言語哲学がはじまる (岩波新書 新赤版 1991)

 

 

 

フレーゲからラッセル、そしてウィトゲンシュタインへ

――二十世紀初頭、言葉についての問いと答えが重なりあい、つながりあっていった。

天才たちの挑戦は言語哲学の源流を形作っていく。

その問いを引き受け、著者も根本に向かって一歩一歩考え続ける。

読めばきっとあなたも一緒に考えたくなる。

とびきり楽しい言葉の哲学。

 

【目次】

はじめに

第一章 一般観念説という袋小路

  1どうして言葉は新たな意味を無限に作り出せるのか 2「猫」の意味は何か 3個別の猫と猫一般

 4心の中に猫の一般観念を形成する?

 

第二章 文の意味の優位性

 1私たちはただ対象に出会うのではなく、事実に出会う

 2語は文との関係においてのみ意味をもつ

 3文と事実の関係

 4述語を関数として捉える

 5固有名の意味と文脈原理

 6新たな意味の産出可能性の問題に答える

 7合成原理

 

第三章 「意味」の二つの側面

  1文の「意味」 2指示対象と意義 3固有名の意義

 

第四章 指示だけで突き進む

  1日本の初代大統領は存在する? 2記述理論 3本当の固有名 4文の意味と命題

 

第五章 『論理哲学論考』の言語論

  1『論理哲学論考』の構図 2言語が可能性を拓く 3論理形式と論理空間 4論理空間と文の意味 5フレーゲ、ラッセルとの対比 6フレーゲからの挑戦に答える 7『論理哲学論考』から『哲学探究』へ

 

おわりに

索引

 

==或る書評より

フレーゲ・ラッセル・前期ウィトゲン・シュタイン(石のこと)三者の言語哲学=言語論的転回の啓蒙書。
第一章では普遍名辞に関するジョン・ロックの一般観念説およびそれへのバークリーの反論。観念が心理的であることに帰結するコミュニケーションの不可能性に対するフレーゲの反論。第二章・第三章はフレーゲの合成原理・文脈原理、意味と意義。信念文に関する問題に対する解決策として固有名の意義を認めることになる。非要素主義。語の意味は指示対象であり、文の意味は真理値である。第四章はラッセルの記述理論。真の固有名は「それ」や「あれ」など。要素主義を取る。第五章は野矢茂樹の十八番の前期ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』について。前章までに噴出した課題を『論考』がいかに解決するかを見ることになる。対象と語の論理形式の一致。
終章では可能世界論の導入もしており、分析哲学の入門書としての機能を果たしている(著者は前期ウィトゲンシュタインの可能世界的意味論に対して反実在論的解釈を示している)。本著は、ウィトゲンシュタイン草稿の「フレーゲの教えるところによれば『文は名である』。それに対してラッセルは『文は複合物に対応する』と述べた。(中略)ひとは事実を名指すことはできない」というウィトゲンシュタインの主張を理解するための一冊と言えるだろう。

 

==或る書評より

これまで言語哲学、分析哲学にほぼ縁のなかった評者であるが、分かりやすいと評判の野矢氏の著作だったので手に取ってみた。拙いながら本書のあらすじを示すと次の通り。

➀「新たな意味をもった文を無限に作ることができるのはなぜか」

という新たな意味の産出可能性の問題から出発し、

まず「語の意味が理解できれば文の意味は理解できる」という要素主義の立場から検討する。

この場合「富士山」や「伊藤博文」などの固有名は指示対象を明確にできるが、「猫」のような一般名は現実には個別の猫が存在するだけで、それらを抽象化した一般観念を指示対象とする、という説は成り立たない。

②ここでフレーゲは発想を転換させて

「文の意味との関係においてのみ語の意味は決まる」という文脈原理を提唱する

「ミケは猫である」という文において、後半部分を「xは猫である」という命題関数として捉え、xに代入する語によって命題の真偽が決まる。ここでの真偽はいわば文の指示対象であり、フレーゲはこれとは別に語や文には「意義」があると主張する。例えば、「xは二等辺三角形だ」と「xは二等角三角形だ」という命題関数はともに真であるが、その真理を導き出す条件、すなわち意義は異なっている。またフレーゲは固有名にも指示対象と意義の双方が備わっているとする。例えば「フォスフォラス(明けの明星)」と「へスぺラス(宵の明星)」の指示対象はともに金星であるが、「フォスフォラスとへスぺラスは同じものだ」という文は成り立つのに対して、「フォスフォラスとフォスフォラスは同じものだ」という文は成り立たない。これは両者の語のもつ意義の違いが認識価値の違いをもたらすものだと考えられる。また、「フォスフォラスに生物がいると信じている」と「へスぺラスに生物がいると信じている」という信念文の真偽が別個に存在し得るのも、金星の捉え方という意義が異なっているからである。

