《中国のベストセラー草稿入手》幻の削除部分に書かれていた「台湾併合をめざす中国」がお手本とする統一戦争とは?(文春オンライン) - Yahoo!ニュース

 

《中国のベストセラー草稿入手》幻の削除部分に書かれていた「台湾併合をめざす中国」がお手本とする統一戦争とは?

配信

文春オンライン

キヤノングローバル戦略研究所主任研究員の峯村健司氏が、中国人民解放軍に関する研究成果をもとに、もっとも新しく、現実的な「台湾併合シナリオ」を読み解いた。ロシアによるウクライナ侵攻が泥沼化している教訓から、中国は「斬首作戦」ではなく、よりリスクの低い方法を選ぶ可能性が高まっているという。

 

  【画像】『強軍の夢』草稿全体を独自に入手した峯村健司氏

 

◆◆◆

3年で状況は大きく変わった

台湾付近を飛行する中国軍ヘリ ©AFP=時事

 筆者が「台湾有事」に関する論考を最初に出したのは、2020年夏( 「習近平の『台湾併合』極秘シナリオ 日本は確実に巻き込まれる」 月刊「文藝春秋」2020年8月号)。  独自取材に基づく記事の反響は大きく、朝の情報番組で1時間ほどシナリオを解説した。中国人民解放軍がサイバー攻撃やミサイル攻撃で台湾軍の施設やインフラを破壊したうえで上陸を図り、台湾内に事前に潜入している特殊部隊が台湾軍の内通者と連携して主要閣僚らを拘束、もしくは暗殺する「斬首作戦」によって台湾を併合する、というシナリオだった。  これに対して、「むやみに危機を煽っている」「習近平は失敗のリスクを恐れて実行しない」などと一部の専門家から批判された。政府内で講演する際にも、担当者から「『台湾有事』という言葉は使わないでいただきたい」と注意された。  それからわずか3年あまりで状況は大きく変わった。専門家やメディアも、中国による台湾への軍事侵攻の可能性を積極的に指摘するようになったのだ。いまや日本政府だけではなく、シンクタンクやコンサルティング会社が、有事を想定したシミュレーションや危機管理のシナリオを策定している。  だが、いずれのシナリオにも違和感を覚えざるを得ない。  筆者は20年近く中国人民解放軍を取材、研究してきた。軍事演習の視察はもちろん、軍の内部文書を含めた膨大な関連資料の読み込みも行なってきた。こうした観点から見ると、巷で語られている「シナリオ」は、いずれも根拠が薄いと感じるのだ。  とくに違和感を覚えるのが、自衛隊内や一部の有識者が描く「中国軍が台湾侵攻と同時に尖閣諸島(沖縄県石垣市)を攻撃する」というシナリオだ。このシナリオについては、可能性は極めて低いと断言できる。  台湾併合における中国の戦略目標を考えてみよう。 「有事の際に米軍を介入させないこと」こそ、最重要の戦略目標だ。

 

 

仮に中国軍が台湾侵攻の際に

尖閣に手を出せば、

日米安全保障条約に基づいて米軍が参戦しやすくなり、

さらには自衛隊の介入すら招く事態となり、

中国はみずからを不利な状況に置くことになる。

 

 

 

 そもそも筆者は、台湾と日本への「同時侵攻」を示唆するような中国軍の文書や演習をこれまで見たことがない。  こうした根拠が乏しいシナリオを元にして、いくら危機対応策を準備しても無意味だ。それどころか有害ですらある。ずさんなシナリオを公表することで、日本の情報収集能力や防衛体制の脆さを対外的にさらけ出すことになり、ひいては抑止力の低下につながるからだ。

ウクライナ戦争の教訓

「台湾併合シナリオ」を考えるうえで、もう一つ重要な要素がある。2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻だ。

 

 

  侵攻当初、ロシア大統領ウラジーミル・プーチンは、ウクライナへの侵攻作戦を一気呵成に展開し、ボロディミル・ゼレンスキー大統領ら首脳陣を暗殺する「斬首作戦」を検討していたようだ。米政府当局者の試算では、ロシア軍は侵攻直前、約10日間の兵糧しか準備していなかった。これはロシアが短期決戦を想定していた証左といえる。

 

 

