母は、戦前、女学校に通っている時、

リュウマチ熱に罹った。

無理をして、人力車などで、通学したとも聞いている。

 

その無理が、心臓の弁幕の筋肉を傷めて、後遺症が残った。

医者は長生きができないと宣言したが、

その通りに、34歳の若さで、一晩で亡くなった。

 

中学校から帰ってくると、

隣のおばさんから、救急車で大学病院に運ばれたと告げられた。

父親は、母に付き添っていたので、不在だった。

その晩に亡くなった。

心臓発作で?心不全で?そのようなので亡くなった。

 

それまで何度も治療のために療養所に入っていて、

不在の期間が長かったので、今度も遠い療養所に行った感じで、

母の死の実感が湧いてこなかった。

 

それは「母の死に顔」を見ていないことにも起因している。

 

出棺の時に、親戚のおばさんが「最後の別れだ」と対面させようとした。

しかし、父は素早く、私に禁止した。

 

だから、母の死は、実感できないままで、続いた。

 

だから、母の最期の顔は、笑顔のままで、永遠に残った。

 

これは、父の私への愛情であったと、今にして思う。

 

感謝である。