男女の恋愛と憎しみ

人生の苦しみ

 

政治の話は、出てこない。

下層の人々も、出てこない。

 

 

『光る君へ』平安時代の総人口1000万人に対して貴族は500人足らず…その宮中の物語を描いた「ドラマ」

歴史学者・本郷和人はどう見る?

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(写真提供:PhotoAC)

大石静さんが脚本を手掛け、『源氏物語』の作者・紫式部(演:吉高由里子さん)の生涯を描くNHK大河ドラマ『光る君へ』(総合、日曜午後8時ほか)。第一話は「約束の月」。平安中期、京に生を受けた少女まひろ(落井実結子さん)、のちの紫式部。父・藤原為時(岸谷五朗さん)の政治的な立場は低く、母・ちやは(国仲涼子さん)とともに慎ましい暮らしをおくるが――といった話が展開しました。一方、歴史研究者で東大史料編纂所教授・本郷和人先生が気になるあのシーンをプレイバック、解説するのが本連載。今回は「平安時代の貴族」について。この連載を読めばドラマがさらに楽しくなること間違いなし!

 

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 ◆諸外国との関係に頭を悩ませてきた日本

 

 1月7日より平安時代中期の歌人・紫式部の生涯を描く『光る君へ』が放送開始となりました。このドラマは当然ですが、藤原氏を始めとした、いわゆる“貴族”を中心に描かれていくと思われます。 一方、聖徳太子が政治を行っていた飛鳥時代の頃から、日本はすっと、東アジアの国々とどういう関係性を築くか、という点で頭を悩ませていました。 その難問に一定の答えを呈示した時期は天武天皇・持統天皇の頃、西暦700年前後で、ここでこの国は国号を日本とすること(それまでは中国王朝から倭と呼称されていた)、国の統治者を「天皇」と呼ぶこと(それまでは大王)、独自の元号を「持続的に」もつことを定めました(大化以降、途切れながら定められてはいた)。 「天皇」が中華王朝の「皇帝」に並ぶ尊貴な呼称であることが物語るように、これは日本が、当時の超大国である中国を頂点とする体制の埒外で自立することを示唆したものだとぼくは理解しています。 もちろん、こうした国家的な主張は、実力を蓄えなければ意味をもちません。そのために国力を養うこと、天皇の施政の安定を図ることが急務とされ、その要請に応えるため、もろもろの施策が矢継ぎ早に打ち出されました。 地方行政を充実するために「国」(たとえば大和国や武蔵国など)が置かれ、全国各地の神話は天照大神を最高神として整合的に編成され、『古事記』『日本書紀』など歴史の編纂が遂行され、法の体系である律令が整備されたのです。

 

 

 

 

◆「国風文化が盛んになった」とされる理由

 

 明治維新の時もそうですが、諸外国と自らを比較しながら、緊張感をもって国家の変革を行う。

こういう時に日本人は一生懸命に勉強し、驚くほどの能力を発揮します。

 日本が独立国としての実力を蓄えたのは、古代でも近代でも、やはり外国との「比較」を通じて、

ということがいえるでしょう。

 ところが都が山城・平安京に移って100年もすると、

東アジア諸国は直接の脅威ではなくなっていきます。

 

それにつれて「足りない部分は外国に学べ」という意欲も減衰し、

遣唐使も派遣されなくなり、日本のエリートの視点は内向きになっていく。

 

 これが「国風文化が盛んになる」と教科書が説く状況の前提にある国家的な動向だと思います。

 律令を懸命に整備していたとき、為政者たちは確実に、

日本の民衆の動向を意識していたでしょう。

様々な階層の人々がいきいきと生活することによってのみ、国力は増進し、軍事力は整備され、

かりに他国から侵略を受けても戦うことが可能になる。

 

 でもそうした時期が遠くに過ぎゆき、どうやら他国との争いはなさそうだ、

となったときに、彼らが見る景色は次第に狭まっていった。

 

◆平安時代の貴族は500人くらい

 

 『伊勢物語』で主人公の「男」(在原業平がモデルともいう)は、帝に嫁ぐべき高貴な「女」(藤原高子がモデルという)を連れて京を脱出します。ところが大阪まで逃げたときにそこに「鬼」が出現し、あわれ「女」は食べられてしまう。

 藤原氏の追手により高子が連れ戻されたことを意味していると思われる表現ですが、

平安貴族たちにとっては、大阪は「鬼」が出現する魔境なのです。

 

また『源氏物語』では光の君が須磨・明石に移り住みますが、「『鄙』にも稀な美人」と巡り会う。

明石も、鄙=田舎、なのです。

 

 かつて仁徳天皇は「民の竈(かまど)」の様子を注視された。

でも、大阪や明石を田舎、と断じるこの時期に、平安貴族たちはどれほど「民の生活」への責任を持とうとしていたか。

光の君は朝廷のトップである太政大臣に昇進しますが、

もちろん彼がどんな政治を行ったかは、『源氏物語』には描かれていません。

 

