのは、これがいま進む政界再編の中心にあるからだ。2022年後半に可決された建物不法占拠対策の法律が好例だ。この法律は、「国民連合」と「共和党」と「ルネサンス」といった政党が同盟を組んで作った法律だ。だが、この法律が示すのは、この手法では袋小路に行き当たるだけだということだ。 この法律でできるのは、生活が不安定な立場にある人に怒りをぶつけて気分を晴らすことだけだ。家具付き物件の賃貸契約期間の短縮化や強制退去の迅速化などは、すべての借家人の権利を弱めることにつながる。そんなことをしても、数千万人の居住環境が劣悪で、断熱性が低いという問題は解決されない。 この問題こそ、国民連合と闘うチャンスなのだ。しかも、この問題なら、国民連合が掲げる綱領の弱点や一貫性の欠如を突けるので、闘う価値も充分にある。 国民連合が社会的な政党に変貌を遂げたというのは、まやかしである。この政党は、根本の部分では経済的自由主義にどっぷり浸かっている。それはこの政党が不動産富裕税の撤廃を訴えていることからもわかる。この政党の創立者ジャン=マリー・ル・ペンが1980年代に所得税撤廃を訴えていた頃から変わっていないのだ。 そろそろ政治に関する議論では、アイデンティティーへの固執から離れ、議論の中心に社会や経済の問題を据え直すべきだろう。

Thomas Piketty From Le Monde

 

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