  だが、米国や英国などがキーウに派遣した特殊部隊がゼレンスキーらの身辺を警備し、ロシア軍に関するインテリジェンスをウクライナ側に提供したことが奏功し、プーチンの当初の計画は失敗に終わり、戦争は泥沼化している。

 

  こうした事態の推移を誰よりも注視しているのは誰か。プーチンと40回以上の会談を重ねてきた習近平国家主席だろう。

 

  中国政府当局者によると、中国は外交部門だけでなく、軍、情報機関など数万人規模でウクライナ戦争の状況分析を進めている。  こうした分析を踏まえて、中国当局は、台湾併合の戦術の見直しに着手したようだ。その結果として、筆者が2020年に紹介したようなシナリオ(斬首作戦)ではなく、よりリスクの低い方法を選ぶ可能性が高まっている。

「南北戦争」が「台湾併合」の手本

 では、「よりリスクの低い方法」とは何か。  そのヒントとなるのが、筆者が監訳者として2023年9月に出版した『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)だ。中国国防大学教授で上級大佐の劉明福が2020年10月に中国で出版した『強軍の夢』を翻訳したものである。 「中国が世界一の国家になるための構想」を綴った劉明福の著作『中国の夢』(2010年刊)は、中国内で大ベストセラーとなり、その文言や基本コンセプトは12年に発足した習近平政権の政治スローガンにも採用された。劉明福は、習近平の戦略づくりや政策決定に影響を与える「戦略ブレーン」といえる。 『強軍の夢』は、『中国の夢』の続編である。だが、中国内では、草稿の約6割が削除されて、ようやく出版が許可された。削除部分が指導部にとって「都合が悪い」と判断されたからだろう。  今回、筆者は草稿全体を独自に入手し、削除部分も含めて日本で出版した。中国語版では、「中国による台湾併合」を論じた第五章「反台湾独立から祖国の完全統一へ」が丸ごと削除されている。  この章では、1861年に米国で起こった「南北戦争」を「統一戦争」と見立て、北部連合が統一のための「錦の御旗」をどう掲げて、南部をどう打ち破ったか、その過程を緻密に分析したうえで、中国による台湾併合の戦略を描いている。

 

 

  要するに、「南北戦争で国家統一を死守した米国」こそ、「台湾統一をめざす中国」のお手本だというのだ。だが、こうも付け加えている。

 

 

 〈1860年代の(略)米国内戦では、北部が南部を徹底的に打ちのめし、4年間の戦争を通じて双方の死傷者は膨らみ、国が背負った代償も大きかった。21世紀の中国統一のための台湾戦争は、「米国内戦モデル」を回避しなければならない。つまり野蛮で陰惨な戦争ではなく、人類史のなかで前代未聞の「知能戦」「文明戦」そして「死者ゼロ」の戦い方でなければならない。この戦争は、「中国の特色ある新型戦争」と言え、世界戦争史上の奇跡を起こすもので、21世紀における知能戦争の新境地を切り開くものになるだろう〉

 

 

 〈古今東西、世界の戦史における上陸作戦は、多くの代償を伴うものだ。

この伝統的な「上陸作戦モデル」は、自他共に損失が甚大だ。台湾問題を解決するための「中国統一戦争」は、このモデルに別れを告げる新型作戦となる。

それは、「戦わずして敵兵を屈服させる」戦争ではなく、

「巧みに戦うことで敵の戦意を喪失させる」

「知恵をもって戦うことで敵の心を潰す」戦争なのだ。

「人員に死傷なし」「財産の破壊なし」「社会に損害なし」という

特徴を有する大勝利を目指すものだ〉

 

 

  これまで『孫子の兵法』の言う「戦わずして勝つ」という手法を中国側が採用すると指摘する内外の研究者はいた。

 

だが、劉明福はさらに踏み込んで、

「巧みに戦うことで敵の戦意を喪失させ」

「敵の心を潰す」ことで、人命だけではなくインフラなどもいっさい破壊せずに

併合を図る斬新な手法を示している。

 

 

 ◆ 本記事の全文は「文藝春秋」2024年2月号と、「文藝春秋 電子版」に掲載されています( 峯村健司「台湾『2025海上封鎖』シナリオ」 )。

峯村 健司/文藝春秋 2024年2月号

【関連記事】