「徴用工問題とフクシマ」最強の反日案件でも、尹大統領が“ちゃぶ台返し”をしなかったワケ《韓国駐在40年の記者が分析》(文春オンライン) - Yahoo!ニュース

 

「徴用工問題とフクシマ」最強の反日案件でも、尹大統領が“ちゃぶ台返し”をしなかったワケ《韓国駐在40年の記者が分析》

配信

文春オンライン

4月に総選挙を控えた韓国では、尹錫悦大統領が“脱・反日”政策を推進している。「第二の国交正常化」ともいえる現政権の動きを信じて良いのか。ソウル駐在40年のベテラン記者が分析した。

 

  【画像】銀座を訪れた韓国・尹大統領と金建希大統領夫人 ◆◆◆

歴史問題はもういい」という過去離れ宣言

尹錫悦大統領の真意とは? ©時事通信社

 慰安婦問題やら徴用工問題やらあれだけ騒がしかった日韓関係が、突然の好転で静かになってしまった。ひとえに韓国での尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権登場のお蔭である。新政権スタートから約1年半、尹大統領の予想外で大胆な対日接近策が日韓関係を一気に改善させた。  日韓の両首脳はこの1年間で計7回も会っている。文在寅前政権時代とは打って変わっての緊密さだ。こうした尹大統領の決断とその後の日韓の緊密ぶりについて韓国のさる知日派学者は「これは第二の日韓国交正常化だ!」と評している。いい得て妙である。  尹大統領の対日姿勢は、端的にいって「歴史問題はもういい」という過去離れ宣言である。韓国の反日は過去、日本に支配されたという歴史に由来する被害者意識が背景だから、過去(歴史)離れとは脱・反日である。これは韓国の対日感情の大転換を意味する。だから「第二の国交正常化」なのだ。この大胆な決断は果たして韓国社会に受け入れられ、定着するのか? あるいは将来、われわれ日本サイドが気になる、いわゆる“ちゃぶ台返し”は無いのか?  歴史を振り返れば日韓は、1945年8月の日本の敗戦と韓国からの撤収後、20年もの間、国交がなかった。1965年にやっと国交正常化にもっていったのは、クーデターで政権を握った軍人出身の朴正熙大統領だった。経済建設への強い思いに、米国の要請(圧力?)が加わった“救国の決断”だった。  しかし当時の世論は朴政権を「屈辱外交」「売国外交」などといって激しく非難した。今回、徴用工問題の解決策など尹錫悦大統領の対日外交もまた、野党陣営など反対派からは「屈辱外交」「売国外交」と猛烈に非難されている。  尹大統領の決断の背景には今回も日米韓三国の関係強化を願う米国の意向があった。日韓関係の取りなし、改善ではしばしば見られるパターンである。日韓関係の劇的改善に関連して米国発でこんなエピソードがあった。  米国の「J・F・ケネディ財団」が恒例の2023年度「勇気ある人びと賞」の特別国際賞に尹大統領と岸田文雄首相を選んだというのだ。財団の発表(9月19日)によると両首脳が「過去にとらわれず希望に満ちた未来を選択した」ことを高く評価した結果という。  このニュースに接して金大中大統領が2000年に受賞したノーベル平和賞を思い出した。その受賞は、北朝鮮の金正日総書記との初の南北首脳会談実現による南北緊張緩和が主な理由だったが、同時に日本との和解・関係改善も理由に挙げられていた。1998年の小渕恵三首相との日韓共同宣言など対日和解策が受賞理由に加わっていたのだ。

 

  こう見てくると、今回の尹大統領と岸田首相による日韓関係改善はノーベル平和賞級といっていいかもしれない。何を大げさな、と思われるかもしれないが、国際的にはそんな発想も可能なのだ。

 

  前述のように今回の“日韓和解”には米国が一役買っていた。バイデン米大統領が2023年8月に日韓両首脳を大統領別荘のキャンプデービッドに招いたのはそのためだ。キャンプデービッドはこれまでもしばしば、国際的対立や紛争にかかわる和解や平和外交の舞台になっている。バイデン大統領は外交的手柄としてキャンプデービッドでの日韓和解を国際的に誇示したというわけだ。

