敗者なき結果は民衆の「迷い」か「知恵」か、頼清徳(ライ・チントー)政権誕生の台湾新時代を読み解く(ニューズウィーク日本版) - Yahoo!ニュース

 

敗者なき結果は民衆の「迷い」か「知恵」か、頼清徳(ライ・チントー)政権誕生の台湾新時代を読み解く

配信

ニューズウィーク日本版

総統選を制した民進党だが頼の得票率は約4割にとどまり、立法委員(国会議員)選挙では大幅減となった。「敗者なき」選挙結果は民衆の迷いか知恵か、それとも...

ANNABELLE CHIH/GETTY IMAGES

4年に1度、台湾人は「国」の未来を懸けて一票を投じる。その盛り上がりはアジア、いや、世界有数かもしれない。

 

野嶋 剛(ジャーナリスト、大東文化大学教授)】 

 

【写真特集】台湾の美景を浸食する不条理

 

権威主義体制から民主体制への転換を成功させ、その熱を失わずに総統選挙にエネルギーを投じる様は「民主主義の灯台」とも呼ばれる。 だが、台湾の人々が選挙をこれだけ重視するのは、台湾の「国づくり」がまだ途上にあることを示している。 日本の国境の南に位置し、心の休まる間もなく中国からの圧力にさらされながら「台湾は台湾」としての生き残りを模索する人々は、いかなる「新時代の台湾」を選択するのだろうか。 1月13日朝、台南市の役票所に姿を見せた頼清徳(ライ・チントー)副総統。与党・民主進歩党(民進党)の候補となることが事実上確定したのは、統一地方選敗北の痛手からまだ立ち直っていない昨年1月だった。 それから1年。民進党の政権継続の使命を受け、米大統領選挙並みの長く過酷な選挙キャンペーンを終えた政治家の表情には、ようやく重い荷を降ろした安堵と結果への不安がにじんでいた。 今回、台湾の登録有権者数はおよそ1950万人。投票率は7割前後だった。前回2020年の投票率74.9%に比べると決して高くない。それは、頼と民進党の苦戦の裏返しでもあった。 民進党の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統は20年の総統選挙で記録的圧勝を収めた。そのときに勇んで民進党に投じた若者は、今回は野党に票を入れたり、投票自体に行かなかったりしたとみられる。 その理由は複雑だ。蔡英文8年間の政治をどう評価するかは、台湾の人々も、立場や年齢層、出身地によってさまざまだ。 新型コロナ対策での見事な振る舞い。半導体産業の振興。アメリカや日本など西側社会との関係強化。これらを高く評価する声も多い。 一方、若者たちは蔡が成し遂げた「国際社会で尊敬される台湾」以上に、8年を与えても「就職難・低賃金・地価高騰」を解決できなかったことを恨んでいる。 選挙戦の中で、中国国民党(国民党)と台湾民衆党(民衆党)の両野党が唱えた「下架民進党(民進党を引きずり降ろせ)」というスローガンが広く浸透した。 ただ、国民党候補の侯友宜(ホウ・ヨウイー)新北市長、民衆党候補の柯文哲(コー・ウェンチョー)前台北市長の追い上げも及ばなかった。

 

 21世紀になって、台湾では同じ政党が3期続けて総統ポストを保持した前例はない。

その意味では紛れもなく民進党の勝利である。

 しかし、頼の得票率は約4割にとどまり、「逃げ切り」や「辛勝」と総括するしかない。

 

 

 

