なぜ人は陰謀論にハマるのか?東工大准教授・西田亮介氏が予言する「人間の未来」
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東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の西田亮介氏/編集部撮影
人間なんて所詮そんなもの、と割り切るーー。前編〈「ひろゆきの論破芸は時代の象徴」西田亮介氏が説く「ネットとのつきあい方」〉では、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授の西田亮介氏(39)に、ネット上に溢(あふ)れる玉石混交の情報と向き合うための心構えを提示してもらった。
後編では、ネットでの議論の有用性や「ChatGPT」がもたらす影響について聞く。
【写真前編】「ひろゆきの論破芸は時代の象徴」西田亮介氏が説く「ネットとのつきあい方」
これまで、インターネット上のやりとりでテキスト情報(文字情報)が主流だったのは、単に回線の太さや速さといった技術的、サービス的な問題で、文字でしかコミュニケーションが取れなかったからでしょう。現に若い人はインスタグラムやTikTok、YouTubeのショート動画なんかをコミュニケーションのメインツールとして使っています。テクノロジーやサービスの側も、写真や動画の方に寄っていってます。実際、ネットやSNSマーケティングの教科書を読んでも、アテンションを集めるためにそれらを使えと書かれています。 良くも悪くも人々が同じものを読まなくなると、議論をするコストがものすごく高くなります。政治学の研究から一例を挙げると、早稲田大学の遠藤晶久先生(早大社会科学総合学術院教授)らの研究によると、若者の「保守」と「革新」の定義が変わってきているといいます。
「保守」は与党・自民党、「革新」という言葉からは野党・共産党を想起しますが、とくに若い人たちは「保守」と聞くと野党が頭に浮かぶ。野党は国会で何かと反対して、物事を変えない人たち=「保守」、というイメージが定着しているのがひとつの理由のようです。
若者たちの認識を「間違っている」と言ってもほとんど意味はありません。時代を経ると、言葉の使われ方が変化するのはそれほど不思議なことではないからです。それぞれ言葉の認識が違ったり、真逆だと従来型の議論は成立しづらくなるし、議論のコストは高くなるはずです。
140字で発信されるツイッターの問題点として、「文字数が短い」から炎上やディスり合いに発展するという考えもあるようですが、長い文章を出せば議論は尽くされるのか?
と私は疑問に思います。インスタグラムやFacebookで長い文章を投稿する人もいますが……多分、読まれなくなるだけでは? 人間が陰謀論にハマったり、カッコ付きの「真実」みたいなものに拘泥(こうでい)したりするのは、単に「面白いから」「目につくから」ではないでしょうか。
テレビや新聞の記者が取材した、妥当性が比較的高いニュースよりも、出どころの怪しいデータに飛びつくほうが、「主体的に情報を選択した」感覚が得られるのでしょう。
そもそも偽情報や陰謀論はネットビジネスと結びついている場合もある。
最近ではハイブリッド戦、認知戦などとも呼ばれるように、第3国の介入と関係することもあるので、
人の目を惹くための数多(あまた)の工夫がなされています。
――近年、AI(人工知能)を用いた描画や「ChatGPT」によるテキスト生成など、コンテンツの自動生成が著しく発展している。その結果、出どころのわからない真偽不明の情報がさらに氾濫(はんらん)するのではないか、と懸念する向きも多い。
実際はどうなのか。 自動生成によってフェイクニュースの生成コストは確かに低くなるので、そうした悪意のある情報が増える懸念は確かにあります。これはだいたいのメディア研究者の間でコンセンサスが取られているのではないでしょうか。
先日、講演の仕事で地方に行った時、打ち上げ会場の居酒屋でも引き続き、ChatGPTの話をしていたら、店の大将が「俺も使ってるんだよね」と口を挟んできました。補助金の申請書類を書く時に使えそうだという、ちょっと邪(よこしま)なアイディアを微細に渡って熱心に教えてくれました。
何が言いたいかというと、海外発のサービスで、短期間でここまで日本の人口に膾炙(かいしゃ)しているのは、やっぱりすごいことではないでしょうか。テレビでも連日、「ChatGPTがすごい」とやっている。 技術革新で言えば、例えばEV(電気自動車)にシフトすれば確かに効率的かもしれませんが、いっこうに進みません。
日本社会は未だに内燃機関大国です。なぜか。燃費はよいかもしれませんが、EV導入には最初のコストにウン百万円、しかも内燃機関の自動車より高額なうえに、最近の内燃機関自動車は結構長持ちします。
でもChatGPTや他の生成系AIは違います。すでにそれらが動くスマホもブラウザも普及していて、多くの人がすぐに無料かリーズナブルに体験することができて、インパクトも明白です。
いきなり普及する可能性を秘めています。
生成系AIが普及した社会ではいろいろなことが変わるかもしれません。
Bingなどは「最新のなんとかについて教えて」と投げると、ネットの情報の海から、NHKや新聞社などのリンクを貼りながら、比較的妥当性の高い情報をピックアップして届けてくれるようになる。
最も必要な情報ではないし、間違いもあるかもしれないけど、フェイクニュースや怪しい情報に接する回数は結果的に低くなるかもしれません。
人類はアタマを使わなくなるかもしれないけれど、それでも高い成果を出せてしまう日が来るかもしれない。
AIを使わない「賢い人間」か、それともAIを使う「賢くない人間」、どちらが良いでしょうね。
後者のほうが成果を高く出せるようになるなら、目も当てられません。
みんなこぞってそちらに流れていくでしょう。
そんな日が来たら、従来型の教師と学生の知識の非対称性を前提にした教育も
相当、無意味なものになりかねないでしょう。
そんな時代の大学ではいったい何を教えるべきなのでしょう?
余談ですが、生成系AIでときどき困るのは、「回答がN個あります」といいながら、
回答はそれなりに正しいのに箇条書きの個数がN個なかったりすることです(笑)。
あれは早くなんとかしてほしい。
ぼくは、生成型AIが人間の「認知」や処理能力をかなり公平に進歩させてくれる可能性があるのではないかと、
逆張り的に見ています。
先ほど申し上げた、何が正解かわからない「不安」という意味でも、
生成系AIが普及しながら、進化して、
そこそこ正しい情報を広く、多くの人が共有して生きていくほうが幸せに思えてきませんか?
FRIDAYデジタル
