航空機事故「責任は誰にある?」非難や憶測が無意味な理由 ブラックボックス解析で見えてくる意外な事実(東洋経済オンライン) - Yahoo!ニュース

航空機事故「責任は誰にある?」非難や憶測が無意味な理由 ブラックボックス解析で見えてくる意外な事実

配信

 

 

 

憶測だけでは到底、事故が起きた本当の原因は分かりません(写真:liyri/PIXTA)

 

1月2日に発生したJAL機と海上保安庁機の衝突炎上事故のあと、SNS上で話題になり、多くの人が手にしたのが、2016年に発刊されたマシュー・サイド著『失敗の科学』です。

 

  【写真で見る】航空機の事故調査報告書を見たいときは

 

さまざまな業界で起きた事故の事例を検証しつつ、航空業界がいかに過去の事故や失敗から学び、事故を未然に防いでいるかについて述べられた一冊で、多くの読者から改めてその内容に共感の声があがっています。 同書から一部を抜粋、編集し、4回にわたってそのエッセンスをお伝えしています。3回目となる今回は悲劇的な事故のあと、ブラックボックスの解析で明らかになった事実が、その後の対策につながった事例をご紹介します。

1回目:羽田事故のあと話題『失敗の科学』が伝えること 2回目:「航空業界の失敗から学ぶ姿勢が導いた「奇跡」 ■謎に包まれた民間機銃撃事件  1973年2月初旬。イスラエルとエジプト・シリア・ヨルダンをはじめとする中東アラブ諸国は一触即発状態にあった。そんな中、イスラエルにとある情報が舞い込んだ。  「アラブのテロリストが民間旅客機のハイジャック計画を立てている。テルアビブなど人口の多い都市部か、南部ディモナの核施設に墜落させる目的だ」。イスラエル空軍はすぐさま厳戒態勢を敷いた。

 2月21日、13時54分。イスラエル空軍のレーダーは、スエズ湾上空からイスラエル占領下のシナイ半島上空へ近づく民間旅客機をとらえる。これは敵国エジプト軍の戦闘機がとる進入経路と同じだ。  しかし、単に旅客機が予定の航路から外れているだけの可能性もある。シナイ半島付近では砂嵐で視界不良になることも多い。そこでイスラエル空軍は確認のため、F―4ファントム戦闘機を配備した。  3分後、ファントム戦闘機は旅客機を発見。近づいてみると、リビアン・アラブ航空(現リビア航空)114便であることがわかった。コックピットの窓の向こうにはリビアの操縦士たちの姿が見える。

 

 

 その報告を受けたイスラエル空軍基地の司令官らは、即座に疑念を抱いた。114便の目的地はカイロだ。しかしその航路からは約160km以上も外れている。しかもリビアといえば、国際テロ組織の支援国家でもある。  気がかりなことはまだあった。114便は、エジプト領空のとくに過敏なエリアを飛んできたはずだ。だがエジプト軍のミグ戦闘機による迎撃を一切受けていない。なぜだ?   エジプト軍は高性能の早期警報システムを備え、イスラエルと同様、領空侵犯に対しては厳重な警戒態勢をとっているはずだ。ちょうど数カ月前、エチオピアの民間機が誤って侵入した際は撃ち落としていた。それなのに、なぜ今回は何の対応もとらない? 

 やはりただの民間機ではない、とイスラエル空軍基地の司令官たちは疑念を強めた。きっと敵国エジプトと共謀し、軍事目的で航行しているに違いない。基地内の緊張感は一気に高まった。  イスラエル空軍基地はファントム戦闘機のパイロットに指令を出した。「114便がイスラエルの中心部に到達する前に、シナイ半島のレフィディム(現ビルギフガファ)空軍基地に強制着陸させよ」  ファントム戦闘機のパイロットは、すぐに翼を振って114便に警告の合図を送り、無線で着陸の指示をした。通常なら、114便も翼を振って無線に応えるのが国際的な慣習だ。しかし114便はどちらも行わず、そのままイスラエル上空へと飛行を続けた。

 しかしファントム戦闘機のパイロットには、着陸の指示は間違いなく伝わったという確信があった。戦闘機と114便はほんの数メートルの間隔で並飛行し、戦闘機のパイロットからは、114便のコックピットが見えていた。そこで手振りで「着陸」の合図をすると、旅客機の操縦士が「了解」の合図を送ってきたからだ。それにもかかわらず、旅客機はまだイスラエル上空に向かっている。  14時01分、ファントム戦闘機のパイロットは基地からの指示を受け、114便の機首前方に曳光弾による警告射撃を行った。そこでやっと114便は強制着陸の指示に従い、レフィディム基地に向かって方向転換した。そして5000フィート降下したところでランディング・ギアを降ろした。

 

 

 

 ところがそのあと突然、逃げるように西(エジプトの方向)へ急旋回した。そしてエンジンを加速すると、再び上昇し始めたのである。  イスラエル空軍には、意図がまったく理解できなかった。旅客機の操縦士は、乗客の安全を一番に考えるのが義務だ。その義務を果たすには、ここで着陸する以外にないはずなのに。  ファントム戦闘機のパイロットは、旅客機の窓から客室を覗こうと試みたが、どの窓にも日よけが下りていた。これも妙だ、「敵機」に違いない。イスラエル空軍はほぼ確信した。乗客も十中八九乗っていないだろう。今後の領空侵犯に示しをつけるためにも、強制着陸の指示に従わせなければならない。