頼の厳しい船出

追い上げるも及ばなかった国民党候補の侯友宜 ANN WANGーREUTERS

【中国は主要な争点にならず】 今後、頼の船出はかなり厳しいものになるだろう。それは同日に行われた立法委員(国会議員)選挙の結果からも明らかだ。 民進党は現有議席の62を大幅に減らして50議席程度にとどまりそうだ。 国民党は現有議席の38を大きく増やして50議席を超え、国会第1党の地位をつかむかもしれない。ただ定数113議席の過半数となる57議席には達しない。 第3勢力の民衆党は現有議席の5から数議席伸ばす。民進党は、蔡総統時代の「完全執政」、つまり総統と立法院の両方を握ることを断念することになる。 立法委員選での民進党の大きな後退は、総統選での苦戦と深くつながっている。 「台湾は台湾」という世論が主流になる台湾社会において、台湾の主体性を掲げて中国と距離を置こうとする台湾ナショナリズムを掲げる民進党は、基本的に選挙において有利なポジションにある。 20年の総統選でも、19年の香港のデモの鎮圧が影響を及ぼし、香港の苦境から「台湾の将来」を不安視する人々の思いが追い風になった。 だが、今回の選挙で議論が集中した争点は「中国問題」や「台湾の在り方」ではなかった。 民進党議員の不祥事、女性スキャンダル、脱原発政策をめぐる混乱。22年11月に民進党が惨敗した統一地方選挙同様、「与党のおごり」を野党両党から猛烈に攻撃されてしまったのだ。 選挙戦では頼が精彩を欠く場面を何度も目撃した。 昨年12月下旬の台北市。ある立法委員の応援に駆け付けた頼だったが、演説途中から帰り始める人々が目立った。 演説も盛り上がりに欠け、「無聊(面白くない)」という聴衆のぼやきも聞こえてきた。 頼はもともと血気盛んな青年将校のようなキャラクターで、「実務的な台湾独立主義者」と自称していたが、独立派と認定されることを恐れ、選挙ではそうした主張は完全に封印。 穏健な「蔡英文路線」の踏襲に徹して、安全運転に務めた。理解はできるが、似合わない服を着せられたような窮屈さは否めなかった。 野党の勢いに押され、支持率が伸び悩むことでさらに失言回避の姿勢が強まった。 炭鉱労働者の父親を早くに亡くした貧しい家庭出身である庶民性がある意味で「売り」だったのに、新北市の炭鉱地域にある実家が特権を利用して改築されたのではないかとの疑惑も突き付けられ、釈明に追われた。 選挙戦終盤は、党の支持率以上に人気がある蔡が、見かねて前面に出て選挙運動に入り、辛うじてリードを保って逃げ切った。当選後、頼がかつての「覇気」を取り戻せるかどうか要注目である。 とはいえ民進党は総統のポストを維持できた。台湾に直接投票の総統選挙が導入されて以来、2期を超えて政権担当が続くことは初めてのことだ。 繰り返すが、民進党は敗北したわけではない。

 

 

 

 

民衆党台頭の衝撃

勢力を拡大した民衆党候補の柯文哲 ALEX CHAN TSZ YUKーSOPA IMAGESーSIPA USAーREUTERS

【民衆党台頭が意味するもの】 一方、国民党は立法院の優位を握ることに成功しそうだ。 選挙を主導した朱立倫(チュー・リールン)党主席は続投となるだろう。 立法院には、一部の有権者に圧倒的な人気を有する20年の総統候補、韓国瑜(ハン・クオユィ)前高雄市長が比例代表1位で送り込まれ、「国会議長」に就任する可能性がある。 民衆党も、総統選挙では敗れたとはいえ柯の得票率は3割に迫って予想以上の善戦となり、立法院でも大きく勢力を拡大しそうだ。 初めて総統選・立法委員選の両方に挑んだなかで次につながる結果であった。そして重要なのは、立法院で二大政党を相手取ってキャスチングボートを握れることだ。 今回の民衆党の台頭こそ、台湾政治にとっては大きな衝撃だった。 事実上の柯の個人政党の色彩が強いが、徹底したネット戦略で若者・中間層の心をつかんだ。 カメレオンのようにくるくると言うことが変わる柯は、伝統的な政治的価値観からすれば全く信のおけない人物となる。 ところが、率直で分かりやすいネット言語を使いこなす柯のことを若者たちは「自分たちの救世主」とばかりに熱愛し、最後まで「推し」を変えようとはしなかった。 アメリカのトランプ信奉者を見れば分かるように、今や政治は宗教に近づき、政治家に必要なのは信頼より信仰、なのかもしれない。 詰まるところ、どの政党も完全なる「勝者」ではないが、自分たちを「敗者」とする理由も見当たらない。 その意味では、民進党、国民党、民衆党の三つ巴(どもえ)の争いは今回は決着がつかず、4年後の28年選挙までの「延長戦」となったのである。 台湾の選挙には、実はもう1人、裏のプレーヤーがいるというのが定説だ。言うまでもなく中国である。 台湾統一に執念を燃やす習近平(シー・チンピン)国家主席は今回の結果をどう受け止めているのだろうか。 本稿締め切りとなる13日夜時点で中国からの公式コメントは出ていないが、中南海で習は独り、ほっと胸をなで下ろしているのではないだろうか。 習が12年に着任してから、台湾問題ではいいところがなかった。 14年のひまわり学生運動でサービス貿易協定を台湾にほごにされ、歴史的なトップ会談となった習近平・馬英九(マー・インチウ)の15年の初会談もむなしく、国民党は翌16年の選挙で惨敗。 20年は勝てると思ったが、香港デモの影響で再び蔡に勝利を許し、アメリカはいつの間にか台湾を「半同盟国」であるかのように軍事的関与を強めるようになった。

