台湾立法院長にケンカ上等の親中派・韓国瑜、議員外交も警察権も掌握(JBpress) - Yahoo!ニュース

台湾立法院長にケンカ上等の親中派・韓国瑜、議員外交も警察権も掌握

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台湾の立法院長に当選した野党・国民党の韓国瑜氏(写真:ロイター/アフロ)

 1月13日の台湾立法委員選挙で選出された立法委員たちによる新立法院長選挙が2月1日に実施された。結果からいえば立法委員113人中、54票を得た国民党の元高雄市長の韓国瑜が新立法院長、元国民党主席の江啓臣が副院長に選出された。  立法院長選挙史上、議会の過半数の支持を得ていない院長の当選は初めて。しかも、韓国瑜はいろいろといわく付きの人物である。  韓国瑜立法院長率いる立法院と5月に発足する頼清徳政権との間にどのような問題が発生しうるか、考察してみたい。  (福島香織:ジャーナリスト)

 

  【写真】親中派・韓国瑜の台湾立法院長当選に反対するデモ

 

 立法院長選挙に出馬したのは、野党・国民党からは韓国瑜、与党・民進党からは現職・游錫堃、そして第3党でキャスティングボートを握る民衆党からは立法院長選挙直前に黄珊珊(元台北副市長)が出馬することが発表された。  立法院113議席のうち第1党は国民党で52議席、第2党は与党民進党で51議席、民衆党は8議席、無所属2議席。第1回目の選挙では、それぞれ立法委員が所属する党に投票したほか、無所属の2人が韓国瑜に投票したので韓国瑜が54票、游錫堃が51票、黄珊珊が7票で、いずれも過半数を取れないために得票1位、2位による決戦投票が行われた。ちなみに黄珊珊が8票ではなく7票となったのは、民衆党の陳昭姿立法委員の投票用紙が、インクで汚れたことで無効票となったからだ。  2回目の投票は民衆党立法委員全員が棄権し、結局、韓国瑜が54票で当選した。民衆党の投票棄権は、結果的に韓国瑜を選んだことになるが、民衆党として韓国瑜という人選に積極的でない、という意志表示でもあろう。同時に民進党と民衆党の関係の悪化を印象付ける立法院長選挙ともなった。  というのも立法院長選挙直後、民進党スポークスマンの呉崢がフェイスブックで、民衆党の柯文哲から黄珊珊を立法院長に当選させるよう民進党に協力依頼があったことを「暴露」したからだ。柯文哲はこれを否定している。  呉崢によれば、第1回投票で民進党51票分が黄珊珊に入れば、黄珊珊が過半数票をとって立法院院長に決まる。その代わり副院長選挙では民衆党票は民進党の現職の副院長の蔡其昌に入れる、という条件が提案されたという。柯文哲は医師界のキーパーソンに選挙前日の1月31日を電話し、この件を相談し、民進党サイドに間接的に打診してきたが、民進党側はそれを断り、游錫堃への投票支持を民衆党に求めたという。それならば副院長選挙では民衆党の推薦した人物を選ぶ、と。  柯文哲はこれを悪質なデマだとして、呉崢とこれを事実として報じたメディアに対し、民事賠償訴訟で訴える、と言い出している。呉崢は、これに対し、事実であるとして訴訟を受けて立つ、という構えだ。

 

 

 

