道元は、小乗仏教「原始仏教」に、一人、回帰した。
しかし、これは「日本の土壌」には育たないものである。
極く、特殊な悩みを抱えている人物にだけ、限定して、有効なものである。
殆どの日本人は、「原始仏教」を必要としていない。
現在の日本曹洞宗は、この道元から離れて、独り立ちする必要がある。
道元の研究が進み、現在の太祖・瑩山禅師の「日本曹洞宗」と、
対立するものであることが明確になってくるから。
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「瑩山」禅師は、
「日本達磨宗」で修業を完成させた「義介」禅師の仏法を
受け継いだ。更に、また、
義介が、中国・宋に渡って伝来した「荘厳な葬儀の儀式」を継承した。
天台宗の加持祈祷の密教も、
白山系の修験道の信仰も、
日本古来の神祇に対する祭祀も取り入れた。
また、重要な時期に「夢告」で転換も行った。
つまり、自分の見た「夢」を信じていた。
要は、
日本人のあらゆる信仰の要素を体現している人物だった。
本人が、何よりもそれを信じていた。
更に、
修行僧への説法である、主著『伝光録』での
「釈尊のお悟りの内容」は、
まさに、ヒンドゥー教の最高原理「梵我一如」そのものである。
この理解の下で、
『三根・坐禅・説』で述べているように、
人間を、「上根・中根・下根」と3種類に区別して、
縁を結ぶことを進める。
つまり、理解能力に合わせて、レベルを下げて、導いていく。
(これも、道元の、「全員の出家主義」とは、異なる)
日本人に最適なので、1万5千ヶ寺の大教団に発展した。
道元の「原始仏教」の法系は消滅した。
ただ、主著の『正法眼蔵』全87巻が残っているだけである。