韓国・尹大統領の「日本容認」発言に見る韓国外交の大変化、元駐韓大使が解説(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース
韓国・尹大統領の「日本容認」発言に見る韓国外交の大変化、元駐韓大使が解説
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韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領 Photo:Anadolu Agency/gettyimages
● 韓国内で大きな反響を呼んでいる
尹錫悦大統領のインタビュー発言 米韓首脳会談を前に、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が、4月24日に掲載されたワシントンポストとのインタビューで対日外交について、「100年前のことについて(日本に)『無条件でダメだ』『無条件でひざまずけ』ということは受け入れられない」と述べたことが、韓国国内で大きな反響を呼んでいる。 尹錫悦大統領の訪米を控えて、「共に民主党(以下、民主党)」の李在明(イ・ジェミョン)代表は尹外交について、党の最高委員会議で「友人でなければ敵という二分法で外交戦に臨んではならず、国益を優先しなければならない」「ひどい失敗に終わった日本への一方的譲歩外交を反面教師にするべきだ」と発言した。 李在明氏の言う国益は韓国の左派系人士にとっての国益であり、尹錫悦大統領の目指す国益ではない。韓国の保革の外交対立が反映された発言ではある。 尹錫悦大統領はこれまで、北朝鮮の核・ミサイルに断固たる姿勢で臨むために中ロへの屈従をやめ、米国との同盟関係を堅固なものにする姿勢を明確にしてきた。それに加え、日本に譲歩しすぎとの国内の批判があるにもかかわらず、冒頭のような発言を行った。これは民主党の立場からすれば、まさに李在明代表の批判通りの外交姿勢を象徴するものといえる。しかし、尹錫悦大統領は敢えてその道に踏み出したということである。
● 北朝鮮の核・ミサイルに対応する 「核の傘」の共有化を最重視
それにもかかわらず、
このタイミングで冒頭の発言が出た背景には、
尹錫悦大統領がバイデン大統領との首脳会談に先立ち、
韓国外交の基調を明確にし、バイデン大統領の国際政治における立場を最大限支持することで、
米韓の同盟関係を盤石なものにする意図があるものと考える。
尹錫悦大統領は昨年末に「平和のためには圧倒的な戦争準備が必要」と述べた。
北朝鮮の核・ミサイルに対抗するため、軍事的には、監視・偵察・情報分析が重要な課題に浮上しており、
「超高性能、高威圧の兵器を開発している」と明らかにした。
尹錫悦大統領が言及した超高性能・高威圧兵器は韓国軍当局の秘匿兵器と解釈される。軍当局は敵の上空で強力な電磁波を放出して装備を無力化させる電磁パルス(EMP)弾と高性能大型水中発射装置、怪物ミサイルと呼ばれる「玄武5」などを開発中である。そのことを述べたものであろうか。 それと同時に米韓同盟70周年に米国を国賓訪問し、首脳会談において、北朝鮮の核・ミサイル脅威に対応して「韓国型核の傘の文書化」「韓日米情報共有の拡大」などの課題の解決に全力を傾けている。 東亜日報によれば、「韓国型核の傘の共有化」に関連し、韓国の領土が北朝鮮などから核攻撃を受けた場合、米国が核で「報復対応する」という内容を明文化した共同文書を推進することが確認されたという。また、韓国の要請に応じて米国の核戦略兵器が朝鮮半島に展開するという趣旨の文書も共同文書に含まれるよう協議中だという。韓国の領土に戦術核兵器などを配備することはないが、韓国の必要に応じて米国の重要な戦略兵器が動けるように体系化することが狙いだ。 韓国の各種世論調査では、「韓国も核保有すべき」という声が7割近くに及ぶなど、核保有論議が盛んになっている。しかし、韓国自身が核を保有することには核拡散防止条約(NPT)体制の問題があり、またそれが北朝鮮への有効な抑止力となるかどうか、議論の余地がある。このため尹錫悦大統領自身は韓国の核保有について否定的な発言を行っている。 こうした点を勘案し、尹錫悦大統領としては、北朝鮮の核に対して、米国に確実に核で報復してもらうことを選択したものと解釈される。米国の核の傘共有化への前向きな対応を導き出すために、米国が今次会談で最も重視する対中政策への協力姿勢を鮮明にしている。
● 中国の台頭を懸念する米国に 歩み寄る尹錫悦大統領 19日に公開されたロイター通信とのインタビューで尹錫悦大統領は「(台湾海峡における)緊張は力による現状変更を図るために起きたもので、われわれは国際社会とともに力による現状変更に絶対反対する立場」と述べた。台湾海峡の有事は北東アジアの安全保障を脅かすものであり、韓国にとっても脅威となることを明確に表明したものである。 この発言に対し中国側から激しい反発があった。 中国外務省の汪文斌報道官は、「台湾問題は純粋に中国人自身のこと」「他人からの口出しは容認しない」と激しく批判した。さらに、秦剛外相は「このような発言は最小限の国際常識と歴史の定義にも背き、論理は道理にかなっておらず、その結果は危険」と述べるとともに「われわれは絶対に退かない」「台湾問題で火遊びするものは必ず火で焼け焦げて死ぬだろう」と述べた。 しかし、今回は韓国側もひるまなかった。韓国外務省は報道官発言に対し「中国という国の品格を疑わざるを得ないような深刻な外交欠礼」と批判するとともに、駐韓中国大使を招致し抗議した。こうした抗議は中国にとって驚きだったと思う。また、秦剛外相発言に対しても、声明を出し「わが国首脳が『力による現状変更に反対する』という国際社会の普遍的な原則に言及したものである」として秦剛外相の発言を受け付けなかった。 中国に対し従順な姿勢を取り続けてきた韓国が、ここまで強硬な姿勢を取るのは初めてのことである。