■ 対立深める民進党と民衆党  事実がどのようなものか、いずれにしろ、立法院選挙直前に民進党と民衆党の間でなんらかの協力の相談があり、それが決裂した気配はある。黄珊珊と立法院民進党元主席の卓栄泰が1月25日の段階で、共通の友人の仲介で面談し、「3つのモデル」について話し合ったということを2月5日、卓栄泰自身が明らかにしている。  卓栄泰は黄珊珊に(1)游錫堃・蔡其昌、(2)游錫堃・民衆党の推薦人というモデルを提示したのちに、(3)游錫堃・江啓臣という民進党・国民党協力の可能性にふれて、民衆党としては(3)も支持できるのか、尋ねたという。黄珊珊は民衆党に持ち帰って検討すると答えたという。この件と柯文哲が医師界を介して黄珊珊の立法院長当選への協力を民進党に打診したかは直接関係ない、とするものの、水面下の民進党と民衆党のやり取りが表面化して、その分裂、対立が悪化したことは間違いない。  こうした状況で、史上最も人気のない立法院長、韓国瑜がどのような国会運営を行うかは、台湾有権者ならずとも国際社会も関心を寄せるところだ。なぜなら、台湾の立法院長の影響力は、日本の国会議長よりもずっと強い。  まず台湾の立法院長の仕事を改めて整理しておきたい。  立法院長の仕事は、いわずもがな国会の議長。立法案の審議の議長であり、個人の党籍に関係なく、党派を超えて公正中立に意見対立を調整する役割がある。立法案などの審議に難航して、採決時の票数が同じになった時、最後の1票を投じて決定権を持つのは立法院長だ。  このほか、原則毎週水曜日に行われる立法委員の党団協商会議(所属党グループ幹部や異なる意見を持つ議員を招集し協議する会議)の招集責任、そして議長も務める。法案の審議日程、プロセス、成立までのスピードを調整、掌握し、意見の対立が激しく紛糾すれば、それを落としどころに導く手腕が問われることになる。

 

 

 

 

■ 「ケンカ上等」、かつて陳水扁の頭をかち割った  台湾の立法院は、いまでこそかなり落ち着いたが、かつては典型的なケンカ国会で、紛糾すれば立法委員同士の殴り合いまでおきるほど議論が過熱することがしばしばあった。  若かりしころの韓国瑜は口よりもすぐ手足がでるケンカ上等議員の典型で、1993年5月の退役軍人福祉予算に関する審議で、当時の民進党立法委員の陳水扁と口論になりテーブルで陳水扁の頭を殴り、病院送りにした事件は有名だ。そんなケンカ議員で名をはせた韓国瑜が今は立法院長となって、中立の立場で冷静公正にケンカにならないように議会を調整する立場になるとは隔世の感ではないか。  また、台湾の立法院長で重要なのは議員外交である。台湾は正式に外交を結ぶ国家は12カ国と極めて少ない。その12カ国もおそらくは今後さらに減っていくことになろう。代わりに正式に国交はないが台湾に友好的な米国や日本、欧州連合(EU)各国とはいわゆる議員外交が政府同士の重要な外交ルートとなる。外国の議員外交の窓口も、また外国での正式な外交儀礼に台湾政府の代わりに出席するのも立法院長だ。  韓国瑜は親中派で知られている。2017年に国民党主席選挙に立候補して、5.8%ほどの得票率で見事落選しているが、そのとき掲げていた主張は中華民国憲法を改正して「一国(中華民国)二地区(台湾地区・大陸地区)」を明文化すべきだというものだった。また2018年に高雄市長選挙に臨んだとき、空前の韓国瑜ブームを巻き起こし、地方統一選挙(九合一)の国民党圧勝を導いた現象について、中国が仕掛けたインターネットを使った世論誘導戦の成功例といわれている。  韓国瑜は民進党の牙城とされた高雄市長選で歴史に残る圧勝で当選。2019年3月には高雄市長として企業家らを引き連れ「経済の旅」と称して香港、マカオ、福建、広東などを歴訪し、香港では中国の出先機関の中央政府駐香港連絡弁公室(中聯弁)の王志民主任、林鄭月娥(キャリー・ラム)香港行政長官らと会談。また国務院台湾事務弁公室の劉結一主任とも会談している。  中国側はこの時4年間で計52億ニュー台湾ドル規模となる農水産物輸出意向書を締結し、韓国瑜は香港について「一国二制度の成功を見た」と発言した、と中国側メディアは報じている(韓国瑜自身は否認)。この年の6月以降、香港では市民による中国共産党支配への抵抗ともいえる反送中デモが燃え上がり、一国二制度の失敗を国際社会ははっきりと認識するわけだが、2020年総統選の国民党立候補として有力視されていた韓国瑜は、このデモについてのメディアにコメントをもとめられて「よくわからない」と答えたのだった。これは韓国瑜の中国への忖度ぶりを印象付けることにもなった。  結果として韓国瑜は親中派で香港の民主と自由と法治の危機になんら関心のない、危うい人物という印象がまさり、2020年の総統選で惨敗。その年の6月に高雄市民から、市長としての無責任さを非難され、リコールを突き付けられ、高雄市長選の得票率より高いリコール住民投票の得票率で高雄市長が罷免された。