 

 

意外に下がらなかった支持率

 ところで今回の尹大統領の決断の象徴は、長年、日韓を悩ませ続けた徴用工問題の解決だった。過去の支配・被支配にかかわる個人補償問題の処理である。それを「日本に過去はもう問わない」との方針から韓国側で処理することにした。日韓国交正常化の際の協定(条約)で個人補償は解決済みとする、かねての日本側の主張を受け入れたのだ。  被害者史観というか、被害者中心主義というか、日本はいつも非難と要求の対象と思っている韓国世論にとって、これは驚きの決断である。政治指導者にとっては大きな政治的リスクである。尹大統領はそこを果敢に踏み切った。韓国における通念を打ち破る大胆きわまる対日外交に「周辺はついていくのが大変だった」(政界筋)と伝えられている。  もう一つの決断の象徴はフクシマ処理水放出問題だ。世論調査では放出に反対が圧倒的という国民感情を押し切って、科学的根拠を理由に日本の立場を容認し、日本への協力姿勢を明確にしたのだ。  こうした過去と現在にかかわる日本への譲歩(韓国世論にはそう見える)は、過去の政権にはなかった大胆な対日融和姿勢である。尹政権はそれを“対日包容外交”といっているが、野党陣営や批判派から「屈辱外交」「売国外交」といった非難の声が上がったのも不思議ではない。  尹政権の低い支持率については日本でも憂慮と懸念の声がよく聞かれる。ほとんどの世論調査が30%台で終始しているからだ。大統領選での得票率48.6%と大きな差があるのだから確かに高くない。対日接近外交への不満、批判の反映だろうか。  しかしこの支持率について筆者は「意外に下がらなかった」との見方をしている。  韓国では「親日的」とか「親日派」という言葉は今なお相当な否定語である。日本統治時代(韓国併合時代)の売国的対日協力とか民族的裏切りの意味が込められているので、とくに政治的には致命的な非難、マイナス用語になっている。そこで尹錫悦大統領の対日外交は「親日外交!」として非難、罵倒され、野党陣営が展開する尹政権打倒の集会・デモでは「親日逆賊・尹錫悦!」をはじめ「親日糾弾!」のスローガンがあふれている。  尹政権の外交は本来の意味では親日外交である。ところが韓国では親米、親中、親北は「親しくする」という意味で普通に使われているのに親日だけは使えない。尹大統領は本来の意味でまさしく「親日外交」を展開しているのだが、ここでそう書けないのはつらい。韓国側で誤解されてはまずいからだ。  したがって「親日逆賊!」などと非難、罵倒されるほどの大胆な対日接近外交だから支持率のダウンは避けられない。韓国人の日ごろの対日意識(反日感情)や野党・批判勢力の反日キャンペーンを考えれば、支持率はもっと下がってもおかしくない。にもかかわらず30%台を維持して下がらなかったという点にむしろ注目すべきなのだ。  思い出すのは、同じ保守系の李明博政権(2008-13年)が政権スタート直後に経験した支持率急落だ。李明博大統領は米国産輸入牛肉をめぐる“狂牛病騒ぎ”で激烈な反米・反政府デモに見舞われ、危機に陥った。大統領就任時は70%以上の支持率だったのが、わずか3カ月後に20%前後にまで急落している。  今回は韓国政治で最も危うい反日(いや親日疑惑?)問題である。支持率はドーンと落ちてもおかしくない。にもかかわらずそうならなかったというのは、韓国社会の変化の兆しかもしれない。

 

 

 