「力による現状変更に反対する」というのは国連が一貫して堅持する国際的な原則であり、台湾を侵略する戦争に反対するというのは、この原則に照らして批判される余地はないはずである。
韓国国内でも、いつまで中国に従順でなければいけないのかとの声が盛り上がっている。
韓国の対中姿勢のさらに大きな変化は、米韓首脳会談に向けての、米国との連携強化への姿勢だ。
それは中国の台頭を懸念する米国と一体となってインド太平洋の平和と安定を重視する姿勢を明確にすることで、
韓国の安全保障上の位置付けを高め、
米国のより積極的な韓国防衛へのコミットを引き出そうとするものである。
● ロシアのけん制にひるむことなく ウクライナへの弾薬供給を検討
尹錫悦大統領は、前述のロイター通信とのインタビューで「ウクライナが大規模な民間人攻撃を受ける場合、人道的、経済的支援を越えて、ウクライナに対する支援を拡大する可能性がある」と述べた。 韓国の国防省は20日、機関銃や戦車砲に使う弾をポーランドに輸出すると明らかにした。これは隣国ウクライナを支援しながら防衛力の強化に取り組むポーランドと防衛協力を深めることが目的である。大統領室高官はウクライナへの直接の軍事支援は、「今後のロシアの行動次第」だと述べた。 これまで韓国は、北朝鮮を支援するロシアとの対立を避けるため、ウクライナへの直接の軍事支援を控えてきた。 米国は韓国に対し、ウクライナへの砲弾の販売を要請していたようである。今回の尹錫悦大統領のウクライナ支援発言は民間人殺傷などの条件を付けたものだが、「殺傷武器の支援は不可」という韓国政府の立場変更の可能性に言及したものとして注目される。 ロシア外務省は尹錫悦の発言に対し「ウクライナに対するいかなる武器提供も反ロシア敵対行為とみなす」と明らかにし、ウクライナに武器支援が行われたときは、その代償として北朝鮮にロシア製武器を供給すると威嚇する発言を続けた。 しかし、ロシアはすでに北朝鮮に対し軍事技術などの支援を行っている。北朝鮮が発射した固体燃料型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星18」開発にはロシアの技術を導入した疑いがある。火星18は3段固定燃料推進ミサイルでロシアのICBMに似ているという。 韓国がロシアの脅しにもひるむことなく、ウクライナを支援する米欧と協力していく姿勢を示したことは、民主主義国家と権威主義国家との陣営対立の中に身を置くことを決意したものである。その結果、北朝鮮と対立する韓国への米欧の支援が強まることだろう。
● 日米韓が連携するためには 日本との関係強化が欠かせない こうした流れの中で出てきたのが、尹錫悦大統領による冒頭の発言である。 尹錫悦大統領は、この発言に続けて「今欧州では残酷な戦争を体験しても未来のために戦争当事国が協力している」と述べた。さらに「これは決断が必要なこと」であり、韓国の安保不安への対応があまりにも緊急な事案であるため、日本との協力を先送りすることができなかった、と説明した。 また韓国大統領室は、革新系大統領の故金大中(キム・デジュン)氏がかつて日本の国会演説で「50年にもならない不幸な歴史のために1500年にわたる交流と協力の歴史全体を無意味にすることは愚かなこと」と強調したことと同じ脈略であると説明した。 これに対し野党や左派系メディアは一斉に批判した。民主党の李在明代表は「数十年間日本から侵略され苦痛を受けた大韓民国の大統領として決して言ってはならない発言」と述べた。 ハンギョレ新聞は、「尹錫悦大統領の発言は、いまだ『誠意ある呼応』を示さず過去を否定する日本に重ねて免罪符を与えるものだ」と批判した。さらに、「過去に目をつぶり、韓日関係の改善を掲げ『未来』だけを強調する尹大統領の『低姿勢一方主義』の対日認識が再び明らかになった」と報じた。 今回の尹錫悦大統領の「100年前の歴史」を巡る発言は、日本に対し謝罪を求め続ける元徴用工とその支援団体、一部韓国のメディアに対し、「日韓関係を正常化して国民交流を広げ、安保・経済協力を促進することで未来志向の関係を築くことが、韓国の国益に資するものである」とくぎを刺したものである 韓国の安保上の最大の脅威である北朝鮮の核開発に対する米国のコミットメントを確立することが、尹錫悦外交の究極的な目的である。日本の在日米軍基地は、朝鮮半島有事の際、国連軍の後方支援基地になっており、米軍としても日本との協力なしに韓国防衛を行うことは困難である。尹錫悦大統領としては、日本との関係を修復し、安保協力体制を強化することで、米国に対しても日米韓協力体制強化への取り組みを促す意図があるであろう。 いずれにせよ、米韓首脳会談の成果如何で、尹錫悦大統領の発言に対する韓国国民の評価も決定されよう。 今回の尹錫悦大統領の米韓首脳外交は、すでに始まっている。首脳外交の前にさまざまな根回しが行われるのが常であるが、最近になって出てきている尹錫悦大統領の発言を見ると、それも大詰めに来ているように思う。 この記事が公開される時点では米韓首脳外交の結果が判明しているであろうが、筆者の予想が的確に反映されていることを期待する。 (元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)