 14時08分、ファントム戦闘機は114便の翼の先端を銃撃。しかしそれでもなお114便は従おうとしない。  14時10分、今度は翼の根元部分を銃撃。機体に損傷を負った旅客機は緊急着陸態勢に入り、そのまま下の砂漠に胴体着陸するものと思われた。しかし旅客機の機体はそう簡単に止まらない。結局機体は砂漠を600メートル滑ったのち、砂丘に突っ込み爆発、炎上したのだった。 ■脊髄反射的な犯人探し  のちに判明した事実によれば114便は一般の旅客機で、リビア北東部のベンガジからエジプトのカイロへ向かう途中、誤って航路を外れ、イスラエル領空に迷い込んでいただけだった。乗客は113人。そのうち108名が機体の炎上に巻き込まれて亡くなった。

 この事件の翌日、世界中で激しい抗議が湧き起こった。「非武装の民間機を撃ち落とすなんて、イスラエルはどういうつもりだ!」「あんなにたくさんの罪のない人を殺すなんて、いったい何を考えている!」  非難は、失敗や好ましくない出来事に対する人間のごく一般的な反応と言える。何か間違いが起こると、人はその経緯よりも、「誰の責任か」を追及することに気をとられる傾向がある。我々は、たとえどれだけ複雑な出来事でも、新聞や雑誌の見出しのように単純化してしまうのだ。

 

 

 

 「イスラエル軍が何の罪もない旅行者108人を殺害!」「無責任な旅客機の操縦士が着陸の指示を無視!」  非難は、人間の脳に潜む先入観によって物事を過度に単純化してしまう行為だ。ある意味、講釈の誤りをさらに悪化させたものと言えるかもしれない。非難は我々の学習能力を妨げるばかりでなく、ときには深刻な結果をもたらす。  自分の失敗を隠す「内因」が認知的不協和だとしたら、「外因」とも言えるのが、非難というプレッシャーだ。非難の衝動は、組織内に強力な負のエネルギーを生む。

 何かミスが起こったときに、「担当者の不注意だ!」「怠慢だ!」と真っ先に非難が始まる環境では、誰でも失敗を隠したくなる。しかし、もし「失敗は学習のチャンス」ととらえる組織文化が根付いていれば、非難よりもまず、何が起こったのかを詳しく調査しようという意志が働くだろう。  適切な調査を行えば、ふたつのチャンスがもたらされる。ひとつは貴重な学習のチャンス。失敗から学んで潜在的な問題を解決できれば、組織の進化につながる。

 もうひとつは、オープンな組織文化を構築するチャンス。ミスを犯しても不当に非難されなければ、当事者は自分の偶発的なミスや、それにかかわる重要な情報を進んで報告するようになる。するとさらに進化の勢いは増していく。 ■「世界の複雑さ」を受け入れる  複雑な世界から物事を学ぶには、その複雑さと向き合わなければならない。何でも単純に考えてすぐに誰かを非難するのはやめよう。肝心なのは、問題を深く探って、本当に何が起こったのかを突き止めることだ。その姿勢があれば、隠蔽や自己正当化のない、オープンで誠実な組織文化を構築することができる。

 では114便はなぜファントム戦闘機の警告に従わず飛行を続けたのか?  なぜ逃げるようにエジプトの方向へ旋回したのか?  なぜパイロットは、自分たちはおろか乗客の命まで危険に晒そうとしたのか?   実はこれらの答えはすでに見つかっている。機体の爆発炎上に耐えたブラックボックスが回収されたからだ。これによって適切な調査が行われ、のちにシステムの改善がなされた。  もし感情的な(えてして独善的な)責任のなすり合いで事故を単純に片付けていたら、このような進化は決してもたらされなかっただろう。

 

 

 事件当日、114便はリビア北東部のベンガジから隣国エジプトのカイロへ向かっていた。この日、エジプトでは砂嵐が発生しており、視界が悪化していた。  コックピットの前列左にはフランス人の機長、その後ろには同じくフランス人の航空機関士。副操縦士はリビア人でフランス語が流暢ではなく、機長と航空機関士の会話には参加していない。  実は、このとき114便はすでに航路から60マイル(約100キロメートル)以上外れ、エジプトの軍事施設上空を飛んでいたが、3人ともまったく気づいていなかった。

 本来ならとっくにエジプト軍の警報システムが作動しているはずだ。しかしこの日は砂嵐などシステムに影響する要因がいくつかあり、114便は探知されないまま、イスラエル占領下のシナイ半島上空に差しかかろうとしていた。  やがて航路を外れているのではないかと疑い始めた機長が、航空機関士に対してフランス語で懸念を口にしたが、副操縦士には何も言わなかった。  そして13時52分、カイロ・アプローチ(空港周辺の管制)から空港への進入許可が出た。しかし、空港からの誘導電波が伝える滑走路の位置は、機長が想定していた進入経路とは異なっていた。機長の混乱は高まるばかりだった。