メディアも扇動を手控えた

「徴用工問題とフクシマ」という最強(!)の反日案件が、結果的には筆者の予想、あるいは野党勢力の期待に反し支持率に大きな影響を与えなかったということになるが、これはなぜか。案件の推移を振り返っておく。 「徴用工問題」についていえば、またまた歴史がらみということで世論に“反日疲れ”があった。長年の慰安婦問題で“ウンザリ感”が広がっていたところに、慰安婦問題ほどには大衆的でなく、社会的同情を刺激する要素は少ないとあって関心度は落ちる。  それに若い世代を中心に近年、韓国でも“歴史離れ”が見られる。日本への譲歩あるいは妥協があっても、それほど大衆的反発にはつながらなかったということかもしれない。  もう一つの「フクシマ」は歴史とは無関係で環境と健康にかかわる問題である。ただ本来的には日韓問題ではないけれど、相手が中国やロシア、北朝鮮などと違って特別な感情を抱く“接近感”のある日本であるため、反対論をはじめ関心は強い。  そこで野党陣営など反政府勢力は尹錫悦政権非難に「これは使える」と飛びついた。尹政権のフクシマにかかわる対日容認策を親日・売国だとして反日キャンペーンに乗り出した。フクシマへの不安・恐怖と日本非難をあおれば、世論は尹政権批判に向かうと計算したからだ。  しかし「フクシマ核汚染水によってわが国の沿岸漁業は壊滅する」などといった無数のフェイクニュース(虚偽情報)まで垂れ流して世論を扇動したにもかかわらず、世論はそれほど動かなかった。  韓国では本来、反日案件では与野党はもちろんメディアも知識人も世論も一致し異論は出ない。ところがフクシマでは国論が分裂したのだ。政府・与党はともかく、メディアや学者・知識人からも日本の立場を容認・支持する声が公然と出されたのだ。日本問題でこんな分裂は珍しい。  フクシマをめぐる日本に対する支持・容認論の理由は日韓関係あるいは民族感情とは関係なく、ひたすら科学的根拠と国際的基準だった。とくにこれまで日本批判(反日)を売りにしてきた韓国メディアで、今回は最有力紙・朝鮮日報が早くから「処理水放出は科学的に問題無い」という容認キャンペーンを展開するなど、変化があった。  メディアの大勢が珍しく反日扇動を手控えたのだ。「感情か科学か」で科学を選択したからだ。1970年代から現地でメディアの動向をウオッチングしているが、この変化は異例である。  その結果、野党陣営が騒ぎ立てた韓国漁業壊滅論は、逆に漁民はじめ水産業界の不興を買った。野党などの恐怖扇動が、処理水放出前だったにもかかわらず、たちまち魚の消費減という風評被害を招いたのだ。もちろん世論調査的には依然、フクシマに不安と懸念の声は残っているが、これは日本国内における不安や懸念と同じであって、いわゆる反日とは別である。

 

 

 

まさに「第二の国交正常化」

 こうして尹錫悦政権下で「徴用工問題とフクシマ」という二大反日案件はヤマを越したのだが、ここで対日政策を変える決断にいたった尹大統領の対日観をさぐってみる。  尹大統領は就任(2022年5月)以来、日本については過去の歴史には触れることなく「共に力を合わせて進むべき隣人」(2022年八・一五光復節記念演説)と“過去離れ”の発言を繰り返してきた。言い換えれば“脱・反日宣言”である。尹政権は史上初めての脱・反日政権といっていいだろう。  その決断について尹大統領は、2023年3月の最初の日本訪問から帰国した直後、閣議でこう説明している。 「日本はすでに歴史問題で反省と謝罪を繰り返している。しかし韓国社会には排他的民族主義と反日を叫んで政治的利益を得ようとする勢力が存在する。自分が敵対的民族主義や反日感情を刺激し、それを政治的に利用すれば大統領としての責務を放棄したことになると考える。われわれがまず障害物を取り除けば、日本も必ず呼応してくれる」 ◆ 本記事の全文は、「文藝春秋」2024年2月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています(黒田勝弘「 『韓国の親分』尹錫悦大統領の勇気 」)。

黒田 勝弘/文藝春秋 2024年2月号

 

 

【関連記事】