共和党の指名候補争いを独走するトランプを後押しする不安定なラテンアメリカ(JBpress) - Yahoo!ニュース

 

共和党の指名候補争いを独走するトランプを後押しする不安定なラテンアメリカ

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指名候補争いをリードするトランプ前大統領(写真:ロイター=共同)

 

 11月の米大統領選を戦う共和党の候補者争いは、トランプ前大統領がニッキー・ヘイリー元国連大使をリードしている。  ニューハンプシャー州予備選でもトランプ氏が勝利。3月のスーパーチューズデーを前に、大勢が決しつつある状況だ。  そんなトランプ支持の背景に、ラテンアメリカ諸国からの移民の存在がある。どういうことなのだろうか。  (山中 俊之:著述家/国際公共政策博士)

 

  【実際の写真】アメリカ・メキシコ国境のリオグランデ川を渡る不法移民

 

 「いつか来た道だ」  米国の、そして世界の多くの人が実感していることだろう。トランプ氏の米共和党予備選挙の緒戦での圧勝のことだ。  第1戦となったアイオワ州では、トランプ氏が過半数の支持を得て他の候補者を打倒した。一時はトランプ氏の好敵手と考えられたデサンティス氏は予備選撤退に追い込まれている。第2戦となったニューハンプシャー州でも、ヘイリー元国連大使を寄せ付けなかった。  多くの事前の世論調査で、トランプ氏の共和党予備選挙での圧勝は予測されていたものの、予備選挙の現実の結果を目の当たりにして、8年前の悪夢を現実のものとして思い出した人も多いことだろう。  このままの流れで行くと、大統領選挙の本選挙は、バイデン氏とトランプ氏の現職と前職の大統領による戦いになる可能性が高い。  そうなれば、秋にはバイデン・トランプ両氏の討論会(ディベート)が開催される。

 

  これまで共和党予備選挙のディベートに欠席していたトランプ氏であるが、さすがに本選挙のディベートには出席するに違いない。現職バイデン氏を舌鋒厳しく批判するネタに事欠かないからだ。

 

■ 討論会でトランプ氏が開口一番、言うであろう言葉

 

  その討論会で、トランプ氏は、開口一番、

あなたの移民政策が米国社会を破壊させた」

「私なら不法移民を追い返して、米国をもう一度偉大な国にする」と発言するのではないか。

 

  大統領選挙における最大の政策テーマの一つが移民問題になることは、多くの調査が示している。  移民というと、「どこか別世界の話」と考える日本人も多いかもしれないが、移民問題は、米国政治において何よりもホットな話題だ。  実は、この移民問題に大きな影響持っているのが、メキシコをはじめとするラテンアメリカの国々だ。  「ラテンアメリカからの移民は今に始まったわけではない。別に目新しくない」という声もあるであろう。  しかし、これまでとは違った状況が生まれており、大統領選挙への影響は甚大だ。

 

  第一に、各種報道によると、不法移民の数は2023年には史上最高人数に達する見込みだからだ。

 

 

 

■ 危険を冒して国境を越える不法移民が史上最大に

 

  2021年頃から、中米などラテンアメリカ諸国からメキシコを経由して米国への入国を目指すキャラバンが大きく増えた。CNNなどのメディアは、大人数のキャラバン隊が米国を目指して移動している状況を航空機から報道することも多い。  川の中、子供を背負って川を渡る姿など、危険を冒して入国する写真を掲載するメディアもある。  毎月20万人を超えるペースで不法移民がメキシコと米国の国境を越えている。年間の不法移民の数は、例えば、人口250万人の京都府の人口に迫る。  人口が3億人を超える米国でも、200万人以上の不法移民が毎年メキシコ国境を越えて入国すれば、住居や職業などについての対応を求められるため、極めて大きな社会的負担となる。  さすがのバイデン大統領も、2023年10月に、32キロに及ぶ国境の壁の建設の再開を表明した。トランプ前大統領の政策を踏襲せざるを得なかったわけだ。トランプ氏にとっては、「それみたことか」という思いだろう。  この数の他に、北部カナダなどからの不法移民や入管手続きを経て合法的に入国する移民も多数にのぼることも知っておきたい。

 

  第二に、不法移民の出身国が多様になってきていることも挙げられる。

 