 

 

 

■ 中国に恥も外聞もなく忖度  このように韓国瑜は口では一国二制度に反対だとは言っているもの、高雄市長の身分で一国二制度の象徴の中聯弁を訪問し、中国に対し恥も外聞もなく忖度してみせる政治家であるとの印象がある。そんな韓国瑜が立法院長として議員外交をつかさどるとすれば何が起きるのか。  たとえば米国や日本やEUやその他先進国の議員団の訪台を、中国に忖度してなんとか理由をつけて避けようとするかもしれない。あるいは、地方の首長や国民党立法委員らを引き連れて再び香港の中聯弁や中国を訪問しようとするかもしれない。  頼清徳副総統は、総統・立法委員選挙戦の運動の中で、韓国瑜が立法院長になった場合に県市長団を引き連れて香港の中聯弁を訪問する可能性に言及し、危機感を訴えた。この頼清徳発言についてメディアが韓国瑜立法院長にコメントを求めたとき、「頼清徳さんは心配しすぎだ」と答えていたが、米国はじめ西側メディアや識者の中には、韓国瑜立法院長の存在が、西側民主主義国との議員外交にマイナス影響を与え、独自で中国との接近を図ることへの懸念を抱く者もいる。  さらにもう一つ、立法院長の大きな権限は警察権だ。立法院長は立法院秩序を維持するために一部警察権を持つ。台湾政治史において最も警察権を濫用したのは、1989年の野党の合法化後、戒厳令解除後初の改選が行われた第1期立法委員による立法院において院長となった国民党の梁粛戎(1990年2月~1991年12月)だ。在任中の1年10カ月の間に4回、警察権を発動した。  当時、野党民進党は21議席、与党国民党は72議席。圧倒的与党支配の立法院で体を張って抵抗する野党立法委員を制圧するために、議場に警衛人員(警察)を入れた。

■ 約束を破る常習犯  だが、李登輝によって第1期立法委員が解散させられ、第2期から台湾における選挙で選出された立法委員だけで立法院が構成されるようになり、立法院が徐々に成熟していくにつれ、立法院長の警察権発動はなくなっていった。  万年立法院長と呼ばれ17年間も立法院長を務めた王金平は一度も警察権を発動していない。2014年3月に学生たちが立法院を占拠したひまわり学生運動が発生したとき、立法院秩序を守るために当時の王金平立法院長が警察権を発動するのではないか、と注目されたが、王金平は国会は話し合う場所であるとして、警察の介入を拒否し、学生たちとの交渉により立法院秩序を取り戻した。  もし韓国瑜立法院長時代に、再びひまわり学生運動のような事件が発生したときに警察権を発動しないであろうか。この点も台湾メディアが韓国瑜に質問して、韓国瑜は「警察権を使うことはないだろう」と回答している。だが、韓国瑜はこれまでたびたび発言や約束を反故にし、そのために高雄市長をリコールされたのではなかったか。  台湾総統選挙・立法委員選挙は、中国の介入・干渉に打ち勝ち台湾有権者の民意が反映された民主主義の勝利を象徴するもので、総統に当選した頼清徳は党派を超えた協力を呼び掛けていた。だが立法院長選挙によって、党派の対立がますます深刻化し、いかにも議会のまとめ役には不向きそうな親中派の立法院長の誕生は、台湾政治のみならず国際社会の民主主義陣営にとっても大きな不確実要素となりそうだ。  福島 香織(ふくしま・かおり):ジャーナリスト 大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所、2023)、『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房、2023)など。

福島 香織

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