③これに対してラッセルは意義という考え方を用いず、一貫して指示対象の役割のみを認める。

第一形態のラッセルは例えば「日本の初代大統領」のような語にも指示対象がある、すなわちそうしたものも存在することを是認する。

第二形態では「xは日本の初代大統領だ」と命題関数を用いて分析(「確定記述」)してこの命題が偽であることを示し、存在論への論理学的アプローチに成功する。

そして、全ての固有名が確定記述だという議論をつきつめると、

真の固有名は「これ」「あれ」という指示語であるという第三形態のラッセルにたどり着く。

④ウィトゲンシュタインによれば、世界は事実の総体であり、さまざまな事実を対象に分節化して組み合わせることで可能的な事態を表現することができる。すなわち、現実に存在する〈富士山〉〈小惑星〉〈衝突する〉という対象を組み合わせて、〈富士山に小惑星が衝突する〉という非現実的であるが有意味な文を作ることが出来る。…

と、ここまで書いたところで評者のレビュー力も尽きてしまった。

これは評者に論理的な思考/記述能力が不足しているせいではあるが、

やはりウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』は相応に難解なのだろう。

これだけ具体例を出されても消化できないのに、抽象的な定理だけ並べられても分かろうはずがない。

しかし読み応えのある一書ではあった。

 

緑の日本語学教本

2010/3/30 藤田保幸(著)

“教科書を教える”のではなく、“教科書で教える” という考え方に立った、
新しい日本語学(国語学)概論の大学用テキスト。

第1講 言語と人間 ステップA 1.人間の言語の特質/2.言語の機能/ステップB 1.言語記号の恣意性/2.サピア・ウォーフ仮説/3.言語中枢/
 
第2講 日本語の音声・音韻1 ステップA 1.音声と音韻/2.単音の分類/3.母音/ステップB 1.音素/2.母音の無声化/3.母音の音色の生成/補説 「相補分布」と音素/
 
第3講 日本語の音声・音韻2 ステップA 1.音声器官/2.子音1―基本事項/ステップB 1.ハ行子音の変遷/2.サ行子音の変遷/3.「シ」と「ヒ」の混同/補説 上代特殊仮名遣と上代八母音説/
 
第4講 日本語の音声・音韻3 ステップA 1.子音2―清濁/2.子音3―拗音/ステップB 1.四つ仮名の問題/2.合拗音/3.語音の変化/
 
第5講 日本語の音声・音韻4 ステップA 1.拍(モーラ)と音節(シラブル)/2.アクセントとその役割/ステップB 1.アクセント・プロミネンス・イントネーション/2.アクセント観と表記/3.標準語アクセントのきまり/4.アクセントの型の対応/補説 日本語のリズム/
 
第6講 日本語の文字表記1 ステップA 1.日本語の表記の特色/2.漢字の将来/ステップB 1.文字と文字以前/2.日本の文字表記のはじまり/
 
第7講 日本語の文字表記2 ステップA 1.漢字の構造と用法の拡張・転用/2.漢字の音と訓/ステップB 1.漢字の部首/2.送り仮名/
 
第8講 日本語の文字表記3 ステップA 1.平仮名・片仮名/2.ローマ字/ステップB 1.現代仮名遣い/
 
第9講 日本語の語彙1 ステップA/1.語彙とは/2.日本語の語彙の量的分布/3.理解語彙・使用語彙・語彙の習得/4.語彙調査と基本語彙/ステップB 1.語の意味/2.同義語・類義語・対義語/
 
第10講 日本語の語彙2 ステップA 1.語種とは/2.語種各論1―漢語と和語/3.語種各論2―外来語/補説 語種と語形/ステップB 1.語構成/2.複合に関する諸問題/補説 形態素/
 
第11講 日本語の語彙3 ステップA 1.位相とは/2.女性語と男性語/3.隠語/ステップB 1.武者詞・六方詞/2.忌詞/補説 知っておくべき近代以前の「辞書」/
 
第12講 日本語の文法1 ステップA 1.学校文法とその限界/2.文法と言語生活/ステップB 1.活用/2.敬語/補説 主語について/
 
第13講 日本語の文法2 ステップA 1.現代の文法研究の考え方/2.語用論―文法論の隣接分野/ステップB 1.現代の文法研究への導入―知っておきたい基本事項のいくつか/
 
第14講 日本語の方言 ステップA 1.方言とは/2.東西のことばの境界線と方言区画/3.言語地理学/ステップB 1.言語地図とその解釈/2.方言と共通語/3.新方言・ネオ方言/
 
第15講 日本語の位置 ステップA 1.日本語の戸籍/2.日本語はどういう言語か/ステップB 1.言語の系統と比較言語学/2.日本語系統論の展開/復習問題
 
藤田/保幸
1958大阪生まれ。1986大阪大学大学院文学研究科後期課程単位修得。
愛知教育大学、滋賀大学教育学部を経て、龍谷大学文学部教授。博士