■ ラテンアメリカ経由で米国に来るロシア人と中国人

 

  メキシコ国境を越える不法移民の中に、これまでの中米諸国に加え、ロシア、中国、トルコなどからの不法移民が急激に増えているため、移民キャンプでの通訳もスペイン語だけでは足りず多言語化しているという(2023年1月20日付「Economist」)。  例えば、中国人の不法移民はビザなく入国できる中米ニカラグアにいったん入国し、その後コロンビアやパナマなどを経て、ジャングルを命がけで米国に至ることも多い(同「Economist」)。  これらロシア、中国、トルコからの出身者の中には、政治的迫害を逃れる難民申請目的の人も多く含まれることであろう。

 

  米中対立、米露対立が国際政治の大きな基軸になっているが、国民レベルで見ると、政治的迫害等を逃れるために「自由の国」米国を目指す中国人、ロシア人の不法移民の数は急増している。  これらをつないでいるのは、比較的中露との関係が良好なラテンアメリカの国々だ。

 

  第三に、従来は欧州に向かうことが多かったアフリカからの移民も、ラテンアメリカ経由で米国を目指す例が増えている。

 

 

■ トランプ氏当選に寄与するラテンアメリカ

 

  EU(欧州連合)がアフリカからの移民をより強く規制するようになったため、米国を目指す例も増えている(2024年1月5日付「New York Times」)。これら移民は、ラテンアメリカ経由で、空路で米国入りすることも多い。  例えば、ニカラグアの空港では、数が多いためアフリカからの移民・難民志望者をメキシコ行きの飛行機にグループとして誘導することもあるという。

 

  アフガニスタンからの移民や難民も、ラテンアメリカを経由して米国を目指すことがあるという。  米国と陸路でつながり、かつ移民・難民を世界から比較的容易に受け入れるラテンアメリカの存在がトランプ氏当選に大きく寄与している。  ラテンアメリカの政治は、「swing」と言われるほど、多くの国で左派と右派の間を揺れ動いてきた。  所得格差の大きさや麻薬などを扱う違法組織・ゲリラの存在などが、既得権益に対して厳しい意見で国民の人気を得ようとするポピュリスト政治家を生んできた。ポピュリスト政治家は、右派の場合もあれば左派の場合もあるのだ。

 

  政治が大きく揺れ動くということは、それだけ不安定ということになる。この不安定さや貧しさも、世界からの移民に加え、ラテンアメリカ各国の国民を米国に向かわせる要因になっている。  長らくアメリカの裏庭と言われたラテンアメリカは、米国から操られる存在とみられてきた。しかし、今ではラテンアメリカが、移民という存在を通じて米国政治を揺るがす時代に変貌している。

 

 

  山中俊之(やまなか・としゆき) 著述家/芸術文化観光専門職大学教授

  1968年兵庫県西宮市生まれ。東京大学法学部卒業後、1990年外務省入省。エジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任。対中東外交、地球環境問題などを担当する。首相通訳(アラビア語)や国連総会を経験。外務省を退職し、2000年、日本総合研究所入社。2009年、稲盛和夫氏よりイナモリフェローに選出され、アメリカ・CSIS(戦略国際問題研究所)にて、グローバルリーダーシップの研鑽を積む。  2010年、企業・行政の経営幹部育成を目的としたグローバルダイナミクスを設立。累計で世界96カ国を訪問し、先端企業から貧民街・農村、博物館・美術館を徹底視察。ケンブリッジ大学大学院修士(開発学)。高野山大学大学院修士(仏教思想・比較宗教学)。ビジネス・ブレークスルー大学大学院MBA、大阪大学大学院国際公共政策博士。京都芸術大学学士。コウノトリで有名な兵庫県但馬の地を拠点に、自然との共生、多文化共生の視点からの新たな地球文明のあり方を思索している。五感を満たす風光明媚な街・香美町(兵庫県)観光大使。神戸情報大学院大学教授兼任。  著書に『世界94カ国で学んだ元外交官が教える ビジネスエリートの必須教養 世界5大宗教入門』(ダイヤモンド社)。近著は『世界96カ国をまわった元外交官が教える 外国人にささる日本史12のツボ』(朝日新聞出版)。

山中 俊之

 

 

 

 

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