道元が、主著『正法眼蔵』を日本語で著述したのは「中国語で表現できないもの」を発見したからである。
『日本の禅語録』シリーズの月報で、
入谷義高先生が
「道元の漢文・中国語は、こちらが恥ずかしくなるほど、下手だ」
と批評されている。
これは「中国人の思考構造に、逆らっている」という証拠である。
道元は「中国語」と「日本語」との思考方法が、異なっている、
それを強烈に自覚している「思想家」「哲学者」だった。
他方、
空海も最澄も法然も親鸞も栄西も一休も、主著は「漢文・中国語」である。
つまり、「中国語で表現できる内容」だったのである。
それだけ、中国人の思考方法が、日本の仏教者を支配していたのである。
道元が「非思量」「思考ではない」を強調するのは、
「頭で考えた概念」ではなく、「事実を観察して発見しろ」という行動指針である。
「頭で考えた概念」が、「ヒンディー教」「空海の真言密教」「栄西の中国禅」である。
「事実を観察し発見」が、「釈尊の教え」「道元の正法眼蔵」である。
道元は、中国語訳の『阿含経』から、釈尊のインドの言語での「教え」を発見したのである。
『阿含経』を指針にして、「正見」「正定・止観・坐禅」の修業で、それを発見したのである。
要は、
存在するのは5つの要素「色・受・想・行・識」だけである。
それ以外は「頭脳の中の概念・空想・蜃気楼・…」である。
空海などは「呪術・おまじない・御呪い」を本気で信じた。
これは、悲惨なことである。