■コックピットからの景色  彼らが機体の位置を確認しようと奮闘する中、予期せぬ事態が起こる。突然、あたりに轟音が鳴り響いたのである。気づいたときには、114便は複数の戦闘機に囲まれていた。  戦闘機の機体には大きく「ダビデの星」(ユダヤ教・ユダヤ民族を象徴する星印)が描かれており、イスラエル軍のファントム戦闘機であることは明らかだ。しかし副操縦士はこれをエジプト軍のミグ戦闘機と誤認した。他の2人にも「ミグ戦闘機が4機後方にいます」と伝えた。

 リビアとエジプトは友好関係にあったことから、114便のクルーはこう考えた。やはり自分たちは航路を逸脱していたのだ。だから味方の戦闘機がカイロ空港まで誘導しようとしてくれているのだろう。  そこで機長はカイロ・アプローチと交信した。「こちらの航路に問題があるようですが、現在4機のミグ戦闘機が後方についてくれています」  ところがそのとき、戦闘機の1機がコックピットのそばを併飛行し始めた。機長が見ると、しきりに何か手振りをしている。どうやら緊急着陸を命令しているようだが、その態度は威圧的だ。いったいどういうことなのか? 

 

 

 

 戦闘機は114便の機首前方に曳光弾を発射した。カイロには民間空港のカイロ・ウェストと、軍用空港のカイロ・イーストの2つがある。114便のクルーは自分たちがカイロ・ウェストを通り過ぎ、カイロ・イースト上空に侵入したため、さっきの強制着陸の指示は、民間空港へ戻れということだったのかもしれない、と考えた。  そこで114便は西へ旋回し、カイロ・ウェストに向かって降下を始めた。そしてランディング・ギアを降ろし、着陸態勢に入った。しかし眼下に見えてきたのは、民間空港のカイロ・ウェストではなかった。

 そこには軍用機や格納庫が並んでいたのである(実はこのとき彼らが着陸しようとしていたのは、カイロから約160キロメートル以上も離れた、イスラエルのレフィディム空軍基地だった)。  なおも混乱が増す中、114便はカイロ・ウェストを目指して上昇し、再び西へ向かった。しかしこの時点で、「ミグ」は114便の翼の先端を銃撃し始めた。  14時09分、機長はカイロ・アプローチに無線連絡した。「我々はあなたの国の戦闘機に銃撃されています」。すると応答があった。「(エジプト軍当局に)すぐに民間機だと伝えます。(中略)ただこちらでは貴機の位置が確認できません」

 しかしカイロ・アプローチが軍に連絡をとっても混乱は増すばかりだった。そもそもこのときエジプト軍は、ミグ戦闘機を一機も空中配備していない。  114便はとうとう翼の根元部分を銃撃され、落下し始めた。このときようやく副操縦士が戦闘機に描かれたダビデの星に気づいた。戦闘機はエジプト軍のミグではなく、イスラエル軍のファントムだった。  114便が航行していたのは、エジプトのカイロ上空ではなく、イスラエル占領下のシナイ半島上空だった。その事実に気づいてさえいれば、114便はレフィディム基地に緊急着陸し、すべて解決していただろう。だが、もう何もかも遅すぎた。

 

 

 

■真実のみが将来の事故を防ぐ

 

  さて、この事故の責任は誰にあるだろう?  民間機を撃ち落としたイスラエル空軍か?  航路を外れて飛行し、ファントム戦闘機の指示を理解できなかったリビアン・アラブ航空のクルーか? 114便が航路から逸脱しているという警告を、もっと早い段階で出せなかったカイロ・アプローチか?  それとも責任は全員にあるのか?

 

   ここでひとつはっきりしているのは、

実際に何が起こったのかを理解する前に、勝手な非難をするのはまったく無意味だということだ。

悲劇の「犯人」を吊るし上げれば、ひとまずの満足は得られるかもしれない。そういう考え方のほうが人生はシンプルだ。

 

 脊髄反射的な関係者叩きは、えてして醜い非難合戦につながる。ビジネス、政治、軍事の世界では、責任のなすりつけ合いは日常茶飯事だ。だが、当の本人には、まったく悪気がないことが多い。みな、本当に相手のせいだと思っている。

 

  どんなミスも、あらゆる角度から検討して初めて、相反する出来事の表と裏を覗き見ることができる。

その過程を経てこそ、問題の真の原因を理解できる。

どんな間違いがあったのか知らないままで、状況を正すことなど不可能だ。

 

 

 114便の事件は詳しく調査され、その結果、

軍隊による民間機への不用意な攻撃を抑止する法整備が行われた。

 

そして1984年5月10日、民間航空機の領空侵犯問題に関わる「シカゴ条約」の

改正議定書が、国際民間航空機関の臨時総会において採択されている。

 

  ブラックボックスの分析が、悲劇の再発防止に貢献した証だ。

進化のための舞台はこうして整った。

マシュー・サイド :コラムニスト、ライター

 

 

【関連記事】