 平安時代の日本列島にはおそらく1000万人くらいの人が住んでいた。

貴族は500人くらいでしょうか。

 その500人が1000万人と密接に結びついていた、というのなら、

500人の動向を分析する元気が沸いてきますが、

どうもそうではないらしい。

この点で、

平安時代の宮中の物語は、江戸時代の大奥とは性質が異なるように思える。

 

 

 

◆“ドラマ”とどう向き合うか

 

 

 さて、こうしたことを踏まえて、この一年間、どう『光る君へ』と向き合うか。

 ドラマなのだから、フィクションであるのは自然なこと。

このコラムで何度も申し上げているように、これは大前提です。

それをふまえて歴史学者としての専門的な知見を、となると…。

 

  日本文学が専門であるならば、登場人物に対峙し、心の動きに寄り添う。

それが可能になりますよね。

でも悲しいかな、日本史研究に一応良心的に従事する身としては、そういうわけにはいきません。

ある意味で、うそをつくことになるから。

 ノンフィクションとでもうたっていない限り、ドラマが“うそをつく”のはまったく問題ない。

ですが、研究者が自覚的にうそをついてはシャレになりません。

 そんなドラマをもとに記していくこのコラムが、

大河ドラマファンにとって、

少しでも有意義なものになるにはどうすべきか…。

書きながらよく考えていきたいと思っています。

 というわけで、引き続き宜しくお願いいたします。

本郷和人

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藤原為時「源氏物語」の男性観に影響、紫式部の父 「娘が男だったら」ジェンダーフリーの現代なら即刻アウトの感想も

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夕刊フジ

NHK大河ドラマ「光る君へ」で、藤原為時を演じる岸谷五朗

【「光る君へ」外伝】 紫式部(むらさきしきぶ)の父、藤原為時(ふじわら の ためとき)は、菅原道真(すがわら の みちざね)の孫、文時(ふみとき)に師事した当時のインテリの一人。花山(かざん)天皇の時、現在の文科省に相当する式部省の高官、式部丞(しきぶのじょう)や大丞(だいじょう)、それに蔵人(くろうど)も歴任するが、花山天皇の退位後は不遇の身となり、ほぼ10年間、無官だった。 【グラフィック】大河ドラマ「光る君へ」人物相関図 漢学の素養が深かった為時は、自宅(=京都御苑の東に位置する蘆山寺の場所にある)で、男の職場・役所での息子の出世のための鉄板アイテム・漢籍の知識を伝授していた。傍でその模様に聞き耳を立てていたのが、紫式部だった。 彼女は弟よりずっと早く正確に「漢学」の知識を身に付けていった。幼児の頃から、おままごとやおひな様といった女の子の習い事より、よっぽど漢籍の方に興味があった。彼女はその時間になると、必ず「その場所」にいて聞き耳を立て、知識量も確実に増やしていった。 為時は「この娘が男だったら」といつも残念がったと、ジェンダーフリーの現代なら即刻アウトの感想を漏らした、とか。 さて、花山天皇の退位後、不遇をかこっていた為時は、一条天皇の時代になると復活した。越前守に任じられたが、何とその時に、紫式部は、引っ越し御一行様の一人として越前に同道した。5つ6つの女の子ではない、20代も後半の大人の女性が、である。 なぜ? はっきり「そう」とは断言できないが、大方の予想通り、多分、そこには男性の影がある。このことについては、次回、稿を改めて。 実父が越前転勤の時、生母はどうしていたのか。生母は身体が弱く、3人目の子供、長男の惟規(のぶのり=紫式部の弟)を産んで間もなく死去した。父はその後、後妻を自宅に入れようとするが、紫式部に断固反対され、仕方なく、その後妻のもとに通ったという。 紫式部がその後ろ姿を見続けたことが、その後の『源氏物語』の中の男性観に影響を与えた、と指摘する向きもある。 さて、越前に移住した紫式部だが、1年ほどで、そこを引き払って、京都に戻る。そのいきさつも、次回もう少し詳しく。ここではもう一つ、実父の転勤絡みの話を。 一条天皇の崩御の年、為時は今度は越後守に任官する。しかし、為時は任期を1年残した長和3(1014)年、突然、越後を去るのだった。その理由は不詳だが、この事実と紫式部の逝去とは、関係あるのではないか、と語られてもいることも付記しておく。

 

 ■松平定知(まつだいら・さだとも)

 

 1944年、東京都生まれ。早稲田大学を卒業後、69年にNHK入局。看板キャスターとして、朝と夜の「7時のテレビニュース」「その時歴史が動いた」などを担当。理事待遇アナウンサー。2007年に退職。現在、京都芸術大学教授などを務める。著書に『幕末維新を「本当に」動かした10人』(小学館101新書)、『一城一話55の物語』(講談社ビーシー)など多数。現在、アマゾンのオーディオブック「Audible(オーディブル)」で、北方謙三著「水滸伝シリーズ」(集英社刊)などの朗読作品を配信中。

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