 

 

 

 

主体性を守る台湾人の知恵か

「台湾解放」をレガシーとしたいと目される習にとっては屈辱以外の何物でもない。 そして今回も民進党の勝利を許してしまえば、平和統一は絶望的となり、残されるオプションは武力行使しかなくなる。 何より独裁化する習の「失敗」が確定してしまうのだ。 選挙期間中、中国メディアは野党の国民党と民衆党の連立に多大な期待を寄せる報道を展開した。 それも中国当局の「打倒民進党」の期待の表れだった。だが野党連立はならず、総統ポストはまたも「独立勢力」の手に落ちた。 それでも今回の結果は「立法院で民進党の牙城を崩せた」として、習の台湾政策は失敗していなかったと国内向けに強弁することも可能となった。 もちろん、「独立派」と有罪認定した民進党の天下が続くことは、世論対策的にも好ましくない。 台湾に対しては今後、軍事的威圧や経済制裁などの手段を講じてくるに違いない。 だが、大規模な軍事演習や、ましてや武力行使には至らないだろう。 対米関係の改善も途上にあり、国内経済の不振も目立つなか、中国も「次」に期待を寄せる総括を行うはずだ。 その意味では、中国も敗者ということはできない。 もちろん、アメリカをはじめとする自由主義諸国も、頼政権の舵取りに不安は抱きつつも、台湾の従来の現状維持路線と親自由主義諸国の外交を支持することに変わりはないのだから、当面は慌てる必要はない。 【視界不良な多極化の時代へ】 今回の選挙は、台湾の中でも外でも、何も得られなかったというプレーヤーはおらず、まさに「敗者なき戦場」だったのである。 曖昧な形となった選挙結果は、中国を抑制させながら台湾の主体性を守るための台湾の人々の「知恵」だとみることもできる。 一方で、米中のはざまでどちらに付くか、難題を突き付けられている台湾人の「迷い」も象徴している。 新型コロナの流行やウクライナ戦争の勃発と併せて「台湾有事」を不安視する声が世界にあふれ、台湾は米中対立の最前線に置かれることになった。

 

 中国の脅威に対し、台湾の人々は片や兵役義務の延長を受け入れる現実感を持ちつつ、

富裕層だけでなく中間層まで海外脱出のため日本や東南アジアに

不動産を買っておこうという用心深さも持っている。

 

 

 

台湾への「天啓」か、わかるのはまだ先

曖昧な選挙結果は中国を抑制しながら主体性を守る台湾人の知恵か(台北の自由広場を行き交う人々) VALERIA MONGELLIーHANS LUCASーREUTERS

台湾は中国にのみ込まれることなく、あくまでも台湾として生きていきたい──その気持ちは揺るがず、生活スタイルも政治思想も自由と民主の制度の下に台湾人は生きている。 だが、経済では対中依存は過去ほどではないにせよ、完全に脱却するまでには時間がかかる。 そして何より台湾統一に執念を持っている強権国家の独裁者が、隣国でにらみを利かせている。

 

 一方、国内を見れば、空前の半導体景気で1人当たりGDPは日本、韓国に並び、実感として台北の地価ははるかに東京よりも高くなった。 ただ平均給与や初任給はまだまだ低く、大衆には豊かになったという手応えが乏しい。

 

 そんなまだら色の状況の中で、過去の選挙では

「はっきりした決着」を好んだような判断を示してきた台湾の人々も、

今回は判断を迷った末に、

民進党にも国民党にも、そして民衆党にも、

そしてもちろん中国にも、

明確な回答を示せなかったとも感じる。

 

 「知恵」か「迷い」か、はたまたこれが台湾に対する「天啓」なのか。

 

今はまだ、決め付けることはやめておこう。

 今後、台湾は二大政党時代から、より複雑な政治状況となる視界不良の状況に入っていく。

新時代の台湾を目指す道のりはまだはるか先まで続きそうだ。

 

 

【関連記事】